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目を覚ませば船内にナマエの姿が見えなかった。
ベポも居ないことから一緒に出たのは分かったが、どこ行きやがった。
苛々しながら船番をしているクルーに声をかけると、3時間ほど前に2人で街に降りて行ったと聞いた。今更追いかけたところで、どうせ帰ってくるだろうと思ったおれは、甲板で本を読んで待とうと、船内に入る直前に見張りのクルーの慌ただしい声に足を止めた。

クルーたちに囲まれて、汚れて傷だらけのベポが見えた時にふと、以前の山賊でのことが過って嫌な予感がした。

「ナマエがギャングに捕まった!」
「っ!あの馬鹿ナース!!」

案の定、トラブル起こしやがった。
すぐに仲間に連絡を取り、ギャングの情報を集めさせた。
ベポの怪我の治療をしながら、おれは冷静になるよう何度も深呼吸を繰り返しながら詳細を確認する。
あいつが何かされているかもしれない。もしかしたら…殺されてるかもしれない。
そんな考えが頭を過っては、体中の血液が沸騰するんじゃないかと思うぐらい熱く、感情的になりそうだった。

「たぶんナマエは殺されないよ!狙いはキャプテンだと思う!」
「おれの首か」

確かに、おれを駆り出すのには人質が一番だろうし、人質として捕まったとしたらおれが向こうに行くまでは命までは取らないだろう。

「何でギャングとやりあうことになったんだよ」
「それが、仲間候補の中のカイ君って子、覚えてる?」
「あいつが気にしてたガキか」
「そう。あの子がそのギャングに所属してて、足抜けを言ったみたいで。連れて行かれるところをナマエが助け出そうとして」
「はぁ…事情は分かった。何でおれに声かけていかなかった」
「ナマエが起こしちゃ悪いからって」

こうなるんだったら寝室分けるんじゃなかったな。
無理やりにでもおれの部屋に一緒に居させるべきだった。
次から陸に着いたら絶対におれの部屋で、無理やりにでも寝かしてやる。

ベポの治療も終わり、船に仲間が集まって情報整理を行った。

「相手は小規模なギャンググループですね。カイの奴はそのグループのスリを担当していたらしい。かなりの腕だと聞いた」
「ちなみに二人は掴まってるけど、生きてはいるらしいです」
「元は刑務所だった廃墟がアジトだそうです」

仲間たちの報告を聞いて、シャチが武器を握りしめた。

「キャプテン、さっさと助けに行きましょうよ」
「…いや。今のまま突っ込んでもアイツを殺されちゃ元も子もねェ。一応あんなんでも5000万の額が首にかかってんだ。殺して海軍に差し出しても金はもらえる」
「じゃあどうするんすか?!こうしてる間にもアイツに何かされてたらっ!」
「シャチ、落ち着けよ」

ペンギンがシャチを宥める様に体を押さえた。
おれだって今すぐ乗り込んでバラバラにしてやりてェよ。でも、人質が人質なだけに慎重にやらねェと下手したら全員がつぶされる。相手の情報も少なく、人数だって分が悪い。

「キャプテーン!!」

イルカが両手に抱えながら必死に走っている。
確かあいつにはアジト周辺の偵察を頼んでいたはず。

そう思い、甲板から見下ろし、その抱えている人物の姿を確認するとすぐに能力を使って船に乗せた。

「ね、脱獄成功したでしょ?カイ君」
「ほんと、すげェ女…」
「おおおおお!!脱獄かよ!やるなあ!!」

ナマエの姿を確認できたおれはかなり安堵したのが分かった。

んとに心臓にわりぃ…。

ところどころから血が滲み出ているし、手錠もしたままの姿で、それでも仲間たちに「脱獄犯でーす」とか、暢気に笑ってる。

「すぐ治療する。イルカとシャチでその馬鹿な怪我人どもを連れて来い。ペンギン、敵の偵察と情報収集、それと甲板に見張りを立てる采配しとけ」
「アイアイ」






ガキを廊下でシャチとイルカに見張らせて、全身を確認するために医務室にコイツだけを連れてきた。
診察台に寝かせたが手錠をしているため、つなぎをハサミで切りながら脱がせると、その姿におれは顔を顰めた。
体中の至る所に内出血があり、相当殴られたのが分かる。内臓の損傷はなさそうだが、背中や鎖骨あたり、腹部や太腿、数えるのも嫌になるぐらい傷だらけだ。
頬にも切り傷はあるし、右上腕には出血もまだ出ている深めの裂傷。

