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腰を摩りながら床に落とされた服を拾って、ロングTシャツとつなぎだけにした。
キャプテンから避妊薬を受け取り、内服するとご褒美というように額にキスをしてくれる。そして、服を着替え終わったキャプテンがなぜか私の胸を鷲掴みした。

「…なんですか」
「だいぶ服減らしたな」
「はい。でも、胸で確認するのやめてもらえます」

胸から手が離れて、私の注意に対する返事をしないで背中を向けられた。理不尽だ。
帽子をかぶったキャプテンが鬼哭を肩にかけて、私の刀を差しだしてきた。
それを素直に受け取って、私は腰に括り付けた。

キャプテンの背中を追いかけながら、町に降りて時々路地から飛んでくる酒瓶を避ける。

「そういえば、筋トレしてて思ったんですけど。私って踏ん張りが弱めなんですよね。シャチと手合せしてる時も結構斬撃を受け止めるとバランスを崩しやすくって」
「体幹と足に筋肉つけろ。踏ん張るために下肢に筋力は必要だし、バランスを保つなら体幹…まあ、腰回りだな」
「なるほど…」

同じ剣士であるキャプテンの話しはためになる。体幹か。腕ばかり重点的に筋トレをしていたけど、確かに体幹も鍛えなければ。

「腰回りの筋トレでいい方法教えてやろうか」
「ほんとですか?!知りたいです!」

小走りになり、キャプテンの横に来るとキャプテンが鬼哭を持っていない方の手で私の腰を撫でた。

「今日みたいに、お前が上になって腰を振ればいい」
「…」
「行為に夢中になってアドレナリン出てるから、辛くても自然に腰が動いただろ?」
「…」
「くくく、んな怒るなよ」

顔を顰めてキャプテンを睨んだ。真面目に話していたのに。
道中で「金出せ!」「女を置いて行け!」などとゴロツキが喧嘩を売ってきたが、私もキャプテンも体術でくり抜けた。キャプテンは足が長いから羨ましい。

「お前、体術の時のフォーム綺麗だな」
「そうですか?」
「あの父親に鍛えられた結果か」
「そうですね。刀を扱う前は体術が基本でしたし…あ、でもフォームを気にしていたのは母ですね。戦っているときも女は美しくって母の口癖でしたから」
「へェ」

何だか最近、キャプテンが褒めてくれることが増えた気がする。
照れ隠しに、私は隣を歩くキャプテンに「キャプテンもクッソかっこいいですよ」と言うと、「言葉遣い汚ねェな。誰の影響だ」なんて笑い合った。







酒場に着くと、キャプテンはすぐにペンギンさんたちの席に行こうとして、私はキャプテンたちは報告とかもあるだろうからと思い、違う席に行こうと足を進めた。

「ぐえっ」
「お前も来い」
「ちょ、首締まりますっ!」

いつも私のつなぎの首根っこを掴むけど、いつか本当に窒息しそうだ。
言うとおりにしないと呼吸できなくなると思い、素直にペンギンさんとベポとシャチの居る席に座った。
キャプテンの隣に座らされて、キャプテンと私の前にお酒が置かれた。

「実は仲間候補のコックと船大工を見つけてきて。船大工の方は女なんですけど」
「へェ。ここに居んのか?」
「はい。あと、シャチとイルカが戦闘も出来る看護師の女も仲間候補にって」
「…」
「…」

私は思わずキャプテンと顔を見合わせた。
どうやら彼女は諦めてはいなかったらしい。船長がダメならクルーを攻めたのか。

シャチとベポが連れてきたのはコックのカジキさん。細くてまるでホストのような…ってコックに全然見えない。でも、クジラさんが気に入ったらしい。
船大工の女性はイッカクさん。すごく気が強そうで、でも、この人すごくいい人な気がする。
戦闘員としてと紹介されたのはもう一人男性。小さめの身長で、素早い動きとスリが得意らしい。名前はカイ君。

