キャプテンの腕には毎度ながら驚かされる。
ルフィ君の内臓は本当にすごいダメージを負っていて、動脈もあちこち切れていたため出血もすごかった。輸血が足りなくなり、途中でシャチが回収しに行ったりしたけど、運悪く魚人さんの血液型もルフィ君と同じ。
ルフィ君のオペと同時進行で魚人さんのオペも行い、そのオペは20時間にも及んだ。
「後は縫合して終わりだ」
どちらも内臓の損傷が激しく、よく生きてられたと思う。キャプテンが縫合し終わったルフィ君から私が包帯を巻いて、魚人さんの方を縫合しているキャプテンが溜息をついた。
「ROOM閉じるぞ」
「はい」
能力を閉じた瞬間に体がズッシリと重くなる。オペに入ったクルーは交代で手伝ってはいたが、私とキャプテンだけ20時間みっちりオペに入っていた。
私は最後にルフィ君にすっかり元気に鼓動を刻んでいる心臓を戻したら、キャプテンが手袋を外して私の肩に腕を乗せた。
「疲れた…寝に行くぞ」
「キャプテン寝てきて下さい。私は術後の全身状態を看るので」
「一眠りしてからにしろ。シャチ、イルカ、お前らで見張りを頼む。何かあればすぐに呼びこい」
私が抵抗しようともキャプテンが肩に置いた腕を首に回しながら、引きずるようにして私を船長室まで連れてきた。
そのままシャワー室まで一緒に連れて来られてつなぎのジッパーを手早く降ろされる。
「わわ!早業!ま、待ってくださいよ!」
「さっさと2人でシャワー浴びて寝るぞ」
「でも私」「起きたらいくらでも看護しろ」
つなぎを脱がされて、もう仕方ない。
諦めて全部脱ぐと一緒に浴室へ入った。
先に私の頭を洗ってくれているキャプテンに問いかけた。
「何でここまでしてルフィ君を助けてくれたんですか?」
「…おれの気まぐれだ。まあ、アイツはお前の命を救ってくれたっつーのもあるしな」
頭からお湯が掛けられて泡が落ちて、体を反転させキャプテンの方を向くとキャプテンの頭を泡だてた。
「それだけですか?」
「…それだけでも充分だろ」
「…そうですか」
気まぐれ。キャプテンの気まぐれは今に始まった事じゃないけど。それより、本当に疲れているのだろう。こうして頭を洗っててもウトウトしてる。
お湯で洗い流した後に体はお互いに自分で洗い、浴室を出るとキャプテンは「寝みィ…」と呟くとパンツだけを履いた状態でベッドにすぐに横になった。
オペで神経を尖らせている中、何度も能力を使っていたのでその疲労は計り知れない。さすがのキャプテンも体力の限界だったのだろう。
「ナマエ、早くこっち来い」
「ちょっと待って下さい。今服を着ますので」
「下着のままでいい」
今のキャプテンを癒すにはそれしかないか。
私は服を諦めてそのままキャプテンの布団に潜り込むと、私の体をぐっと引き寄せて額にキスをされた。
リップ音を鳴らして頬と唇にもキスをされて、頭を抱え込まれるとすぐに安らかな寝息が聞こえてきた。
しばらく目を閉じて、キャプテンの鼓動を聞きながら眠ろうとはしたが意識が遠のくことはなかった。
やはりルフィ君と魚人さんが気になり、キャプテンの腕の力が完全に抜けた時点で静かにベッドを抜け出した。
キャプテンの部屋に置かれた洗濯後の私のつなぎは、ペンギンさんがオペ後はここで過ごすかもしれないと先読みして置いてくれてたものだ。
部屋を出る前に深い眠りについているキャプテンの頬に唇を寄せて、静かに部屋を後にした。
「イルカ、シャチ。2人はどう?」
「あれ?ナマエ?お前寝なくて大丈夫かよ」
「眠れないよ。あ、キャプテンはぐっすり眠ってるよ」
ルフィ君も魚人さんもぐっすり眠っているし、顔色も良さそうだ。
私は洗面器にお湯を張り、2人のあちこちについているドロ汚れや血液を拭き取っていった。
「さすが看護師…」
シャチとイルカが私の清拭をしている姿を眺めながら、呟いた。
「目覚めたらやばいかもな」
「たぶん暴れる。麦わらは」
「そうだよね…お兄ちゃんが目の前で…」
想像しただけでショックだし、絶望しかない。精神的な負荷は莫大なものだっただろう。
気を失ったのは人間の無意識の中にある防衛反応。きっと、これ以上は耐えきれないという心の叫びだったんだ。
数時間後に船が揺れて、2人はオペ室を出ていった。
私はルフィ君の血圧を測り、点滴を交換した後にムクリと起き上がった魚人さんに目を見開いた。
「わわ!寝てなきゃダメですよ!」
「寝てられんのじゃ。…おぬしが」
「2人を手術したのはキャプテンです。あー、もう…」
私の言葉を聞かずに起き上がった魚人さんは包帯に血を滲ませて頭を下げた。
私は苦笑して、ルフィ君を1人には出来ないため、入ってきたウニさんと交代して魚人さんと騒がしい甲板にでた。
「あれ?キャプテン」
「…」
しっかりと服を着て美しい女性と話しているキャプテンが、私の頭を無言で叩いた。全く意味が分からない。
キャプテンは私の後ろから出てきた魚人さんを見て、盛大に溜息をついた。
「寝てろ。死ぬぞ」
「こころが落ち着かん。無理じゃ」
私は甲板にいるもう1人の人物を見て思わず「ぎゃあ!」と声を上げて尻もちついて驚いた。
顔デカイ!体と頭の比率がバラバラだ!化粧なんなの?!なんで網タイツ?!顔怖い!!顔デカイ!!