「この馬鹿がっ」
「いだだだだ!キャプテン、消毒は優しくするものですっ!」
「おれの仕事を増やしやがって。こういう時の助手だろ馬鹿ナース」

右の上腕を消毒液を吸わせた綿球でグリグリと押し付け、流れ出る血液に盛大にため息をついた。

「ダメだ、深すぎる。縫うぞ」
「ま、麻酔…」
「せいぜい、歯を食いしばるんだな」

こんなに傷だらけの体になりやがって。
誰のもんだと思ってんだ。

そう憤りを感じながらふと、ナマエが唇を噛んでいるところに気が付き、布を口に突っ込んでやった。

「そうやって布を口に入れて声を耐えてると、船でのセックスを思い出すな」
「むー!」
「ほら、動くなよ。縫うからな」

手早く針と糸でその傷を塞いでいく。これで出血はなんとかなりそうだが、内出血は吸収されるのを待つしかない。
最後は糸を切ってガーゼを当てると、その上から包帯を巻いていく。

「これは何の傷だよ」
「脱獄するときに釘に引っかけました。右肩の内出血は壁をぶち破るのに体当たりをしたので」
「は?体当たりでぶち破った?」
「海楼石の手錠されてましたし、カイ君は負傷してますし、完全にあっちの油断が招いたものですね。まあ、助けを待つより脱獄のが海賊っぽいと思いまして」

おれは噴出して笑い出した。
海賊っぽいって、こいつ何でこんな面白い女に…おれや仲間に影響受けすぎだろ。本当に飽きねェ。
可愛いというか愛おしいというかなんというか、形容しがたい感情に襲われて今すぐにでもこの小さな体を抱きしめたくなった。

激情を理性で押し込めるように、可愛すぎる目の前の女の額に触れるだけのキスをした。
とにかくいくら医者でも、傷だらけの体とはいえ、好きな女の裸体を目の前にされると欲情してしまいそうになる。落ち着かせるように息を一つ吐いて、ナマエの体を起こして診察台の上に座らせた。
つなぎを着せることは出来ないからとりあえず能力で取り寄せたおれのパーカーを被らせる。

「ちょ、これじゃ手出せないじゃないですか」
「お前はもう待機組に決まってんだろ。ほら、ズボン穿かせてやるから足上げろ」
「あ、すいません」

おれの服を着せ、ベルトを締めてやると裾を捲り上げていく。

「足短けェな」
「もう何でキャプテンの服なんですかぁ…シャチとかイルカのズボンのが絶対長さ的にいいじゃないですかぁ」
「他の男の服を着せられるかよ」

裾を折り曲げ終わって顔を上げると、顔を真っ赤にして口を堅く結んでいるナマエの顔が見えた。

「…んな顔すんな。抱きしめたくなる」
「だ、だってキャプテンがツンデレのデレを発動させるんですもん」

ナマエが診察台を下りると、シャチを呼んで今度はガキを診察台に寝かせた。
まずはガキの手錠を取り除くか。

おれはペンギンに鬼哭を持ってこさせ、“ROOM”を発動させるとガキの腕を切り落とした。

「あ、あ…お、おれの腕…」

ショックを受けているガキを無視し、手錠から腕を抜くと再びその腕をくっつけてやる。

「ほら、これでお前は自由だ」
「ど、どういうことですか」
「キャプテンの能力!ちなみにナマエにこれが出来ないのはナマエの悪魔の実の所為でキャプテンの能力が無効化されちゃうんだよ」

