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船に戻ってきた仲間たちと船番交代して、仮眠した後にベポと一緒に船を降りた。
キャプテンは忙しいだろうし、眠っているかもしれないので船長室には寄らず出てきた。

朝になると喧騒はあちこちから聞こえてきたが、酒瓶が飛んでくることはなかった。
カイ君はどこに行けば会えるんだろうか。

「どこ行くの?」
「カイ君のとこだよ」
「おれならここに居るし」
「どわっ!!」

ベポの問いかけに返事をしたら、まさかの本人が直接出てきて私は後ずさりをして転がってる酒瓶に足を取られて尻餅をついた。
その様子を見ていた少年は目を見開いて驚いた。

「あり得ない。こんな女があの人のクルーなの?」
「ナマエはハートの海賊団の看護師さんなんだよ!立派にキャプテンの助手できるんだよ!」
「こいつが?」
「こいつ言うなクソガキ!」

お尻を摩りながら立ち上がり、改めて同じくらいの身長の少年を見てため息をつく。
歩いて私に近寄ってきたが、歩き方が妙だ。

「カイ君、足に怪我してない?」
「は?何で」
「歩き方。右足を庇うようにして歩いてるよ」
「おれ全然気が付かなかった!すごいね!」

黙り込むカイ君に近寄ると、カイ君は走り出して、すぐに、私も追いかけた。隣にはベポも一緒に走ってくれてる。
息を切らしながらカイ君も追いかけるが、なかなか距離は縮まらない。それでも逃すまいと足を懸命に動かした。

漸く立ち止まってくれたと、私も足を止めて自分の膝に両手を置きながら肩で呼吸をする。隣でベポが「大丈夫?」と言いながら背中を摩ってくれているが、返事が出来ないほど呼吸に必死だ。もっと体力付けないとダメだなと思いながら顔を上げると、カイ君が私の為に足を止めたのではないのが分かった。
ナイフや刀を持った男達がカイ君に敵意を向けて立ちはだかっていたからだ。

「てめェ、今まで組織が育ててやったのにいきなり抜けるとは何なんだ」
「煩い!おれはもうチンケな強盗はやめて海賊になんだよ!ずっと乗りたかった海賊がここに来たんだ。おれはもう自分の夢のためにあの人について行くって決めたんだ!」
「頭がカイの足抜けは認めねェって言ってる。利き足を斬りつけるだけじゃ分からなかったみたいだな」

その言葉で先ほどの歩き方が合致した。
私は刀を抜くと、ベポと顔を合わせてカイ君の隣に並んだ。

「あ?何だこの女と白熊は」
「あ!あのつなぎはカイのやつが新聞で見てたハートの海賊団じゃねェか!」
「っ!あんたらさっさと逃げろよ!あんたらに何かあったらおれは船長さんに認めてもらえなくなる!」
「そんなの私に関係ない」

男たちが向かってきた。
ベポも居るし、相手は6人だけだ。

私は向かってきた男の斬撃を受け流し、足を斬りつけた。バランスを崩した男を蹴り上げてもう1人と対峙しようと構えて、カイ君の方から凄まじい殺気を感じて思わずそちらへ視線を送る。

「頭のとこ行くぞ」
「何で幹部のお前までっ!」

かなりデカい体の男。
ベポの顔つきが変わって、私も刀を持つ手に力が入った。

対峙していた男をすぐに片付けるために能力を発動させた。

「"ドリップ-ショット"」
「ぐあー!!いてぇ!てめェ能力者かっ!」

腹部の血管を破裂させて、お腹を必死に抑えてる男を蹴り飛ばすとすぐにカイ君の元へ走り寄った。
目の前の幹部の男がニタリと笑うと、ゾクっと体が震えた。
コイツには勝てない。
直感でそう思っても、カイ君を連れていかれたくない。

「お前、見たことある顔…確か、ハートの海賊団の5000万の首」
「!あんた賞金首だったのか!」
「…逆に知らなかったのに驚きだよ、カイ君」

男が走り込んできた。早い。
判断する前に鳩尾に激しい衝撃を受けて、膝をつく前に首を掴まれ持ち上げられた。
ベポの声が聞こえる。バタバタ多くの足音も聞こえて、霞む視界の中で組織の人間らしき奴らがベポを囲んでるのが見えた。

「頭に土産が出来た」

私と反対の手には、私と同じように首を絞められながら持ち上げられてるカイ君が見えた。
男の指に力が入り、私の意識はそこで途絶えた。






冷たい水を掛けられて目が覚めた。
全身を激しい脱力感が襲っていて、この感覚に覚えがあった。
海楼石の手錠だ。

「お目覚めか、ハートのナースちゃん」

鳥肌が立つぐらい近い距離で声が聞こえた。
顔を上げるとスーツを着た、男がニヤニヤと見下ろしていた。
自分の状況を確認すると椅子に座らされ、後ろ手で縛られている。海楼石の手錠のせいで能力も使えない。
隣にはカイ君も座らされていて、両足から出血しているのが見えた。血の色からして鮮血で、今もまだ流れてるのが分かる。

「カイ君をどうする気」
「ははは、自分より会って間もないコイツを心配するか」
「職業病よ、ほっといて!!それよりさっさと答えて、足の出血はなんなの?!」
「歩けないように杭を突き刺してるんだよ。逃げ足早いガキだからな」

