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シャチからもらった、ハートの海賊旗が入った黒いコートに、キャプテンからもらった帽子を被ると私は顔を上げた。
同じように黒いコートに同じ柄の帽子をかぶって、鬼哭を肩にかけてベッドに座っているキャプテンを見ると小さく頷いた。

私が目の前に立つとキャプテンが私の頬に手を伸ばし、手の甲で撫でるように摩られる。

「もう一度、言っておく。おれはもう、お前を離さない。だから、お前もおれから絶対に離れるな」

キャプテンの言葉に一度目を閉じた後、自分の頬に添えられているキャプテンの手を握り、強い眼差しで見つめ返した。

「キャプテンこそ、私から離れないでください」
「…お前のそういうとこ、おれは気に入ってる」

どちらからともなく唇を合わせて、暫くお互いに求め合うように貪っていたがドアをノックする音を合図にゆっくりと離れた。

「キャプテン、見えてきました」
「ああ、今行く」

見つめ合ってまた唇を合わせてから、キャプテンは立ち上がった。

「行くぞ」
「はい!」

船長室を出て、医務室を通り過ぎていくとこの船で過ごした日々を思い出していく。
やっとこの船に戻ってきたと思ったらすぐにまた長い間離れることになるのか。
少し名残惜しげに周りを見ながら歩いていたら、隣を歩くキャプテンが何も言わず片手を私の頭に乗せた。

きっと、キャプテンの方が私よりずっとずっと長くこの船に乗っているのだから私が思うよりも強く、寂しい思いをしているのだと思ったら胸が締め付けられた。



甲板に出ればみんな集まっていて、私たちを泣きそうな顔でみている。
放浪癖のあるキャプテンがふらっとどこかに行くのはよくある事ではあるけれど、今回のは訳が違う。
全員に全てを話したわけではないとは聞いているけど、みんなはみんななりに何かを察しているんだろうなと思った。

でも、こんな最後の別れみたいな別れ方は絶対にしたくはない。

「なんて顔してるんですか!キャプテンなら私がちゃんと引きずってでもここに連れて帰って来るので安心してください!」

私が笑いながらそう言うとみんなが私をキャプテンから引き剥がして、頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。

「キャプテンも心配だけどお前のがもっと心配なの!」
「ちゃんと帰って来いよ!」
「2人揃ってここに帰って来い!」
「キャプテンの足、引っ張るんじゃねぇぞ!
「も、もー!髪の毛ぐちゃぐちゃにしないでよ!」

もみくちゃにされながら顔を上げればキャプテンが手すりに手をかけながら笑っているのが見えて、私も笑みが溢れる。
みんなから解放された私の目の前にペンギンが立って、笑いながら私の頭に手を置いた。

「キャプテンのこと、頼むな」
「はい。ペンギンも、船をよろしくお願いします」
「生意気言うようになって、コイツ」
「いててて」

頬を引っ張られてから、逃げるように私がキャプテンの元に行くと今度はシャチとベポがキャプテンに詰め寄った。

「ちゃんとナマエを大切にね!ご飯もしっかり食べさせてあげてね!キャプテン!」
「分かってる」
「キャプテンもじゅーぶん、分かってると思うけど…コイツから目を離すとすぐどっか行くんで、絶対に目離しちゃダメっすよ」
「くくく、おれはコイツの保護者かよ」

最後にベポに力いっぱい抱きしめられて、モフモフの毛皮を堪能した後に離れればキャプテンに肩を抱かれた。

「じゃあ、おれたちは後からゾウに向かう。それまでしっかり船を守れ」
「アイアイ!」

その合図を聞いてキャプテンが口角を上げると薄い膜が私たちを覆って、私の体が淡く光る。

「それじゃあ、行ってきます!」






氷の上に雪が降り積もっていて、私とキャプテンが静かにその場所へ降り立った。
遠ざかる船を見つめながらキャプテンの手を握りしめる。

こうして船を送り出すのは2回目だけど、あの時と違うのはこの手の温もりがあるということ。
今度は一人じゃない。まあ、あの時も厳密に言えばコスモスさんが居たから一人ではなかったけれど。

私がぼーっと小さくなっていく船を見つめているとキャプテンが白い息を吐きながら口を開いた。

「寂しいか」
「うーん…寂しくないと言えば嘘になりますが…今の私にはキャプテンが居ますから」
「そうか…」

私は涙が出そうなのを誤魔化すためにニッと笑いながらキャプテンの顔を覗き込んだ。

「実は寂しいのはキャプテンの方じゃないですか?」
「…んとに生意気になったもんだ」
「へへ。あれ?もしかして泣いてます?」
「…海に放り投げるぞ」
「えっちょっ、す!すいません」

