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いい匂いがしてきて目が覚めた。
窓を見ればまだ潜水中だし、時計を見れば2時間ほどしか経っていない。
腕に違和感を感じて見てみれば、いつの間にか点滴が繋がっている。
熱も上がりきっているのか、呼吸は上がり、体はかなり怠いし頭がガンガンと殴られたかのように痛む。

「まだ寝てろよ」
「目が覚めちゃいました」

ソファに座っていたキャプテンが医学書を閉じて、ベッドに腰掛けた。
私の額に手を置くと、ヒヤリとして気持ちが良い。

「40.3…せめてそのまま横になってろよ」
「40度…」
「この毒には解熱剤は効かないから、自然に下がるのを待つしかねェ。点滴は電解質のバランスを整えとくために入れてるだけだ」

額に置かれた手がそのまま頬を撫でて、その手に擦り寄った。

「キャプテン、私も死にませんからね?」
「当たり前だ馬鹿。おれの目の前で、しかも病気が原因で死なせるわけねェだろ」
「優秀な先生が近くに居て良かったです」

ふふっと笑うとキャプテンの目元も柔らかくなった。

「夕食作ってるんですかね…いい匂いがします」
「潜水してて匂いが篭るからな」
「キャプテン、食堂で食べちゃダメですか?」

私がいうとキャプテンは少し考えて、ため息をついた。

「随分とお強請りが上手くなったな」
「ふふ。涙目の上目遣い攻撃。ききました?」
「乱れた呼吸、甘えた声でな。最強じゃねェか」

互いに笑い合った後に、キャプテンが私に触れるだけのキスをした。

「治ったら抱かせろよ」
「島に着いたらですよ。船ではダメです」
「約束は出来ねェ。随分とお預け状態にされてるからな」
「絶対ダメです」
「おれに命令すんじゃねェ」
「またそれですかっ?!」

からかうように笑っているが、この流れだと本当に気にせずしそうだ。恐ろしい。
今に始まった事ではないが、キャプテンの命令嫌いにも困った。というか命令じゃなくお願いをしているのに。

私は体を起こそうとして、キャプテンに額を押さえつけられた。

「…キャプテン」
「起きてていいが、横にはなってろ」
「もう眠くないので本でも読みたかったんですが」
「40度超えてんだから、もうすこし下がったらな」

キャプテンに額を押し付けられていたら簡単にポスっと枕に戻される。
小さくノックが聞こえてきて氷枕を手に持ったベポが入ってきた。

「ナマエ、大丈夫?」
「ベポ!来てくれたんだ!」

ベポが作ってくれた氷枕と額に冷たいタオルを置かれて、そのままベッドサイドに座って、話始めた。

「みんなソワソワしてたんだよ。ナマエが熱出すなんて無かったから」
「私も初めて。小さい時から風邪引かない体の丈夫な子だったから」
「夕飯はおれもここで食べていい?」
「私も食堂で食べるから一緒に食べよ」
「起きて大丈夫なの?」
「主治医がそばに居てくれるから大丈夫」

ちらりとキャプテンを見れば、溜息をついて頷いた。
ベポが嬉しそうに笑って「みんなに言ってくる!」と意気揚々と部屋を出て行った。

キャプテンはソファに座って相変わらず本を読んでいる。
体を横に向けてその姿を眺めた。

長い足を組んで、いつもの帽子をかぶって、隈もいつも通り。でも、あの隈はきっと消えないと思うし、あれもキャプテンの魅力の一つだと思ってしまう。

キャプテン何読んでるのかな。ベッドに座って読めばいいのに。手だけでも握らせてくれないかな。
何だろうか。熱を出すと寂しくなるってよく言うけど、本当にそんな気がする。

「…キャプテン…」
「あ?」
「…こっちで本読まないんですか?」
「寂しいのか?」
「…やっぱり何でもないです」

ゴロンと寝返りをうって、キャプテンに背中を向けた。
点滴も打ってくれて、看病までしてもらっているのに、私は随分と欲張りになったものだ。ただでさえ、他のクルーよりもキャプテンの事を独占してしまっているのに。
みんなキャプテン大好きだからな。私だけずるいよね。

背中越しにキャプテンがため息をついて立ち上がった気配がする。
呆れられちゃったかな。甘えたこと言い出したから。

ギシッとベッドが軋んで、私の肩を掴まれ引っ張られた。
ゴロンと私の体は仰向けにさせられて、キャプテンが私の顔の横に手を置いて顔を覗き込んできた。

「弱ってる時ぐらい素直になったらどうだ」
「…どういうことでしょうか」
「抱かれてる時はあんなに素直なのにな」
「だからどういう事ですか」
「んな遠回しに言うんじゃなくて、寂しいから側に居て欲しいって言えねェのか」

見事に図星だ。私の顔を見ていたキャプテンが笑って、前髪をかきあげられた。

「…寂しいので、側にいて下さい」
「くくく。上出来だ」
「あと、出来ればキスしたいです」
「満点だな」

触れるだけのキスをして、握り締めた手はそのままにキャプテンは再び本を読み始めた。
私は目の前の握られた手に顔を寄せて幸せを噛み締めていた。キャプテンのこういう優しいところが好きだ。
口も悪くて、意地悪なところもあるけれど、仲間思いだし、良い人だ。

