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食事を済ませたらまたひと眠りしちゃって、結局起きたのは昼過ぎだった。
シャワーを浴びて、キャプテンと一緒にやっと宿を出ることが出来たが、ダラダラと眠ってしまったからなのか、繰り返された行為のせいなのか、倦怠感が残っている。

「うう…なんか惰眠してしまった…」
「たまにはいいじゃねェか」
「キャプテンはちゃんと起きて本読んでたじゃないですか」
「お前と違って体力があるもんで」
「…体、怠かったりしないんですか?」
「いや。むしろスッキリした感じがする。今ならその辺のゴロツキを喜んでバラバラにしてやれそうだな」

そりゃあ、ゴロツキさんに同情してしまいそうだ。
結局、昨日と合わせてどのくらいしたのか数えるのもバカバカしくなって諦めた。
避妊薬もちゃっかり持ってきていて、キャプテンに目覚めた後に飲まされたのだが、手錠といい、避妊薬といい…その気満々だったのか。まあ、お仕置きをすると言っていたから手錠はそうだとしても、避妊薬まで船から持参するとは。まさか常に持ち歩いてるわけないよね?

「キャプテンって準備いいですよね。手錠も、避妊薬も」
「宿とるっつった時はそういうつもりでお前も来いよ」
「そういうことだったんですか?」
「そのくらい分かれよ…今度から今夜はセックスするから宿取るぞって言った方がいいか」
「いえ!もう今度からは察します!」

キャプテンはいつも普通にその単語を出すけど、こちらとしては直球過ぎて恥ずかしい。
ていうか医療者なのだから性交だとか…ちょっと濁らせてもいいのに。あれ、でも同じか。

避妊薬も持参か…もしかして薬を常に持ち歩いてるのかな。
キャプテンの凶悪な顔でこの粉薬を持ち歩いてると考えると、どう見ても怪しい薬にしか思えない。
そんなことを思いながら歩いていると、キャプテンが私の頬に触れて、思いっきり抓られた。

「いででで」
「てめェ、なんか失礼なこと考えてんだろ」
「なんで分かるんですか?!いででででー!頬が伸びちゃいます!」
「…餅みてェ」

顔に出てんだよ、と言いながらやっと離してくれた頬を自分の手で撫でた。
前々からよく顔に出てるって言うけど、そんなこと分かるのはキャプテンぐらいだ。



そういえば、新しい仲間も増えたんだった。
結局、カイ君、イッカク、コックのカジキさんが新しいハートのクルーになったのだが、もう一人の仲間候補を思い出した。

あの看護師は一体どうしたのだろう。
どちらにしろ、残りの4日間は何のトラブルもなく出航出来ますように。

そう心の底から願いながら歩いていくと、自分の家である黄色い潜水艦が見えてきて、なんだか嬉しくなった。
私が嬉しそうに笑っているとキャプテンが頭をポンポンと軽く叩いてきた。

「何がそんな嬉しいんだか」
「ふふふ。自分の家が見えてくると嬉しいものなんですよ」
「家か…」
「そうです。私たちハートの家です。帰るべきところですよ、キャプテン」

帽子で目元を隠しているキャプテンの顔を覗きこんで、にっこりと笑った。
海風が私の髪を揺らすとそれを押さえるようにキャプテンの手が頭を撫でて、髪の毛を耳にかけてくれた。

「あー…抱きしめてェ」
「だ、だめですよ!」
「キスは?」
「もっとダメですよ!!」

慌ててブンブンと顔を横に振って、私たちはまた歩き出した。
キャプテンはいつも急だ。なぜいきなり抱きしめたくなったんだ。いや、私だって常にキャプテンに抱きついてたいさ、でもこんな外でしかも道のど真ん中で堂々と出来るほど私は解放的な人間ではない。

それにしても以外だな。シャチとかイルカとか、ペンギンさんまでもキャプテンはベタベタされんの好きじゃないとかだいぶ前に聞いてたけど、私には意外にも密着するのが好きな気がする。
…なんか自惚れてしまいそうだ…。

でも、みんなに見せないで実は今までの女の人にもこういうことを言ってたのかもしれない。あり得る。こんなイケメンで強くて強引な人だ。女を落とすためにするやり口なのかもしれない。なんつー悪い男だ!

「また頬を抓られてェのか」
「い、いえ!」

すぐに自分の頬を両手で隠した。
危ない危ない。しかし、相変わらずツンデレ具合が半端ないな。


船の前まで来ると肩を抱き寄せられ、視界が瞬時に変わり甲板に降り立った。

「おかえりなさい」
「ああ」
「ナマエ大丈夫か?」
「う、は、はい…」
「二日酔いなんだろ?無理せず今日は寝てろよ?キャプテンのペースに合わせて飲んでたらそりゃついていけるわけないって」
「へ?」

