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朝陽が差し込んできて目が覚める。
肩に置いてあるキャプテンの腕を退かして、ゆっくりと体を起こした。
ボーっとする頭を振って、欠伸を一つ。
キャプテンをちらりと見ると、まだ眠っているようだった。
つなぎは自分の部屋だし、着替えるにはどっちにしろ部屋に戻らなくてはならない。

ベッドから抜け出すと、床に足をつけて立ち上がるとぐぐっと伸びをした。
後ろでポスポスと布団を叩く音が聞こえてきて振り返ると、キャプテンが目を閉じたまま何かを探すように腕を動かしている。

「ナマエ…?居ねェ…」
「ここですよ?」
「…起きるんだったら起こせよ」
「それは、すいません。あの、つなぎに着替えてきますね」

キャプテンが体を起こすと、欠伸をしながら手招きしてきた。

「これ着ろ」
「??なんですかこれ?」
「シャチとイルカからだ。お前に世話になったからお礼だと。寝ないで看護した甲斐があったな」
「こ、これは!!」

袋から取り出すとキャプテンのパーカーと同じようにハートのジョリーロジャーが描かれいるパーカーに細身のジーンズだ。キャプテンと同じような恰好。というか同じだ。
私はすぐに今着ているスエットを脱ぐとそれを着て、ジーンズを履くとベッドサイドにあるキャプテンの帽子をかぶった。

「おお!キャプテンになった!」
「…」
「へへへ。こうして私の刀を肩にかけて」
「…」
「さっさと起きやがれ、バラすぞ」
「…くくく、おれの真似か」
「そっくりでした?」
「鏡見てるかと思った」
「な、なんと、キャプテンがノッてきた…」

帽子を取られてキャプテンも着替えると、私の首の後ろにあるフードをかぶせられて頭を掴まれた。

「フードは常にかぶってろ。今日からすることを説明しておくからよく聞いておけ」
「はい」
「今後、こうした情報収集や諜報活動にはお前もついてきてもらうことになると思う。だからそのための練習だと思え」
「はい」

真剣な表情になったキャプテンに私も真剣に耳を傾けた。









出航前日の夜。
船長室のベッドに腰掛けて足を組んでいるキャプテンの前に私。
その私の両隣にシャチとペンギンが立ってこの3日間のことや今後についての作戦会議中だ。

この3日間でキャプテンと行動を共にし、情報の聞き方や聞くべき人物の選定を教わりながら、シャチやペンギンさんとの情報共有をしてきた。

情報や知識は武器になる。計画を立てやすくなるし、巨大な組織や海賊と戦う時には戦略を立てやすくする。
そうキャプテンから教わり、積極的に色んな人から話しを聞き、情報を聞き出してきた。
実践は恐らく出航前日か出航の日。

キャプテンが言うにはこの島の看護師、アイリスが何かを仕掛けてくると。
私の集めた情報によると彼女はこの島の出身ではなく、海賊船を乗り継いでここへやってきたらしい。そして、かなりの変装の腕だと。
それこそ本人と見分けがつかない技術を持っているらしい。

「だとしたらお前に変装するのが一番潜入しやすいな」
「私ですか…」
「でしょうね。看護師で、女性で、船長との距離も近い。恋人という事実は知らないかもしれませんが」
「どうだろうな。おれと宿から一緒に出てくるところとかを見られていれば察するかもしれねェ」

ペンギンさんが考えて、今まで黙っていたシャチが嬉しそうに顔を上げた。

「キャプテンならナマエがすり替わっても分かるんじゃないですか?」
「…いや、どこまで変装技術があるのかも分からねェ…。でも、まあ、おれも予防線は張っておくつもりではある。あとは変装が分かってもあの女の行動が知りたい。この船に乗りたがる目的…何か引っかかる」

今度はペンギンさんが顔を上げてキャプテンを見た。

「だとしたら変装に気が付いた後も女に悟られずに、おれ達でナマエの捜索をするしかないですね」
「そうだな…」
「…私殺されません?」
「いや、おそらくヒューマンショップに売りに出す。能力者で医療知識のある女、しかも珍しい能力だ。ヒューマンショップでそれなりの額で売れるからな。それこそお前の首以上の額がつけられる。だからお前はシャボンディ到着までは生かされてるはずだし、この船に閉じ込めておくとしか考えられねェ」