暖かい布団と冷たかったキャプテンの手が私の温かい体温でどんどん温められていく。こんな風に、私がキャプテンの心を温められるような関係になれたらなぁって思うんだけど。

「頼りないよね…」
「何が」
「…私ってキャプテンに必要とされてます?」
「必要とされてねェと思うのか」
「うーん…まあ、キャプテンは必要のない人はクルーにしないですもんね」
「…確かに全員が必要なクルーだけどな。お前は…いや、もういい。いい加減分かれよアホ」
「ええっ!いきなりキレます?」

なかなか私の欲しい言葉は言ってくれないけど、キャプテンは私のことを大切にしてくれてるのは分かってるし、何だかんだこうして私のそばに居てくれてるからいいんだけど。たまには言葉で欲しい時もあるけど。

でも、まあ、キャプテンが普段から好きだとか愛してるとかベラベラと言ってたら有り難みがなくなるかも。
時々言ってくれるから嬉しいのかも。

…駆け引き上手だな。キャプテン。
その手腕でいったいどれほどの女を落としてきたんだ。いや、この顔とスタイルと強さと、頭の良さから数多くの女性を虜にしたに違いない。しかも、夜の情事でも…上手い方だと思うし。そんな経験豊富でもないから分からないけど、たぶん上手い方なんだろう。

タラシだ。女たらしだ。

「いでで」

繋がれた手を眺めながらそんな事を考えていたら頬をキャプテンに引っ張られた。
顔を上げると、いつの間にか医学書を見ていたキャプテンの目が睨むようにこちらに向いていた。

「誰が女たらしだって?」
「く、口に出てました?」
「口にも顔にも出てた」

熱のせいなのか、久しぶりのキャプテンとのふざけたやり取りだからなのか楽しい。

「へへ」
「今度は何だよ」
「楽しいんですよ。キャプテンとのやり取りが」
「相変わらず能天気な奴」








美味しそうな匂いにつられて目を開けた。
キャプテンの手は握ったまま、私を後ろから抱きしめてキャプテンも横になってる。
いつの間にか寝ちゃってたんだ。

「起きたか」
「はい…何だか体が少し楽になりました」

後ろからキャプテンの大きな手が私の額を覆った。

「38.5。そろそろ飯行くか」
「はい!」

起き上がると、キャプテンが点滴を止めて接続を外し、ルートを包帯で固定した。

「そういや、お前も包帯の巻き方上手いな」
「ふふ。キャプテンに褒められるのは一番嬉しいですね」
「お前は褒めると調子に乗るからな」

私の寝巻きのスエットの上からキャプテンがパーカーを羽織らせてくれて、一緒に食堂へ向かった。

「おお!ナマエ大丈夫かあ?!」
「みなさん、心配お掛けしてすいません。ただ今、ハートのナースは優秀なドクターに看病してもらって早期治癒に向けて頑張ってます」
「あはははは!思ったより元気そうだな!」
「いつも看病してもらってんだから、こんな時ぐらいはおれらにも手伝わせてくれよ!」
「ありがとうございます」

みんなの明るい笑顔に私も笑顔になる。ああ、本当にハートのみんな、大好きだ。
クジラさんが私のために病人食を作ってくれて、私とキャプテンを囲むようにして集まってきた。

「ちゃんと眠れてるか?」
「眠れてますよ」
「おかゆ熱いか?ふーふーしてやろうか?」
「え、あ、ありがとうございます」
「ウニの唾液が入ったらどうすんだよ!こういう時はキャプテンが」
「やるわけねェだろ。お前らもさっさと食って働け」

キャプテンの言葉にブーブーと文句を言いながら散って行ったが、目の前にイッカクが座り出した。

「早く治して夜の女子会しよーな」
「確かに!ごめんね、イッカク一人であの部屋に寝てるんだよね?」
「いや?たまにシャチとかイルカとかベポが一緒の部屋で寝てくれるぞ?」
「えー!何それ!私も参加したいんだけど」
「なら早く治しな」

いつの間にそんなお泊まり会的なことをしていたのか。
私がしょげてるとキャプテンがもぐもぐと食べながら、顔を顰めた。

「おれじゃ不満か」
「んぐ!ま、まさかあ!キャプテンの部屋で寝れて幸せですよー」
「…」

キャプテンが拗ねてる。可愛い。
目の前でイッカクもニヤニヤして見てる。

「なら、キャプテン。たまにはクルーの部屋でみんなで寝るのもいいんじゃないですか?」
「…」
「それいいなあ!!キャプテン!今夜だけでもそうしましょうよ!!」
「……」
「おれも賛成!!」「おれも!」

散った筈の仲間たちが目を輝かせて再び集まってきた。
キャプテンが渋っているけど、これはもしかして押せばいける可能性がある!

「お願いします、キャプテン」
「…てめェ…」

必殺、上目遣い攻撃だ。どうだ。

「…今夜だけだからな」

ハートのクルーたちの歓喜の声が上がった。
誰がキャプテンの隣で寝るのかもはや争いが起きる勢いだ。





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