ペンギンさんの言った言葉にすぐ気が付いた。
キャプテンにからかわれた!くっそー!
私がキャプテンを睨むと、キャプテンが少し屈んで耳元で囁いた。

「おれは何も言ってねェ、だろ?」
「ぐう…騙された…」

ペンギンさんが首を傾げたので私は慌てて頭を下げて、船に戻っていった。










夕飯を食堂で新しいコックのカジキさんの手料理を食べて。すごく美味しかった。クジラさんの食事も途轍もなく美味しいけど、カジキさんのご飯もすごく美味しい。

シャワーを浴びた後に医務室のデスクに座って、薬草学の本を開いた。
鎮痛剤についてだ。

オペ後で安定しているとはいえ、今日見てたらカイ君はまだ時々痛そうに腕を押さえてる時がある。
みんなには隠しているし、本人もバレてないと思ってるだろうけど私は人の表情の変化に敏感で、すぐに分かった。
副作用も少なくて、すぐに飲めるような屯用で使える薬剤。
しかも、長期服用できるような…

「まだ起きてんのか」

キャプテンの声に顔を上げて時間を見れば、どうやら集中しすぎていたようだ。
すでに日付を跨いでいる。

「すいません、もうそろそろ寝ますね」
「…鎮痛剤?」
「あ、そうなんです…」

私の後ろから覗き込んできたキャプテンを見上げた。

「カイ君が時々痛そうに腕を押さえてるんです」
「…へェ…まあ、オペ後でまだ時間も経ってねェからな」
「屯用で、副作用もなくて、咄嗟に飲めるような頓服薬ないかなって調べてたんです」

キャプテンは私の頭の上に片腕を乗せてその上に顎を置いて、ページをめくり始めた。

「そうだな…オペ後の屯用だとよくこの鎮痛薬を使うことが多い」
「うーん…長期服用するのは難しいですよね?」
「確かにこれは長期服用すれば胃が荒れるな」
「ですよねぇ…それだとこっちですかね?」
「いや。これじゃ、あいつの状態からだと鎮痛としては効果が弱すぎる」
「ふーむ…」

今度は私がページを捲ろうとするとキャプテンがあるページで手を当てた。

「これはどうだ?」
「…鎮痛も充分…副作用は他の薬で抑えられる…長期服用も…これですね!!さすがキャプテン!!もー大好きです!!」

椅子から立ち上がるとキャプテンに抱きついて、両頬を包み込み背伸びしてキスをする。
すぐに本を胸に抱えて必要な薬草を見に薬品棚の前に立った。

ふわりとキャプテンの香りに包まれて、後ろから抱きしめてくるキャプテンを咎めた。

「これから調合するんです」
「おれも手伝ってやろうか?」
「キャプテンはもう寝てください」
「いや、明日はお前も一緒にやってもらいたい仕事がある」
「仕事?」

私は薬草瓶を手に取りながら首を傾げた。
その瓶をキャプテンが受け取りながら、他の薬草瓶も手に取っていく。

「おれと一緒に諜報活動をしてもらう」
「諜報…」
「だからさっさと終わらせるぞ」
「アイアイ!」

調合はキャプテンのおかげでスムーズに行えた。
これで後は明日、カイ君に渡すだけだ。

「ありがとうございます。では、朝にキャプテンの部屋に伺いますね」
「は?」
「…へ?」
「…お前大部屋で寝る気かよ」
「もちろんです」

呆れる様な溜息が聞こえてきた後、調合の時にテーブルに置いた帽子をキャプテンが私にかぶらせてきて、屈んだと思えば私の膝裏と肩に腕を回して抱き上げた。
床から足が離れて、慌てて目の前にある首の後ろに両手を巻きつけて落ちないように掴まった。

「ななな、何をするんですか!」
「もう説明すんのもめんどくせェ」
「なんと!最近デレの部分が多かったのにまさかの今ツンきました?!」
「うるせェよ」

歩きながらパッと両手を離したキャプテンに慌てて足をキャプテンの腰に巻きつけた。

「…」
「ふう。落ちるところだった」
「…」

私のお尻をぐっと両手で掴むと、キャプテンは口角を上げた。

「この体勢になると突っ込みたくなるな」
「なりません!」

キャプテンは低い声で楽しそうに笑うと、そのまま船長室に私を連れて行った。
ベッドに降ろされると私の横に勢いよく倒れ込んだ。
眠そうに欠伸を噛みしめて私を抱き寄せると、落ちた帽子をベッドサイドに置いた。

「そういえばペンギンさんに二日酔いって言ってくれたんですね。騙されました」
「騙してねェよ。お前が勝手に思い込んだだけだろ」
「…キャプテン、そういう悪いとこありますよね」
「そりゃ悪ィな、こういう性格だ」

向き合いながらぐっと腰を引き寄せられて、私の頭の下にキャプテンの腕が回された。
この腕枕はいつもしてくれるけど、腕痺れないのかな。

「朝になって腕痺れることないんですか」
「あ?ねェよ。腕の神経の位置はてめェも分かってんだろ」
「ま、まあそうですけど。今更ですけど重くないですか?」
「いや」

ならありがたく枕にさせていただこう。

「寝ろ」
「は、はい…おやすみなさい」

そういえば諜報活動って何だろう。
しかもなぜここで寝かせるんだろ。あれか。抱き枕替わりか?
もう自分の部屋があるんだから一緒に寝る必要も…
そうは考えても、キャプテンの温もりが私の瞼も重くしていった。

沈んでいく意識を抵抗せずに、私は眠りについた。







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