「待て。そいつガキじゃねェか」
「いやでも、中々いい腕してますよ」
「ガキを連れて行く気はねェ」
「ガキじゃないです。それにそこの女もガキじゃないですか」

カイ君が指を向けたのは真っ直ぐに私だ。
キャプテンとペンギンさんとシャチの目線が私に集まると、私は立ち上がった。

「誰がガキだって?」
「お前だろ」
「このクソガキ!口に気をつけな!」
「はあ?!しかも女のくせに言葉が汚ねェな!!」

隣で笑い出したキャプテンにイラッとしたが、それよりこのクソ生意気な小僧に痛い目合わせてやると立ち上がると、少年は今度はアイリスを指差した。

「こっちのお姉さんのがよっぽど色気あんじゃねーか!」
「うっ…それは…いだっ!」
「ガキに言い負かされてんなよ」

隣で笑ってたはずのキャプテンが私の臀部を蹴り上げた。
本当に何だこの仕打ち。キャプテンのツンデレの高低差が激しすぎる。
仕方なく席に座り直し、お酒を喉に流し込んだ。

少年は2本のナイフを取り出して、お手玉のように空中に投げて遊んでいる。

「ゴミみたいな町で育ったんだ、腕は確かだと思う。おれを仲間に入れてくれ」
「…」

私はお酒を飲みながら二人の会話に耳を傾けるが、先ほどからキャプテンが何かを考えている。なかなか口を開かないキャプテンに私は首を傾げた。
何かを考えているかのように少年を見ている。

「…おれの船以外にも海賊船は腐るほどあんだろ」
「おれはトラファルガー・ローについていきたいんだ。船長で医者で、しかも凄腕なんだろ。新聞でもよく読んでたし、あんたの仲間があんたのこと話してたのを聞いておれの船長はあんたしか居ないって思った。おれずっとずっとあんたに憧れて体を鍛えてきたんだ」

少年の真剣な告白に私も思わず聞き入った。
それは、シャチもペンギンさんも、ベポですら2人のやり取りを見ていた。
ナイフを仕舞って、頭を下げて他の仲間候補と並ぶところを見ると微妙に礼儀もあるらしい。先ほどの私への発言は許せないけど、なんとなくこの少年は一緒に船に乗る気がした。

「だからハートの海賊旗とつなぎを見て、すぐに頼み込んだ!」
「シャチを切りつけてな」
「へェ。シャチ、お前ガキにやられたのか」
「かすり傷ですよ!」

ペンギンさんの言葉に驚いた。
シャチは腕を捲って巻かれた包帯を見せて、必死にキャプテンに訴えているが私はそれよりも綺麗に手当された方に目がいった。

「そこで治療したのがアイリスです」
「アイリスちゃんの手当めっちゃ良かった!」
「消毒して包帯だけだろ。誰でもできる」

一蹴されてへこんでるシャチを無視して、キャプテンが少年に視線を戻した。

「…ペンギン。1週間、全員様子を見る。船にはまだ乗せるなよ」
「アイアイ」
「1週間、こいつらを物資の補充や戦闘に使ってみろ。使えたら1週間後につなぎを渡してやる」








トイレに一度立って、戻ると近くにあったカウンター席に座った。
マスターにお酒をもらうと、隣には仲間候補のイッカクさんが座った。

「あたし、イッカク」
「ふふふ、ナマエだよ」

年齢も同じくらいのイッカクはスタイルがめちゃくちゃいい。
まさにボンキュッボンだ。胸の大きさが羨ましい。
話してみると、船を転々としながら旅をしていたらしく、船大工なのはいろんな船で自然とついた知恵らしい。
その話しはとても楽しくて、シャチの話すハートの航海とは違った冒険の話しだ。

「なんでハートに乗りたいの?」
「ほら、あんたたちの船大工の話しを聞いてすごく興味が出てさ。そろそろ腰を落ち着けたいと思ってたんだよ。そしたら女のクルーも居るって聞いたし、船長もすごく尊敬されてんだろ。船長が威厳と尊厳を保ってる船は大抵は沈まない。いいチームだ」

