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「ナマエ、起きろ!ナマエ!」
「あ…キャプテン…」

体を揺さぶられて、目を開けた。
脳内には先ほどの夢で見た、戦場の中にキャプテンが血を流しながら倒れている光景が目に浮かんだ。
私は叫んでキャプテンを呼んでいるのに、キャプテンの体は動かないし、私の体もまるで何かが纏わりついているかのように動かなくて…苦しい夢だった。

体が重くて、呼吸が乱れ、涙を流していたのか目元がぼやけている。
目を擦ると、その腕をキャプテンに掴まれた。

「擦るな。魘されてた」
「すいません…」

そのまま抱きしめられてキャプテンの胸板に顔を押し付けると、キャプテンの匂いと心臓が一定のリズムを刻んでいるのが伝わってきた。
呼吸が少し苦しいのは過呼吸にでもなってしまっているのだろうか。キャプテンが体を離したと思えば両頬を包み込まれるように掴まれて、顔を上げられると額同士がコツンと当てられた。

「38.5」
「?」
「熱あるぞ」

ああ…だから体が重くて、嫌な夢を見たのか。
そういえば寒気も感じるし、関節の節々が痛む。

「大丈夫ですよ。たぶん脱水気味なんでしょう。水飲めばすぐ良くなります」

そう言いながらベッドサイドテーブルに置いてあった水を口に含み、喉を潤した。
考えてみれば、水分も食事も口にしていなかった。

水飲んで、ご飯食べて、解熱剤でも飲めば下がるでしょう。あ、解熱鎮痛剤はルフィ君とジンベエさんに使ったし、持たせちゃったからないんだった。
どちらにしろ水分とって、ご飯食べればきっとすぐ下がる。そもそも、寝てなどいられない。

ベッドから降りようとして布団を捲ると、頭を掴まれて枕に押し付けられた。

「診察するからこのベッドを出るな」
「でも、ルフィ君とジンベエさんのカルテを作っておきたいですし、オペでいろんな薬剤を使ったので調剤しておかなきゃいけませんし、それに」「ナマエ」

額を押さえている刺青だらけのキャプテンの手を両手で剥がそうとしたまま。
私はキャプテンに低い声で名前を呼ばれて口を噤んだ。
キャプテンの手は大きくて、私の額を抑えるだけで、私の目元も覆い隠し、視界も遮られている。

「人間ってのは泣くことで精神的な昂ぶりを抑えることが出来る。まあ、お前も医療に携わっているから分かってはいると思うが…」
「…」
「おれの前で泣くのを我慢するんじゃねェ。戦場を見て色んな感情が渦巻くのは普通の反応だ。海賊になったからといって我慢する必要もねェし、お前は戦場に慣れるな」

離れようとするキャプテンの手を掴んで、私の目元を覆い隠したまま、途端に溢れ出る涙。
優しすぎるキャプテンの言葉に堪えることなど出来なかった。

ああ、そうか。私、ショック受けてたんだ。精神的にぐちゃぐちゃになってたから眠れなかったのか…。

「おれが死んだ夢でもみてたのか?」
「は、はい…何で…それを…」
「魘されながら何度もおれの名前を呼んでた。おれは生きてるし、死なねェ。約束しただろ」
「ろぉー…ロー!!」

それからは泣き続けた。もう一生分泣いたんじゃないかってぐらいに。
あの時見た、戦場の恐さ、呆気なく死んでしまったルフィ君のお兄さん。人はいつか死んでしまうもの。島でも何度も看取ってきたけど、あの日はたくさんの人が死んで、たくさんの人が苦しんでいた。

ルフィ君やジンベエさんのオペ中も止まりかけた心臓に、キャプテンが能力で電気ショックを与えて、改めて私たちは生と死を間近に感じる職業なのだと思い知らされた。

私の目元を覆ってくれていたキャプテンの手が頬を撫でて、額に置かれた。

「…今、着替えと食事を持ってくる。息苦しさは」
「少しだけあります…」
「聴診器も持ってくる。とにかくお前はここで寝てろ」
「あ…キャプテン」

ベッドから立ち上がろうとするキャプテンの服を引っ張って、体を起こした。

「キス…ダメですか…?」
「いいに決まってんだろ」

後頭部を掴まれてその勢いのまま噛み付くようにキスをされる。キャプテンの服を両手で掴みながら口を開けて舌を受け入れた。
お互いに舌を絡ませながら、混ざり合った唾液が口角から落ちていくのを感じる。いつもより呼吸が苦しいし、熱のせいでクラクラするけども、キャプテンを感じたくて止めることなんて出来ない。