確かに。アイリスの情報を聞き出しているときに彼女がヒューマンショップでの能力者の金額を聞きたがっていたと聞いたのを思い出す。そのことを考えれば私は売られることが予想される。ということは殺さずに生け捕りにしてくる。そして、シャボンディ諸島に連れて行く気ではあるのだろう。
そういえば…彼女は男好きで海賊の船長を次々と食い荒らしたとか。ってことは狙いはきっとキャプテンじゃないか。キャプテンカッコイイし、無自覚にフェロモン撒き散らしてるし。カッコよすぎる恋人を持つのも気苦労が絶えないなあ。

私のため息にキャプテンが鋭い視線を送ってきた。

そうだ。この人すぐに私の考えてること読むんだよね。怖い怖い。

「って、いででで」

何も言わずにキャプテンに頬を抓られた。すぐに離されたが、私は抓られた頬を撫でながら思考を戻した。

…しまった、キャプテンがアイリスに迫っているところをちょっと想像してしまった。予想以上に精神的にくるな。

「キャプテン、私と間違えて色々と…手を出さないでくださいよ?」
「は?するわけねェだろ。さすがに触れれば自分の女かどうかぐらい分かる」
「…どうですかね…」
「てめェ喧嘩売ってんのか」
「まあまあキャプテン落ち着いて。ナマエ、キャプテンはおれらが見張ってるから!な?お前は自分の身だけ心配してろ!」

シャチに背中を叩かれて、ペンギンさんに頭をポンポンされた。
2人の言うとおり。あとはこの2人とキャプテンに任せて、私は自分の身だけ心配していよう。

作戦会議が終了し、シャチとペンギンに続いて私も船長室を出ていこうとしたらキャプテンに腕を引かれた。

「お前はちょっとここに残れ」
「?あ、はい」

シャチとペンギンさんの背中を見送り、船長室のドアが閉まると、腕を引かれてベッドに一緒に腰掛けた。

「お前だという証拠を刻んでおく」
「?」

ベッドに倒されてキスをされると唇を割って舌が入ってきた。
なぜキスが証拠なのか分からないが、とりあえず先ほどアイリスとの絡みを想像してしまった後でこの人は自分のものだということを実感したい。
キャプテンの首の後ろに両腕を回し、自分の舌をキャプテンのそれに絡み付けた。

服の中に手が入ってきて、腰を何度も撫でた後に服を徐々に捲り上げられる。

いや、意味が分からない。私だという証拠を刻むために服を捲られて押し倒される意味が。

私がキャプテンの胸板を両手で押すと、唇がゆっくりと名残惜しげに離れて、私はキャプテンと目を合わせた。

「証拠って…何です?」
「抱かせろ」
「…全く意味が分からないのですが…」
「大人しく抱かれればすべてが終わった時に分かる」
「あの、ちょっ…せ、説明を」
「めんどくせェ」

めっ…めんどくせェって…
私の文句は再び塞がれたキャプテンの口内に消えて行った。














出航の朝に点呼をとって、いよいよ出航となった。
ペンギンさんとキャプテンが並んで、徐々に離れていく島を眺めながら話しているのが聞こえてくる。

「何も起きませんでしたね」
「…そうだな」
「ナマエにも接触はありませんでしたし」
「たまにナマエを一人で泳がせたりしてみたけどな…」

そう。数時間だけでもキャプテンと離れて一人で街をうろついたり、情報を聞きまわっていたが特になにも起きずに経過したのだ。昨日のうちに何かが起きると思っていたのだが。
私が思案していると、ドサドサっと私の目の前に汚れたつなぎが積まれた。

「ナマエ、今日洗濯当番だろ?これもよろしく」
「おっけ。ってシャチ!どうしてこんな溜めておいたの?!」
「お、お前のために…」
「そっか…ってなりません!シャチも手伝ってよ!」
「後から行くよ」

シャチに汚れた服を押し付けられて仕方なく洗濯室に向かった。
ほとんどが出港のために甲板に出ている中、一人で船内に入る。
知り尽くした船内を歩きながら、暗い洗濯室へ入った瞬間に私の口に何かが押し付けられた。両手で抱えていたシャチの服が足元に落ちて、後ろから羽交い絞めにしてくる人物の腕を握りしめた。

「んんー!」
「安心して。次の島でヒューマンオークションに出してあげるから」

薬品の匂いが鼻を抜けて、一気に遠のく意識に、ああ睡眠薬か。なんて冷静に頭で判断するも、力の抜ける体と落ちていく意識に抗うことは出来なかった。






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