48




甲板でペンギンと話した後に後ろを振り返れば、もうナマエの姿はなかった。
シャチに聞けば洗濯しに行ったと。
まあ、シャボンディ諸島までは5日ほどで到着する予定だし、ここまで何もなかったのだから思い違いだったのだろう。

おれは部屋に医学書を手に取ると本に集中することにした。

昼ごろになり、ベポに呼ばれて2人で食堂に向かっていた時だった。
ベポが突然おれを抱きしめ、鼻を寄せてきた。

「ベポ?」
「…キャプテン、ナマエの匂いするね」
「ああ。昨日たくさん“抱きしめ合った”からな」
「でも、おかしいなあ」
「?」
「さっき、ナマエと食堂で会ったんだけど…ナマエからはナマエの匂いしかしないんだ」

その言葉を聞いて思わず舌打ちをした。
くそ。いつ入れ替わりやがった。
おれはベポにそのことを誰にも言わないように伝え、食堂へ急いだ。
ペンギンとシャチとイルカにすぐに捜索するよう指示し、問題の女の居場所を聞いた。

「医務室に行くって言ってましたけど…本当に入れ替わってます?」
「間違いない。おれの張った予防線にひっかった」
「げげ!マジっすか…キャプテンの予防線って何だか知りませんけどすごいですね。しっかしあの女本当に変装のプロっすね…全く違いが分からねェ…」
「おれは医務室に行って確認してくるが、出航した後から5時間は経過している。どういう状態であいつが隠されてるか分からねェが、なるべく早く探し出しておれの部屋に閉じ込めておけ」
「アイアイ!」

三人が散らばってすぐに医務室に向かった。
仲間の誰一人と入れ替わりに気が付かず、しかもまさか出航後にこの船で入れ替わられるとは思いもしなかった。
どうやっておれの船に乗り込んだのか、いや、探るのはまだだ。
とりあえず本人に会って確めてみるか。

医務室にノックもせずにいつも通り入ると、その女は医務室のソファに座りながらカルテを開いていた。

「…カルテなんて見てどうした」

おれは隣に座り、じっと女を見つめた。
確かにどこをどう見てもあいつだ。
これは似てるってもんじゃねェ。同じだ。

「たまには振り返ろうと思いまして。キャプテンこそ、何の御用ですか?」

声も話し方もまるであいつだ。
ここまで来ると能力者なんじゃねェかと疑う。
おれはくくっと笑って女の頬を撫でた。

「会いに来ちゃいけねェか」
「ふふふ、いいえ」

触れた瞬間に分かった。
以前、酒場で女がおれに触れてきて気持ち悪いと感じたが、全く同じだ。
気色悪ィ。おれの体が生理的に受け付けないらしい。

嫌悪感を押し殺して、頬を撫でながらつなぎのジッパーに手をかけた。
少し降ろして見えた鎖骨の下には昨日散らしたはずの跡がない。

「抵抗しねェのか」
「え?」
「いつもはこんな真昼間からやめろって止めるじゃねェか」
「たまには…」

ダメだ。興奮するどころか萎えるばかりだ。
おれは溜息をついてソファから立ち上がると、後ろで服を脱ぎ始めた気配を感じた。

「抱いてくれないんですか」
「昨日ヤりすぎてもう勃たねェよ」
「…」

これが本物のナマエであったらどんなに喜ばしいことか。
昨晩はあいつも行為に集中していなかったし、早々に意識を失くしたため満足にできなかった。だからこそ、この発言を本物のナマエがしてたら冗談だとしても、瞬時に押し倒してただろうな。

溜息をついて、後ろを振り返ればつなぎを脱いで下着姿になっている女の姿。

「あんだけ啼いて、まだ足りねェのか」
「っ!」
「さっさと服着ろ」

おれの言葉を聞いて急いで服を着だしたが、その下着も見たことがある。
あいつ身ぐるみ剥がされたのか。なおさら安否が気になった。

女はつなぎを上まで上げるとソファに座り直し、再びカルテを見つめだした。
大方、ここのクルーの名前と顔の一致が出来ないのだろう。
あまりカルテを見られるのはいい気はしないが、おれの重要な情報である“過去に関連する”既往歴は書いてない。
だが、ナマエのカルテは能力による臓器損傷のことも書かれている。
この女にアイツの能力のことがバレると厄介だ。

「おれはお前のカルテを借りてくぞ。書くことがある」
「あ…」
「自分のカルテを眺める必要もねェだろ」

ナマエのカルテを取ると、おれは医務室をあとにした。
医務室のドアを閉めると、船長室の方にバスタオルにぐるぐる巻きにされているモノをベポが運んでいるのが見えた。
すぐに向かうと、シャチとペンギンも反対側からやってくるのが見える。