最後にキャプテンの唇を舐めれば、キャプテンがくくっと笑った。

「あんま煽るなよ」
「煽ってなんか…あの、すぐ戻ってきてくれますか?」
「すぐ戻る」

キャプテンは私の額にもキスすると、船長室から出て行った。

頭を枕に預けると窓から海の中の魚が泳いでいるのが見える。泣きすぎて少し眠くもなってきたけど、目を閉じても眠りにつくことは出来ずに目を開けて天井を見上げることしか出来ない。

でも、本当にキャプテンの言う通り。
涙を流すことで少しスッキリした気がする。過度な緊張状態だったから張り詰めていた糸が切れたのだろうか。

みんなは何しているのだろう。
私は休んでいてもいいのだろうか。まさか自分が熱を出して寝込む立場になるなんて。
風邪なのかな。変な病原菌とかだったら…キャプテンとキスしちゃったけどうつしちゃったらどうしよう。
何も考えずに甘えてしまった。

涙がボロボロ出てきて、体を横にしてドアの方を見た。

キャプテンもオペの後で少ししか眠ってないのに、ご飯食べたかな、水分取ってるのかな。みんなもご飯食べたかな。

バタバタと足音が聞こえて、私は急いで涙を拭き取った。

「ナマエ!大丈夫か?!」
「熱出てるんだって?!」

シャチとペンギンさんが勢いよくドアを開けて入ってきて、キャプテンが後ろから続いた。

「飯食えるか?クジラがお粥作ってくれたぞ。食えなかったらスープだけでもって」
「みんな顔見たがってたんだけど、キャプテンが代表でおれたちだけって」
「当たり前だろ。全員でここに来てもうるせェだけだ」

キャプテンがベッドに腰掛けて、布団を剥がすと聴診器を耳に当てた。

「シャチ、ペンギン、聴診するから後ろ向け」

2人の背中が見えると、キャプテンは私のつなぎのジッパーを下ろして、私のタンクトップを捲り上げた。
その途端にキャプテンが息を飲んだのが分かった。

「キャプテン…?」
「お前、森の中をつなぎを脱いで歩いたか?」
「?脱いでませ…ああ!一度だけ、虫がつなぎに入ってきたので慌てて上を脱ぎました!」
「…お前のは風邪でも脱水でも過労でもねェ。マイクロンドクマムシに噛まれたんだ」
「虫?」

私が体を起こして自分のお腹をみてゾッとした。
青く内出血のような噛み跡がお腹全体にあって、でも痛みも何も感じない。
キャプテンはそのまま聴診をした後に服を直した。

「この虫は噛んだ瞬間に神経毒によって痛みを麻痺されて、人間は噛まれたことに気が付かない」
「虫?!キャプテン!ナマエは大丈夫なんですか?!」

シャチの慌てた声が聞こえてきて、私は未だにじっとお腹を見ているキャプテンの顔を覗き込んだ。

「3日間高熱が出るが、4日後には自然寛解する」
「良かった…。感染することはありますか?その、さっき…」
「感染はしない。唾液を飲み込んでも」「あー!!」

私が慌てて声を上げてキャプテンの言葉を遮ったが…すでに遅い。シャチとペンギンさんがお互いに顔を見合わせて、ニヤニヤしている。

「唾液…」
「飲み込む…」
「ああ…もう…」

私は別の意味で眩暈を感じた。
睨むようにキャプテンを見ても、涼しい顔して聴診器を外しているだけだ。
しかし、感染しないのなら食事は食堂で食べたい。
果たして目の前にいる主治医が許可してくれるか微妙なところだが。

「まあ、とにかくここで大人しく寝とけよ」
「キャプテンの言うことちゃんと聞くんだぞ!」
「あ!キャプテンもちゃんと休んでくださいよ!」
「分かってる」

シャチとペンギンさんが退出した後、キャプテンが私のスエットを目の前に置いた。

「着替えろ」
「ありがとうございます」

言われた通りに着替えてを済ませて、布団に入り込んだ。
寒気、関節痛…これからまだ熱は上がりそうだ。

今更だけどキャプテンすごいな。体温計がなくても体温が、分かるんだ。どうしたらそんな風になれるんだろうか。才能かな…見た目は医者からかけ離れてる気がするのに。

シャチやペンギンさんとも話せて安心出来たのか、先程泣きまくったせいなのか、一気に眠気が襲ってきた。

潜水しているため、窓を見てても暗くて時間が分からない。頭を動かして時間を確認すればまだ昼間だ。
シャチが持ってきたクジラさんの作ってくれた食事はまた起きた時に食べよう。

頭を撫でられ、触れるだけのキスをされると私はすぐに深い眠りに落ちていった。





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