カイ君の足を見ていた私の顎を掴まれて、リーダー格の男へ強制的に目を合わせられる。

「生意気そうで、おれ好みの女だ。お前みたいな女を服従させたときの快感はそれだけで…はぁ…イっちまいそうだ…」
「変態」
「最高の褒め言葉だ」

顔を近づけてくる男の顔に向かって唾を吐きつけると、男は舌舐めずりして私の頬を叩いた。
口の中に鉄の味が広がり、二の腕を蹴り飛ばされて私の体は椅子から簡単に吹っ飛んだ。
体中がズキズキと痛む中、必死に頭を回転させた。
こんなところで死ぬわけにもいかない。まだ学んでいない知識があるし、キャプテンとの航海もまだまだ続けるんだから。

ここに居る人間はリーダー格の男が一人と、首を絞めてきた幹部の大男が一人。
そして、怪我をしていて意識の戻っていないカイ君だ。
時間はどのくらい経ったのか分からないが、窓から見える空には月が上がっていてあれから半日以上経っているのが分かる。
ということはベポは仲間やキャプテンに知らせているだろうから…今の私に出来ることは時間稼ぎをするだけだ。
戦うにもこの二人相手に私一人じゃ分が悪すぎる。

あー、前もこうやってベポを逃がして一人でピンチになったなぁ。
キャプテンきっと怒ってるだろうな。

「まあ、お前は大切な人質だ。トラファルガー・ローを捕えるためのな」
「…」
「おい。カイと一緒に牢にぶち込んでおけ」

大男が私とカイ君を軽々持ち上げる。
連れて行かれる時に見渡してみればどうやら昔、刑務所に使われていた廃墟のようだった。組織の人間はかなりの人数が居る。
1つの部屋に文字通りぶん投げられて私とカイ君の体は地面に叩きつけられた。

「いったー…あいつ、自由になったら私がぶっとばしてやる」
「…無理に決まってんだろ、あんたには」

カイ君の声が聞こえてすぐに体を起こした。
私と同じように体を起こして、苦しそうに唸りながら呼吸も荒くなっていた。

「足、ちょっと診せて」
「お前…ナースだったんだな」
「ん?まあ、そうだよ」
「てっきり船長さんの専属の娼婦かと」
「またそれか…もう言われなれたけどさ…こんな色気のない女を専属の娼婦にすると思う?!言ってて悲しくなるんだから言わせないでよ…」
「ぶっ、確かに!」

はははっと笑い始めたカイ君に少しほっとした。
手錠で後ろ手になってしまっているため、背中を向けてゆっくりズボンを捲り上げた。

「っ!」
「あいつら…」

言ってた通り、杭が両足に一本ずつ貫通しているように刺さっている。
これは抜いたらすぐに止血しないとまずい。
ってことはせめて私の能力が使えないと防ぎようがない。

「…カイ君、これ抜いちゃダメだよ。抜いたらすぐに止血しないと出血多量で死んじゃうから」
「どうすりゃいいんだよ…」
「とりあえず、その傷の上あたりを縛りたいから上の服脱いで」
「はあ?」
「そのシャツを使って縛るしかないよ」

そう言ってカイ君の着ているボロボロのシャツを破いて、なんとか縛り上げた。
力がうまく入らないからきつくは結ぶことができなかったけど、ないよりは少しはマシなはず。
とりあえず、今出来る処置はこれしかない。
後は脱出するためにここの部屋を探る。

私が立ち上がると、カイ君が慌てたように声を上げた。

「お、おい。お前何する気だよ」
「何って脱獄するために部屋を探るんだよ」
「船長さん助けに来てくれるんだろ」
「助けを待つだけの時間がもったいないよ。はあ…この手錠が忌々しいけど…」
「…あんたって変わってるよな」
「そうかな」

暗い部屋の中、壁に体をずりずりと擦りつけながらとりあえず確認していった。
途中、釘が出っ張ってるところを見つけてその釘で腕を切ったが釘が刺さるということは木材の可能性が高い。
ノックをするように後ろ手でその周辺を叩いてみると大体1メートル程の幅で音が違った。

「ここだけ木製の壁。よし、蹴破ろう」
「は?!蹴破るって、お前野蛮だな!」
「海賊なもんで」

私がへらっと笑うと、カイ君は首を振った。

「ちょ、ちょっと待てって」

カイ君の言葉を無視して、私は思いっきり足を振り上げて蹴ってみた。
みしっと音がして、やれそうな気がしてきた。
今度は思いっきり体当たりをしてみるとすごい音を立てて壊れた。
しかも、嬉しいことに運よく外だ。

バタバタ足音が聞こえてきて、私はすぐにカイ君を引っ張り上げた。

「私の背中に乗って!」
「む、無理だろ。お前だけでも逃げろよ!」
「いいから乗る!!」

ぐいっと背中を押し付けると、私の体にずしっと乗りかかり持ち上げた。
本当に海楼石が無ければこんな苦労しないだろうに…。

「ぐぬぬー、頑張れ、私の、アドレナリン…」
「馬鹿な女…」

自分に活を入れて、私たちは脱獄に成功した。







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