50




助けて。

助けて。

絶対に死なない。

約束したの。

助けて。

息も出来ない、体に力も入らない。
体がほんのり光っているのはキャプテンのROOM内だからだ。

意識が朦朧としてきたところで、すごい力で体を持って行かれる感覚がして、その水圧に耐えきれずに私は意識を手放した。








薬品の匂い。体がとても暖かくて、呼吸が出来ている。
まだ死んでいないのだと思って安堵した。
ゆっくりと重い瞼を持ち上げれば、視界に飛び込んできたのは茶色の毛皮と角、ピンクの帽子…トナカイの子ども?

「トナカイが調剤してる…」
「っ!め、目が覚めたのか?!お前おれをどうする気なんだ?!」
「え…」

それはこっちのセリフだ。
そもそもここはどこで、君は誰だ。

ぐっと肘に立てて上体を起こそうとして強烈な眩暈に襲われた。

「あ…」
「まだ寝てなきゃダメだぞ!お前すごい熱あるし、呼吸止まってたんだからな!」
「…死にかけたんだ…君が助けてくれたの?えっと…」
「…おれはチョッパー。医者だ。確かにおれが心肺蘇生してやったけど、人工呼吸はナミがしてくれてた」
「そっか…ありがとうございます…」

熱があるからこんな体が熱くて、体も重くて、怠いのか。
重い腕を持ち上げて布団を捲ると、下着もつけてるし、可愛らしいTシャツとショートパンツ姿に着替えている。
若い女の子でも乗っているのだろうか。先ほど言っていたナミって子が女の子の名前なのだろうか。

「すごくいい匂いが先ほどからするんですが…」
「ん?たこ焼きだけど…お前はダメだぞ!熱あるし、病み上がりでそんなもの」
「たこ焼き…食べたい…」

いつからご飯食べてないっけ。
なんか色々とあって食べる暇もなければ食欲など出ては来なかったのに。私の食欲は匂いに焚き付けられたのと、生きていたという安心からか強烈にお腹が空いた。

「先生、お願いします」
「と、とりあえずみんな呼んでくる!!」

慌ててそう言ったチョッパー君が立ち去ると、ゆっくりと体を動かした。
眩暈はあるし、怠さからとても俊敏には動けない。つまりは逃げることはできない。
けれども、命を助けてくれた上に下着や服まで着せてくれて、この綺麗な船内を見る限りは商船か貴族の船なのだろうか。
ベポを見てるからか、話すトナカイに違和感を感じなかったがあのトナカイが医者か。

たくさんの足音の後に9人の…人じゃないのも混ざってるけど。
動く動物は見たことはあるけれど、歩く骸骨は初めてだ。
しかも、一人パンツの人が居るんだけど。目のやり場に困る。

「おめぇ誰だ?」

麦わら帽子をかぶった少年が顔を覗きこんできて、私は頭を下げた。

「私はしがない看護師です。どなたの船かは分かりませんが、助けていただいてありがとうございます」
「ん?気にすんな!助けたのはケイミーだけどよ。あいつお前助けた後に海王類に食べられておれたちがお前ごと助けた!でも、なんで海の底に居たんだ?」

この子が船長なのだろうか。
他の人たちは私と麦わら帽子の少年のやり取りをじっと探るように見ているだけだ。

「…落とされました」
「落とされた?お前泳げないのか?」
「能力者なので」

見たところ、一人では切り抜けられなさそうだし。この体で逃亡したところで自殺するようなものだ。
それに、目の前にある麦わら少年の笑顔を見てたら警戒という文字は頭から消えるかのようだ。人の懐に入り込むのが上手い少年なのだろうか。

「何の能力だ」

刀をたくさん持っている緑頭に睨まれながら言われた。
残念だけど、睨まれるのは慣れている。嫌な慣れだけども。

「…えっと、ケアケアの実って言って、傷とかを治す能力です」
「すげえ!見せてくれよ!!」
「えーっと…」

本当はキャプテンに使用禁止命令をされているのだけれども、こればかりは仕方ない。
私は爪を立てて自分の腕にひっかき傷を作ると、ケアと呟いて緑の光を当てた。
傷は綺麗に消えて、全員が感動したように感嘆の声を漏らしていた。

目の前の麦わら少年は驚くほど目を輝かせて、詰め寄ってきた。

「おれの仲間になれ!」
「へ?!」
「言うと思ったわ…」

オレンジ頭の女の子が呆れたように言って、他の人が笑い出す。

「でもね、ルフィ。彼女他の海賊団の賞金首よ」

黒い髪の大人っぽいお姉さんが一枚の手配書を麦わらの少年に渡した。
ちらりと見えた手配書は私のものだ。

「ハートの海賊団?」
「船長さんはこっちの手配書」
「んんー、じゃあ、お前仲間に落とされたのか?」
「そんなことしない!私が…敵を助けようとして…」

我ながら馬鹿なことをしたと溜息をついた。
助けようと思うと反射的に体が動いてしまうこの体質をどうにかしたい。
きっと、みんな心配してるだろうし…もしかしたら死んだと思われているかもしれない。