「シャチ、お前はあの女についてろ」
「アイアイ」

シャチと別れ、ペンギンと船長室へ入ると声を顰めながらペンギンが報告した。

「倉庫の樽の中に海水に裸で海水につけられてました」
「…能力者って知ってたのか」
「微妙な線ですね。海水につけられながら両手両足は紐で結ばれてましたから」

ベポがおれのベッドに寝かせてバスタオルからナマエの顔を出した。
唇は青く、顔は青白くなって血の気が引いている。

「キャプテン…ナマエの体がすごく冷たいんだ」
「低体温症だ。濡れてるバスタオルは取って…いや、おれがやる。お前らちょっと後ろ向いてろ」

途中まで言って思い出した。裸で海水につけられていたということは、このバスタオルの下は裸のはず。
ペンギンとベポが揃って背中を向けるのを確認すると濡れたバスタオルを取り、新しいタオルで水気を取ると、おれの服を着せて布団で包んだ。

呼吸数は少なくなっているし、頬を軽く叩いてみたが意識は完全にない。
脈を確認するが今のところは不整脈となっていないため、心停止にはならなそうだな…。早く気が付いて良かった…。

おれもベッドの上で胡坐をかいて座ると、布団で包んだナマエを抱きしめながらペンギンとベポに声をかけて近寄らせた。
隣の医務室にあの女がいるため、三人で声を顰めながら話す。

「今はクルーのカルテを見てる。恐らく、クルーの名前と顔を一致させるために確認しているんだろ。コイツのカルテはコイツの能力に関しても書いてあるからおれが持ってきた」
「おれ、操舵室に入れないようにしておくよ」
「分かった、航路はベポを任せる。何かあればすぐにおれに報告しろ」
「アイアイ!キャプテン」

ベポが立ち去ると、ペンギンが何かを考えるように顎に手をやった。

「…あの七武海が関係してたりしませんかね」
「…」

おれが奴のもとに居た時はあの女の姿を見たことはない。
それにアイツの部下であればこんな予防線に引っかかるような変装はさせない。奴なら徹底的にやるはず。

「恐らく、あの女と奴は関係ない。あの女の単独だとは思うが…目的が分からねェ」
「シャボンディ諸島に行きたいがための潜入とか?」
「いや、あの町では多くの海賊がシャボンディ諸島を目指していた。この船でなくても、乗り込むならもっとリスクの低い海賊が山ほどいる」

おれの腕の中で小さく動いた気配がして、おれはペンギンから視線をナマエの顔にやった。
呼吸が正常に戻ってきているし、額と頬に触れれば先ほどよりも体温が上がってきたのが分かった。そろそろ目覚めそうだな。

ペンギンがおれとナマエを見て、考えこんだ。

「どうした?」
「案外…単純な目的かもしれません」
「単純?」
「キャプテンの女になりたかったとか。ほら、女の執念って怖いですからね」
「…」

そんな馬鹿な理由で自分の命を張るか?
おれが呆れると、ペンギンは真顔でおれを見てきた。

「いや、本当にそうかもしれません。キャプテンの嫌な予感も、ナマエとキャプテンの仲がどうにかなるかもしれないっていう警告かもしれませんよ?」
「どうにもなんねェよ。見ての通りコイツで手いっぱいだ」
「まあ、キャプテンはそうかもしれませんが。あっちは2番目でもいいからとか」

なんだそれ。そんな単純な理由か。
いやでも、先ほどの行動といい…本当におれを落とすつもりか?

「…だとしたら海に叩き落とすか」
「確証はないんでどちらにしろ様子見ますか」
「そうだな…。イッカクは別室で寝かせるようにして、誰か男部屋で起きて見張りを立てろ」
「交代で見張りをさせます」
「あの女を一人で野放しにだけはするな。何か聞かれたり、不審な行動が見られれば報告して来い。おれはなるべくコイツとこの部屋で過ごす」

ペンギンが退出するとナマエにキスをする。
唇も暖かくなってきたな。
そのまま口内に舌を侵入させると少し塩気がした。海水飲み込んだのか…。
まだ冷えている口内も温めるようにキスをしていると、ゆっくりとナマエの瞳が持ち上げられた。

「ん…きゃ、ぷ、てん?」
「大丈夫か?」
「はい…寒くて死にそうでした」
「冬眠しかけてたな」
「ふふふ、そんなクマみたいな扱いしないでくださいよ」
「ベポだけで充分」

おれの服が大きく、少し引っ張れば綺麗な鎖骨が見えてそのすぐ下にはおれが昨夜つけた鬱血痕が見えた。くくっと笑い、そこを撫でた。

「んっ、キャプテン?」
「…はぁ…なんでお前だとこんなムラムラすんだろうな」
「へ?!」

慌てて距離を取ろうとするナマエの肩を引き寄せて額にキスをする。

「さすがに今は抱かねェよ」
「今は?」
「今は、な」
「…」

ナマエのまだ冷たい指先と足元に顔を顰めて、布団で包み込んだ。

「まだ冷てェんだから寝てろ」
「もう眠くないです」

医学書を一冊取り出すと、ベッドの上に戻りヘッドボードに背中を預けて布団に包まっているナマエを足の間に引き寄せた。
そのまま後ろから抱き寄せるようにナマエの目の前に医学書を開いた。

「こうしたら一緒に本読めるだろ」
「バッチリです!ありがとうございます!」

おれの目の前でナマエが本に集中し、おれも目の前の本に集中することにした。







-48-


prev
next


- ナノ -