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みんなが帰ってきたのは日が沈んだ頃だった。
ベポの声で顔を上げると、怪我人は居るようだったけど全員笑顔だし、なぜか宝箱を担いでる仲間の姿も見えた。
まさか宝も強奪してくるとは思わなかったけど、先頭にキャプテンとシャチの肩を借りながら歩くカイ君の姿も見えた。とりあえず、仲間は欠けることなく戻ってきてくれたのだ。私は嬉しくなって手すりから身を乗り出して「おかえりー!」と声を上げた。

慌ててベポが私の体を甲板に引き戻して、能力で一番最初に戻ってきたキャプテンにお尻を蹴り飛ばされた。

「危ねェだろ、この馬鹿」
「キャプテンおかえりなさい!怪我人は?!」
「いいからさっさと背中向けろ、鍵外すからお前も治療手伝え」
「アイアイ!」

やっと解放された。すぐに袖に腕を通し、腕を振り回して、まずはキャプテンの方を向いて詰め寄った。ところどころ出血してるのが見えるし、頭からも血が流れている跡がある。

「キャプテンの怪我を一番に治します。治療者が怪我人だと困りますので…能力使ってもいいですか?」
「わかった」

ベポが怪我人を引き上げてる間にキャプテンが“ROOM”を出すと、すぐにキャプテンに手をかざして“ケア”と能力を発動させた。
淡い緑色の光がキャプテンを包み込むと、キャプテンのあちこちに出来た傷が全て消えていった。

「おれが診察をした奴から能力を使え。深い傷の奴はすぐオペに入るからお前もすぐに補助に入れ」
「アイアイ!キャプテン!!」

キャプテンに言われた通り、傷が浅い人からどんどん能力で傷を塞いでいった。キャプテンと共同で流れ作業で治療に取り掛かった。

重傷者は、カイ君1人だけだ。左前腕を開放骨折している。他は皆、内出血や内臓まで到達していない傷で私の能力で塞いだ。

「オペするぞ」
「はい。カイ君、麻酔かけるね」

血圧を測り、すぐに酸素マスクを取り付けて全身麻酔をかける。カイ君の意識がなくなったところでキャプテンにメスを渡した。
傷を洗い流しながら、ふと、骨の修復に私の能力はどうなのだろうかと思った。

「キャプテン、骨の修復に能力を」「やめろ」

即答されて睨みつけられた。

「おれがてめェの骨を折ってやろうか」
「う、す、すいません」

キャプテンの指示通りに消毒液を渡したり、ガーゼで患部周辺の出血を拭き取ったりと動き回る。
キャプテンの指示は本当に的確で、骨をプレートで固定し、メスの扱いも手早い。

「血圧下がってます」
「血を流しすぎたな、血液型をすぐに調べろ」
「はい」

言われた通り、血液サンプルをすぐに確認し、輸血を開始した。
その後も指示通りに動き、改めてキャプテンが優秀な外科医というのを実感した。想像以上にすごい。どうしたら手元でオペしながら私に的確な指示を与えられるのか。キャプテンの頭の回転の速さには最早驚くことしか出来ない。

皮膚の縫合を終えると、ペンギンさんがオペ室へ入ってきて驚いた顔をした。

「あれ、もう終わりました?」
「ああ」
「早っ…やっぱりナマエが居るとオペ時間もかなり短縮ですね」
「確かに悪くない動きだった」

そう言われると嬉しくて口元が思わずにやけてしまった。

「や、でも、キャプテンの指示通り動いただけなので、キャプテンが優秀すぎるんですよ」
「いやいや、おれやシャチやイルカがキャプテンのオペに一緒に入るとオペ室からキャプテンの怒鳴り声が常に聞こえてたけど、お前怒鳴られてないだろ」
「あー、まあ怒鳴られたりはされてませんけど…」