頭を鷲掴みにされて本当に海の方に向かい出したキャプテンの腰にしがみ付きながら必死に謝った。
ここ最近、めちゃくちゃ甘やかしてくれたのに。

海目前で止められて、船が見えなくなるとキャプテンは海に背中を向けた。

「研究所はこの山の奥だ。何が出てくるか分からねェ。いつでも戦えるようにしておけ」
「アイアイ!」

雪なんて私の島ではほとんど降らなかったし、慣れたように雪道をスタスタと歩くキャプテンに追いつくのがやっと。
こんなに雪が歩きにくいとは思わなかった。
というより、雪の下がすぐ氷だから滑りやすくて更に歩きにくい。

「キャプテンまっ!ぐべっ!」

先を歩くキャプテンに追いつこうと、私は走ろうとして盛大に顔面から雪の中へ転んだ。
冷たい雪に驚いて顔を上げるが、顔面が雪まみれ。

「おま…くくっ、なんつー顔…」
「キャプテン、笑ってないで助けてくださいよぉ」
「ほら、手かせ」

差し出された手を掴んで、引き上げられ立ち上がるとキャプテンが私の顔から雪を払ってくれる。

「キャプテン、雪に慣れてますね」
「雪国出身だからな」
「私、雪道歩き慣れてないんですよね。慣れるまで走り回らないと」
「そんで顔面雪女に何度もなるのか?くく、その度におれに顔面見せろよ」
「私で遊ばないでくださいよ」

最後に後頭部にぶら下がってる帽子を頭の上に乗せてくれて、しっかりと手を繋がれた。

「コツとかないんですかぁ?」
「慣れろ」
「スパルタだなぁ」

雪深い道を歩きながら、キャプテンは周囲を見渡した。

「…おれたちの侵入は恐らく気が付かれてる」
「え、そうなんですか?」
「映像飛ばしてる。まあ、拒まれてねェなら好都合だ」
「…」

シーザー・クラウン。
お父さんから聞いた話だと、かなり極悪非道な科学者。私の最も嫌いとするタイプの人間だと思う。
キャプテンに何度も言われていたのが、ドフラミンゴに対してももちろんそうだが、シーザーに対しても冷静でいろ。感情的になればなるほど、相手の思う壺だと。
もっとも、お前は感情的なタイプの人間なのは分かりきってる。だからせめて、会話は全ておれに任せろ。
ここ数日間でキャプテンに言い聞かされてきたことだ。

確かに私は感情的な方だし、どちらにしろ頭脳戦は完全にキャプテンに任せた方がいい。

「ちなみにおれたちの関係はそのまま事実を伝える」
「事実?」
「ただの船長とクルーの関係じゃない事だ。その方が2人一緒に行動する理由も自然と作られる」

てっきり隠すのかと思ってた。
私が拍子抜けした顔をしているのを見てキャプテンが苦笑した。

「隠し切る自信もねェし…」
「え?そんなキャプテン私にデレデレ何ですか?」
「調子に乗んな」
「はっ!久しぶりのツンデレ!」
「ぶん殴られてェのか」
「ぶぶっ!」

後頭部を掴まれて雪に顔を突っ込まれると私の顔面は再び雪まみれになった。
何でだ。恋人にする仕打ちとは思えない。





どのくらい歩いたのか分からないが、頭にかぶっている帽子に雪が積もるくらい歩き続けた後に漸く、馬鹿でかい扉の前に辿り着いた。
口を開けながらその扉を眺めて、感嘆の声を上げる。

「ほえー、大きい扉ですね…」
「口閉じろ。中に入るぞ」
「は、はい」

指摘されて慌てて口を閉じた後に軽々と扉を開けたキャプテンの後を追って中に入った。

「七武海のトラファルガー・ロー。それと、そのクルーのナマエ・ミョウジ」

バサっと羽を広げながらやって来た女性に私は刀に手をかけた。
キャプテンが私の前に手をやって、私が刀から手を離すと女性が不敵な笑みを浮かべた。

「マスターのところへ案内するわ」
「ああ」

こうして、私とキャプテンのパンクハザードにある研究所への潜入が始まった。






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