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背中を押して部屋に入れられて、ベッドへ座らされた。
そして目の前に立って、私の着ているキャプテンのパーカーをめくって、手錠を確認される。

「すげェじゃねェか。海楼石でここまでしっかり歩けんだから」
「あ、ありがとうございます」
「毎日、体力づくりしてたもんな、たまに夜も」
「夜は筋トレしてませんよ?」
「激しい運動してんじゃねェか。それこそ全身を使うような」
「…」

キャプテンの言っていることが分かってしまった。
私が呆れた顔をしたら、頬をつねられた。

「いひゃいです」
「…それより、何回おれに心配かけりゃ気がすむんだよ。もう心配かけんな」
「しゅいましぇん」

頬から手を離されて、隣に腰かけたキャプテンは長い足をゆったりと組んで私の方を見た。

「お前、随分とあのガキがお気に入りだな」
「気になるんですよね、なんか分かんないんですけど」
「…堂々と浮気宣言か?」
「ち、違いますよ!弟みたいな感覚でですよ!きっと!しかも、私が男性と意識するのはキャプテンだけですもん。どれだけ私がキャプテンを好きか」

ムッとした顔でキャプテンに言ったが、キャプテンは少し驚いた顔をして、すぐに片手で口元を隠しながら小さく笑った。

「可愛い奴」
「…て、照れますよぉ」
「新しい返答だな」

頭を軽く小突かれて、口角を上げてるキャプテンは誰よりもカッコいい。こんな惚れ込んでいるのをこの人は本当に分かっているのだろうか。
しかし、全然話しは違うがキャプテンの服は基本大きいけど、ズボンに関しては若干お尻も太腿もキツい。

「屈辱的…」
「は?」
「ズボンですよ。キャプテンのズボン。何でそんな小尻で細いんですか。スタイル良すぎです」
「好きでこの体型になってるわけじゃねェよ」
「うーん、嫌味にしか聞こえない」
「不満なら脱がしてやろうか」
「すいませんでした。ズボンありがとうございます。最高の履き心地です」

危ない危ない。私は今、腕を拘束されたままだった。
ずらっとお尻をずらしてキャプテンと距離を離そうとしたら腰を引かれて元の位置に戻された。それでも私は再びお尻をずらし、腰を引かれて元に戻され今度は固定された。いつも思うが、キャプテンはなかなか強引だ。

「あんまりおれのもんに傷つけるな」
「?私、何かキャプテンのものにしました?」
「お前はおれのもんだろ。この体に傷つけんなってことだ」
「あー、なるほど。ふふふ」
「何だよ」
「最近のキャプテンはツンデレ具合が半端ないなって思いまして」
「うるせェな」

後頭部を掴まれて私の体は簡単にキャプテンの方へと倒れた。
ポスッとキャプテンの胸板に顔をついて、いつもだったらキャプテンの背中に両手を回しているのに。私のもどかしく動かした手が、鎖の音を切なげに小さく鳴らした。
早く抱きしめたい。抱きしめられるだけでなく、ちゃんと私もこの背中に両手を回して力一杯抱きしめたい。
そう思いながら今は静かに、キャプテンに抱きしめられながら目を閉じた。








小さなノックが聞こえてきて、目を開けた。
いつの間にかキャプテンに膝枕をしてもらっていたようだ。なんて贅沢な。
これが来訪者を知らせるノックがなければ最高のシュチュエーションで、このままで居ただろうが、そうもいかない。
片手で本を読んでいたキャプテンは本を閉じると、ベッドに置いて私の頭に手を置いた。

「入れ」
「失礼します」

ドアが開く前に勢いよく起き上がり、私はすぐにキャプテンから離れてベッドから遠ざかった。
キャプテンはくくっと笑った後に、入ってきた2人を見てソファを指差した。

「座れ」

ペンギンさんに連れられてカイ君がソファに座るとキャプテンも向かいのソファに座り、カイ君を見た。
カイ君は戸惑うように視線を泳がせてから、私を見て悲しそうな顔をした。

「貴方の仲間を巻き込んですいませんでした」
「あ?あそこに突っ立ってる馬鹿のことか?くく、別に気にしちゃいねェよ。そもそもあの馬鹿が勝手に首突っ込んだんだろ」

そうですけど、そうですけども!
馬鹿馬鹿言い過ぎじゃないか?!馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ!
そんな事を思ってキャプテンを睨んだら、私よりも遥かに鋭く恐ろしい睨みが返ってきてすぐに目を反らせた。まるで蛇に睨まれた蛙だ。
私は誤魔化すようにへらっと笑ってカイ君と目を合わせたら、視線を逸らされた。みんな私の扱い酷すぎないか。

「組織はだいたい20人くらいで、末端のやつらはそうでも無いんですが、幹部の男1人とリーダーは強いです」
「能力者はいるか?」
「いえ、能力者は居ません。乗り込むならおれも連れてってください、戦います」