血のついた手を洗い流したキャプテンが、能力を解除して椅子に座った。

「ペンギン。こいつが目覚めたらつなぎを渡してやれ。こいつはもうハートのクルーだ。他のクルーに紹介するのは明日にする。おれは部屋で休むから何かあれば呼べ」
「はい」
「私もカイ君の術後の経過をチェックするので、何かあれば報告行きますね」
「分かった」

息だけで笑ったキャプテンがオペ室を出て行くと、ペンギンさんと後片付けをしながら、私はカイ君の顔を見た。

「戦闘は大変でした?」
「いや、そんな強い相手でもなかった。けど、頭と幹部の大男だけはなかなか強く、キャプテンでも苦戦してたな」

確かにキャプテンはボロボロになってたし、疲れも酷いようだった。能力を酷使したのか体力も削られただろうに、その後のこのオペだ。きっと今頃はぐったりとベッドに横になってるだろう。

「ペンギンさんも休んでください。カイ君は私が看ますから」
「頼んだ。何かあったら呼んでくれ」
「はい」

ペンギンさんが部屋を出ると、私はカイ君のあちこちに付いた血液を温かいタオルで拭いていった。
こうしてみると痣もあちこちにあるし、カイ君の体は厳しい戦闘を物語っているようだ。そう思うとやっぱり思うのは私の戦闘力の無さだ。悪魔の実の能力者でも、戦闘となると実用的なものは少ない。刀の扱いだってまだまだだ。

能力も刀も鍛えられるのは、やっぱり相手はキャプテンが一番だし、怖いけど、鍛えてもらおうかと思った。
カイ君のバイタルをチェックして、新しく持ってきたファイルにカイ君の名前を書いて、カルテの準備完了だ。
先程のオペの記録も残し、メジャーで身長も測っておいた。
ついでに血液検査用に取っておいた血液を調べて、あっという間にカルテは埋まっていった。これで、この子もハートのクルー。
明日はつなぎを渡してもらえるようだし、この子は私の後輩となるのか。歓迎の宴するのかな?ちょっと楽しみだな。
ふふっと笑い、私は近くに椅子を持ってきて医学書を開いた。





「いっ…あれ、おれ…」
「あ、カイ君目が覚めた?」

本から顔を上げて時間を確認するといつの間にか朝だ。
まだ早朝ではあるが、日の出は見えている。

私は本を置いて、カイ君に声をかけながら点滴を確認して血圧を測る。

「痛みはどう?」
「腕がめちゃくちゃ痛い」
「だよね。痛み止めの注射するね。筋肉注射だからちょっと痛いかも」
「骨折られるよりかは痛くないだろ」
「それもそっかあ」

針を刺してもカイ君は少しだけ顔を歪めるだけで、すぐに笑いかけてきた。

「ほんとにナースみたいだな」
「失礼な、ちゃんとしたナースです」

2人して笑い合うと、カイ君は私をじっと見つめてきた。
そんなに見られると私も緊張する。
カイ君の視線に耐えきれず、目を逸らすと笑われた。

「ナマエ、これから仲間としてよろしくな」
「ふふふ、後輩なんだから先輩を敬ってよね」

私が得意げに胸を張ると、オペ室のドアが開いて大きな欠伸をしたシャチが入ってきた。

「ん?あれ?2人は仲良し?」
「あ、シャチ!カイ君、シャチだよ。何かあればこの人に相談すれば助けになってくれるよ。ちょっと頼りないけどね」
「おいおい!一番頼れ…2番目に頼れるぞ!」
「キャプテンが1番ね」

シャチはカイ君に白い、新しいつなぎを渡した。

「ペンギンから聞いた。つなぎ届けに来たんだよ」
「!おれ!もう着ていい?!」
「ふふふ、じゃあ点滴も外すね」

針を抜いた瞬間起き上がり、興奮した姿で私の目の前でズボンを脱ぎ始めた。

「ちょっ、私居るのに!」
「男のパンツ姿なんて見慣れてるだろ!」
「そーそー、キャプぐはっ!!」

シャチが無駄なことを言う前にお腹に蹴りを入れて黙らせて、つなぎに身を纏った嬉しそうなカイ君に手を差し出した。

「改めてよろしくね!」
「はは、どうしよう!おれめっちゃ嬉しい!」

可愛いなあ。
口元が緩んで、その光景を見ながら3人で食堂へ向かった。食堂では、私の時のような歓喜の声が上がらず静かなテンションでよろしくと口々に言っていくだけだった。