青ざめている私の様子を見てキャプテンが鼻で笑って、デカい顔の人が私を覗き込んだ。
「あら?青ざめてるヴァナータは?」
「うちの船のナースだ」
「ドクターもナースも乗ってるなんて病院のような船!麦わらボーイは運が良かったわ!ヒーハー!」
ヒーハーってなに?!
激しく怖がってると更にデカイ顔が近寄る。
化粧で表情が変わってないように見えるけども、絶対遊んでるよね、このオカマっぽい人。
「ヒーハー!」
「ぎゃあっ!」
背後からいきなり顔を覗き込まれて心臓が飛び出るんじゃないかっていうぐらい驚いた。また飛び跳ねて尻もちついて、驚く私をじっと見るデカくて怖い顔。
私がガタガタと体を震わせてる間に海賊女帝のハンコックさんの島に上陸することに決まったらしい。
シャチとペンギンさん、イルカは終始ハンコックさんにデレデレしてるし、ベポは下僕のように扱われてるし、顔デカい変態な格好の人も居るし、なんだか色々シュールだ。
ハンコックさんの船を待ってる間に散々デカい顔の人…イワンさんに怯えさせられ…絶対あれは私で遊んでた。私と目が合う度に大きな声でヒーハー!と叫ぶんだから。いちいちその声と顔に驚いて、飛び跳ねて尻もちをつく、私も私だけども。
私が遊ばれてる時にキャプテンは魚人さんのジンベエさんと何やら話をしていた。ハンコックさんの船が来ると、やっとイワンさんやオカマさん囚人と別れられることになっる。
「じゃあ、麦わらボーイを頼んだわ!ちなみにこの子、ナマエちゃんをヴァターシにくれる気はない?反応がいちいち面白すぎるわ」
「馬鹿言うな。散々遊んだんだからもういいだろ」
「ヒーハー!もしかしてヴァナータのこれ?」
小指を立ててすごい古い表し方をするイワンさんに、私はキャプテンの後ろから覗き込むようにして、そのやり取りを眺めてた。
デカい顔が詰め寄っても表情一つ変えないキャプテンも凄い。そして、デカい顔がキャプテンの小顔をもの凄く際立てている。小顔に見せるならイワンさんを隣に置いたらいいのかもしれない。怖いけど。
「おれの女だ。おもちゃ欲しいなら他を当たれ」
「いつでも歓迎するわよ!ナマエ!!ヒーハー!!」
「絶対に行きません!」
遠ざかる船にホッとしながら、私はキャプテンを見上げた。
「何で出てきた時に私の頭叩いたんですか?」
「勝手に居なくなりやがって」
「あー、それか」
「あーそれか、じゃねェ」
「あだっ」
呑気に納得してたらお尻を蹴られた。
ハンコックさんが自分の船に戻る際に私をじっと見つめててきて、ヒールを甲板に響かせながら近寄ってくる。美しいしスタイルいいし、すごくいい匂いがする。
「お主!」
「え?へ?私?」
肩をガシッと掴まれて体を揺さぶられる。
「わらわの船へ乗れ!ちょっと聞きたいことがある!」
「どいつもこいつも…断る。コイツはおれとやる事がある」
私の頭を鷲掴みにして引き寄せたキャプテン。鷲掴みなんて可愛いもんじゃない。力が入りすぎてこれじゃ、アイアンクローだ。
「いだだだ、キャプテン痛いです」
「うるさい!わらわはこの子と話がしたい!わらわに貸すがよい」
「おれに命令するな」
「わらわに命令するな!無礼者!」
私の頭の訴えは2人に聞き入れてもらえない。
あれ?なんかこの2人、微妙に似てるよね。私を挟んで言い合う2人は身長も高いし、スタイルのいいもの同士。言い合っている内容はともかく、少し嫉妬してしまいそうだ。
「麦わら屋の術後のケアを怠っていいってことだな」
「なぬ?!それは…」
「諦めてさっさと船を出せ。お前は中に入ってろ」
「はい。ルフィ君とこに行ってきます」
「ならば島に着いたらすぐにわらわの元はくるがよい!話がしたい!」
「分かりまし…」
返事を言い終わる前にすごい形相でキャプテンに睨まれて語尾が小さくなる。
それでも、ハンコックさんは嬉しそうに自船に戻っていった。