「んなんて優しいんだ!!」

いきなりの大きな声で叫ぶように言ってきた黒いスーツの男性に、思わず肩を揺らしてベッドの上で後退した。

「怯えさせてどうするのよ…。それで、ここは麦わら一味の海賊船だけど、あんたは敵船のクルー。どうするの」
「…何でもしますので…次の島まで乗せてください…お願いします…」

頭をベッドにつけて私は土下座をした。
まさか海賊船だったとは思わなかった。
私の正体も分かっているのだし、海賊同士であればきっと私は殺されるか、海に放り出されるか…売られるか…。

「じゃあ、おれの仲間になれ!」
「…仲間にはなれませんが…シャボンディ諸島へ行かれるならそれまで専属の看護師としてみなさんの傷を癒したり、船医さんのお手伝いをします」
「よし!なら決まりだ!お前の名前は?!」
「ナマエです」

それぞれみんなの名前を教えてもらって、それぞれが部屋を出て行った。
残ったのはナミちゃんとロビンさんとチョッパー君。

私の目の前にチョッパー君が調剤したばかりの薬を差し出してきて、ナミちゃんが私に水を差し出してくれた。

「ありがとう。ちなみに何の薬草を…?あ、別に疑っているわけでなく、他船ではどういった薬草を使って解熱剤を調合しているのか知りたくて。職業柄ですね…」
「そっか、看護師なんだもんね」
「えっとな、これとこれだぞ」
「そうなんだ!すごい、この薬草と…あ、メモしてもいいですか?」
「ふふふ。面白い子ね」

チョッパー君は内科専門みたいだし、かなり勉強になりそうだ。
褒めれば照れながらも色々と教えてくれるチョッパー君に私は熱のことも忘れるように夢中でメモをした。

「あ、この服はナミちゃんの?」
「そうよ。あんた男もんの服きて下着もつけてないんだから」
「それには事情がありまして…」
「あら。それは大人な事情?」

ロビンさんが愉しそうに含み笑いをしながら見てきて、ナミちゃんまでも嬉しそうに身を乗り出してきた。

「いえ。敵に身ぐるみを剥がされて…キャプテンが仕方なしに着せてくれたもので」
「身ぐるみって…下着までも脱がされたの?」
「はい。あ、敵って女性なんですけど」

その後もざっとあの事件のことを伝えて、チョッパー君にドクターストップが掛かるまで女子トークを続けていた。
チョッパー君に眠るように言われて目を閉じると、すぐに眠りについた。






「ナマエ、シャボンディ諸島に着いたわよ」
「え…」

ナミちゃんに起こされて、服を差し出された。

「私の服、あげるわ。下着もね」
「あ、ありがとう。なんか色々とありがとうございました」
「このお礼はいつかお金であんたんとこの船長に請求するから」

ウインクして楽しそうに言ってくるナミちゃんにまたお礼を伝える。
すごく短いショートパンツに、可愛らしいTシャツ。
ちょっと足がここまで出ると恥ずかしいものだけど。

すっかり熱も下がっているようで、初めてこの部屋を出て甲板に出た。

「うっわー…すごい…」

船の内装もそうだけど、この船はすごい。
芝生にマストの根本には座れる椅子。おしゃれだ。ものすごくおしゃれだ。
そして、見上げるとシャボンディ諸島にも驚かされる。

島からシャボン玉が次々と現れて、大きなシャボン玉がいくつも浮いている。

「あなたがケイミーちゃん?」
「あ!もう熱下がったの?」
「うん。私の命を救ってくれて本当にありがとう。なんとお礼をしたらいいのか…」
「ううん。貴女の体が光ってて何かと思って飛びついただけなの」

私の体が…ああ、キャプテンの能力と私の能力で…。
ということはキャプテンが助けてくれたきっかけをつくってくれた。

やっぱり、私たちは互いに守り合えるようになってるんだよ。ロー。
早く会いたい。私はあなたに守られたんだよと伝えたい。

「このご恩は必ずお返しを…」
「いいのいいの!結局その後に海王類に食べられちゃったし…ごめんね」

感謝する人がいっぱいだ。
ケイミーちゃんに、看病してくれたチョッパー君、ナミちゃんとロビンさんにも救われたし、ルフィ君は私とケイミーちゃんを海王類から救い出してくれた。

「皆さん、本当にありがとう」
「でも、ここの島でたった一人で探すの?」

ロビンちゃんが心配そうに聞いてきたけど、これ以上世話になる訳にもいかない。

「これ以上はお世話になれません。私たちは一応敵船同士ですし…結局熱で寝込んだせいでろくに役に立ちませんでしたが…すいません」
「…なら、せめて街まで一緒に行きましょ」

ナミちゃんが私の腕に抱きつきながら笑いかけてくれる。
胸がすごく柔らかくて…じゃなくて、ダメでしょ。
ロビンさんが私の反対側の腕を絡めて、両手に華状態だ。ごめんなさい、キャプテン。2人の柔らかい胸には敵わない。

「…よろしくお願いします。麦わらの一味さん」

頭を下げれば全員が笑って、私もつられて笑顔になった。





-50-


prev
next


- ナノ -