「何でだ?」
「本来はこんなもんだ。お前の時は初の女クルーだったし、ナースだし」
「…」
「そんな事よりキャプテン起こしてきてくれないか?」
「…分かりました。カイ君行こう」

未だに緊張しているカイ君は食堂を出ると盛大に溜め息をついた。

「めちゃくちゃ緊張した…」
「みんなもっとフレンドリーなんだけどね…」
「いや、充分!海賊の中では優しい方だよ、全員がおれの目を見てくれたもん」

なんて健気な子だよっ!私は抱きしめたくなるのをぐっと我慢し、私もつなぎに着替えてから船長室へ向かった。
船長室のドアの前で再び緊張した顔になったカイ君に苦笑し、ノックをした。

もちろん、眠っているだろうキャプテンは返答がなく小さく失礼しますと言って中に入った。
私の後ろにカイ君が来て、私はキャプテンの体を少し揺すった。

「キャプテン、起きて下さい」
「…あ?…ナマエか…」
「そうでうわ!!」

腕を強く引かれ、布団の中に引き込まれると腰あたりを何かを探すかのように動き回る。

「ちょ、キャプテン、やめ」
「お前なんでもうつなぎに着替えてんだよ」
「あ、すいません。いや、そうじゃなくて!カイ君も来てますからね!」

ジッパーを下ろそうとしているキャプテンの手を掴みながらそう言うと、手が離れてすぐに私はベッドから降りた。

「おはようございます、キャプテン」
「ああ」

カイ君がキャプテンに挨拶をして、起き上がったキャプテンが私を見て、カイ君を見た。

「腕見せろ」
「あ、はい!」

つなぎの袖を捲り上げて、昨日オペした部分を差し出すと私は包帯とガーゼを取り除き、キャプテンがその部分を診察する。縫った部分を見て、“ROOM”を出した。

「“スキャン”」
「?!!」
「大丈夫そうだな。また骨がくっついたら固定してるプレートを取るからな」
「?またオペするんですか?」
「普通はそうなるが…おれの場合は能力があるから能力で除去する」

今の能力も初めて見たが、他にもあったとは知らなかった。

「今の能力は何ですか?」
「まあ、病院でいうとレントゲンみたいなもんだ」
「すご!どうりでこの船の設備にレントゲンがないと思ったらそういうことだったんですね!」
「くく、んな興奮することかよ」
「もうキャプテンは歩く病院みたいなもんですよね」
「上手くねェ例えだな」
「ええっ、すごいいい例えだと思ったんですけど」

キャプテンと笑い合いながら、包帯を巻きなおしてカイ君にも笑いかけた。

「優秀な先生が居るから大丈夫だよ、カイ君」
「あ、うん…よろしくお願いします、キャプテン」
「ああ」

シャワーを浴びると言ったキャプテンに声をかけ、私は医務室で仕事があるからシャチに船内を案内してもらうよう伝えた。
どちらにしろ、もっとクルーと関わらないと距離も縮まらないし、私がずっと世話していても部屋も別だし、仕事内容も別なのだ。
寂しいだろうけど困ったら医務室に来てねとだけ言うと、カイ君は少し拗ねた顔で「子供扱いすんな、チビ」と言われてしまった。年頃の子は複雑だな。

医務室に入り、カルテ庫に入った。
カイ君のカルテに今の診察状況と朝のバイタルの値を記入と、昨日能力を使って治療していった船員たちのカルテにもそのことを記入しておこうと、気合を入れるためにつなぎの袖を脱いで腰に巻きつけた。

夜はきっと宴になるだろうから、昼までに終わらせて夜まで仮眠しよう。
そう意気込んで作業に取り掛かった。






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