ギュッと握りこぶしをつくったカイ君が真っ直ぐにキャプテンを見ている。足はオペしたばかりだし、きっと痛みだってあるのに、カイ君は決意を瞳に灯しているようだ。
私はその様子を緊張した面持ちで眺めて、キャプテンの言葉を待った。

「…なら、幹部の男はお前が倒せ。そうすればお前を1週間と待たず、その時から仲間に加えてやる」
「あいつを…」
「そのくらいの戦闘力がなきゃ、この先の海には連れていけねェ」

確かに、シャボンディ諸島まで行けばその先は新世界。
新世界に入れば、今まで通りとはいかずもっと強い海軍や海賊が待っている。
特に、小柄な方で年齢も若いカイ君が来るとなれば戦闘時に標的になることが多いだろう。キャプテンの額も増えたことだし、狙われることも多い。

ああ…私も強くなるって言ったばかりなのに。

腕を拘束している手錠が重くなった気がした。
脱獄はしてきたが、こんなんではこの先やっていけない。
キャプテンの足を引っ張るだけではないのか。

ぐちゃぐちゃになっている思考の中、ハッと顔を上げると、いつの間にかキャプテンが私を見ていた。
私と目が合うと、何も言わずに再びカイ君に目線を戻したが、私は…キャプテンのその言葉が、私に対しても言っているように思えた。

「やります」
「なら、お前はおれと行動するぞ。頭はおれが潰す。ペンギン、早朝に乗り込む。この船にナマエとベポも合わせて5人残せ」
「アイアイキャプテン」
「ガキは大部屋で寝かせてやれ」

そう言うとペンギンがカイ君を連れて立ち去ろうとして、立ち上がるとカイ君は私の方に近寄ってきた。

「あんたの変わりにぶん殴ってくるから、あんたはちゃんとここで待ってろよ」
「うん…」
「あんたのおかげであそこを出られたんだ、感謝してる。それに…あんたのそのお人よしなとこにおれは救われたんだ。弱い奴とかどんくさい奴とか思ってた、ごめん。訂正する、あんたは強いよ。怪我してても壁は突き破るし、おれを担いで走り回るし…とにかく、ありがとう」

そう言うと、私の肩をぽんっと軽く叩いてペンギンさんと一緒に部屋を出て行った。
強いなんて初めて言われた。嬉しいけど、強いというのが自覚できない。現に私の腕にはまだ忌々しい手錠がかけられたままで、乗り込むときには船の上でお留守番だ。

ギシッとソファが軋んで、キャプテンは立ち上がると何も言わずに浴室へ入っていった。
私は部屋を出ようと思ったが、手錠のせいでドアが開けられない。
お父さんにかけられたときには鎖が50センチほどあったからそこまで不自由には感じられない長さだったのに、この手錠の鎖はほぼないようなものだ。

とりあえずソファに座り、どうしようか考えた。
しばらく考えていたが、途端に思いついた。
ドアに背中を向けてドアノブを回してみればいいのか。そんな簡単なことも思いつかないなんて、どうやら私はだいぶ疲れているらしい。これも全ては海楼石のせいだ。心なしか怠くて眠い。

ドアに背中を向けて、見えない中でも手さぐりでガチャガチャと弄っていたらシャワーを浴びたキャプテンが出てきた。

「あ…」
「ここも脱出するつもりか」
「いえ、そうじゃなくて、もう休もうかと思いまして」
「どこで」
「自分の部屋ですよ」
「その手でハンモックに上がれるのか?」

言われて気が付いたけど、間違いなく無理だ。
顔面から床に落ちるに決まっている。
そうなると医務室のベッドで寝るしかない。

「医務室へ行こうと思います」
「…ここから出すつもりはねェよ。さっさとベッドに横になれ、疲れてんだろ」
「いえ、そんな、わわ」

断ろうとしたら一気に距離を詰められてキャプテンの肩に担がれるとベッドに降ろされた。

「おれも寝る」

抱きしめられて布団をかけられると、後ろ髪を梳くように撫でられた。

「明日は早いからな。んな体を固めなくても、体力温存するためにヤらねェよ」
「や、その、そういうわけじゃ…私、医務室のが…」
「お望みとあれば一発ぐらいヤるか?」
「すいません。おやすみなさい」

くくっと笑ったキャプテンは電気を消して、本当に眠るようだった。
私もその温もりに抗うことなく意識を落とした。









早朝に仲間を引き連れて去って行ってしまったキャプテンの背中を眺めて、改めて大きいなと思った。
仲間を背負って、堂々と歩みを進めていく姿は勇ましくて、頼りになる背中。
この船の船長で、船医で、私の恋人…。

「…中で待ってればいいのに」
「ううん。ありがとうベポ。私はここでみんなが帰ってくるのを待ちたい」

ベポが隣に座り込んで、私もその横に腰を降ろした。
仲間が欠けることなく帰ってきますように。大きな怪我をしていませんように。

心の中で強くそう祈ると、ベポと船の見張り番の仲間と共に、キャプテンや仲間が帰るのを待ち続けた。







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