上半身はところどころ殴られたような内出血があるが、目立つ外傷はない。
内臓も大丈夫そうだ。
問題はこの両足の杭だな。

「…オペするしかねェな」
「手術…」
「イルカ、シャチ、オペ室の準備をしろ」






麻酔をかけてガキを眠らせた後にイルカとシャチに指示をしながら杭を抜いて断裂した神経や筋肉を縫い合わせていく。
いまだに両手を手錠で繋がれているナマエが処置を覗き込みながら、悔しそうに顔を歪めていた。

「…出てろよ」
「悔しいんです…看護師なのに何も出来なくて」
「なら次から捕まるんじゃねェ」

すいませんと、呟いて影を落とすナマエにため息をついた。
だが、フォローする気もない。少しは反省して、おれに心配かけんな。

「キャプテン、ナマエだって捕まりたくて捕まったんじゃないし」

シャチの野郎がフォローしやがった。しかも、その言葉にぱっと嬉しそうに顔を上げてるナマエにキレそうになる。

「おれの心労によるストレスはシャチ、お前が発散させてくれんだな」
「ナマエ!二度と捕まるんじゃねェ!!」
「えええ!シャチの心変わりはやっ!」
「でも、本当にナマエはキャプテンに心配かけすぎだぞ。お前の存在はハートにとってもキャプテンにとってもデカいんだからな」
「はい…」

イルカのフォローによってナマエは返事をした後に黙っておれの手技に集中しだした。そこまでお前の存在はデカくねェ、自惚れんな。と素直じゃない自分が口を開きそうになったが、否定したところで、日々こいつに対して感情を隠しきれてないところをイルカやシャチには見られている。否定したところで否定しきれないのが目に見えて、おれもだいぶこいつに影響されてんなと思った。

ガーゼと包帯によって傷を覆うと、イルカとシャチに後片付けを任せて部屋のオペ室の隅に座ってボーっと考え込んでいるナマエに目をやり、項垂れている頭を引っ叩いた。

「いたっ」
「ウジウジしてんな、鬱陶しい」
「うっ…キャプテン辛辣ぅ…」

叩かれた頭を摩りながら言ってくるナマエ。
ペンギンがオペ室へ入ってきて、おれの傍へ来ると「お疲れ様です」と頭を少し下げた。

「アジトでは人員を集めているそうです。うちと戦争する気満々です」
「だろうな。ガキが麻酔から覚めたら情報を書き出して作戦を練る。明日の朝には乗り込むぞ。コイツの手錠の鍵も奪わなきゃなんねェ」
「ナマエは連れて行かなくていいんですか?」
「海楼石の影響でおれの能力内でもコイツの体は光らない、コイツを連れてって捕まったらこっちの分が悪くなるだけだ」
「なるほど」
「ガキが起きたらガキを連れてペンギンも一緒におれの部屋に来い」

そういうと、しゃがんでナマエの腕を掴んで立たせると一緒にオペ室を後にした。

「あの、私船長室に行くんですか?」
「てめェはちょっとでも目を離すとトラブルに巻き込まれるからな」
「船内なら…」
「ざけんな。これから説教すんだよ」
「うう…すいません…」

腕を後ろで拘束されたままのナマエは歩きずらそうにおれの横をとぼとぼと歩く。
それにしても海楼石の錠をかけられててもこんだけ走ったり、歩いたりしているのは確かにすごい。どうやら体力もついてきたらしい。
日々の筋トレに加え、おれとの夜の行為にもついてきているのだからそれなりに鍛えられたんだろう。

日々、海賊らしくなっていく。言動も体つきも。
この傷だらけになった体ですら海賊には当たり前のこと。

だが、できるだけならこの顔も体も傷は残したくない。

「てめェは誰のものなのかはっきりさせねェとな」
「へ?私は私のものですよ?」
「なら、その考えから改めさせねェとな」

引きつった笑いを浮かべるナマエに口角を上げて、部屋に入るのを戸惑うその背中を押しこんで入れた。






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