イッカクの長旅での経験からそう言われると妙に納得する。
この人も船に乗る気がする。そんな予感を抱えながらお酒を飲むと、溜息をついた。

そろそろ眠い。
船に戻ろうと立ち上がると、イッカクに「また話そう」と言うと、肩を組まれて「絶対だからな」と笑って言われた。
イルカが居る席に10人ほど居たので帰る人が居ないか問いかける。
けど、みんなはこの後宿に泊まるらしい。夜はこれからだーっと騒ぎ始めた。

この騒ぎだと帰る人も居ないだろう。
ベポなら帰るかもしれない。

「ベポ、まだ船に帰らない?」
「おれそろそろ帰りたい!眠いし…あ、ナマエ一緒に帰る?」
「うん!」

ベポが立ち上がるとキャプテンも立ち上がって、ベポに鬼哭を持たせた。

「おれも帰る。お前ら羽目外しすぎんなよ」

キャプテンの声にハートのクルー全員が「アイアイ!」と元気よく挨拶した。
私とキャプテン、ベポで店を出ようとしてキャプテンが止まった。

「てめェはまだ乗せねェぞ」
「分かってます。でも、帰り道で戦闘見せてアピールさせてほしいの」

アイリスだ。
私は正直なところ、この人だけは苦手だった。
ナース服着ているけど色気のある化粧に香水の匂い。あ、ベポが鼻を押さえてる。

無視して歩き出すキャプテンの背中を追ってベポと歩いていくけど、私はアイリスよりも少年のことが気になった。
どこで寝るのだろうか。いや、ここの島で暮らしていたのだからどこかしらに寝床があるんだろうが。そういえば全然話せなかったな。ちらりと見たときにはシャチとペンギンさんと楽しそうに話していたから大丈夫だろうけど。

「考え事しながら歩いてんと酒瓶当たるぞ」
「へ?いったー!!!この酔っ払い!!」

キャプテンが避けた酒瓶が私の側頭部に当たり、割れずに転がった酒瓶を投げてきた酔っ払いに投げ返した。
てか、避けるぐらいなら能力使ってやわらかいものに変えるとかしてくれてもいいのに。もしくは私を引き寄せたりとかして当たらないようにしてくれればいいのに。ひどい、この仕打ち。絶対に今夜は一人で寝てやる。

「拗ねんなよ」
「拗ねてません」
「考え事してボーっとしてるお前がわりぃだろ」
「そうですよ。私が悪いのでいいんです別に」
「じゃあ、拗ねんな」
「拗ねてません」
「もー!二人とも喧嘩しないでよー!」

ベポの声で私は口を噤んだ。
まあ、納得はしてないけど確かに警戒を怠った私も悪い。

「すいません」
「分かればいい」

なぜだ。この人はなぜ謝らない。解せぬ。






アイリスは途中で襲ってきたゴロツキを確かにナイフ一本で簡単に切りつけて、蹴散らせていた。キャプテンは興味なさそうに眺めていたけど。
船の前に着くと、キャプテンとベポに頭を下げて、私の存在は無視された。
まあ、アイリスからしたら私は邪魔者でしかないのだろう。職種かぶってるし。

泣きそうになりながら町を眺めている船番の仲間がかわいそうになり、交代するから降りていいことを伝えると喜んで降りて行った。
私は甲板に座り、部屋から持ってきた毛布にくるまった。

じっと並んでいる海賊船を見ると、船番をしている他の海賊船クルーが手を振ってきた。
なんだあの海賊船。フレンドリーだな。

思わず手を振りかえすと後頭部に衝撃がきた。

「うう…」
「敵船と手を振りあってんじゃねェよ」
「キャプテン。寝たのかと思いましたよ…」

隣に腰掛けると後ろからふわふわの毛が私とキャプテンの体を包み込んだ。

「おれも2人と船番する。ナマエは寝てもいいからね」
「ふふふ。ベポありがとう。でも、私は寝ないから、ベポ寝ていいからね」

無言で私の毛布の中に入ってきたキャプテンに指を絡め取られて、握られた。
暖かくて、好き過ぎて、キャプテンが先ほどしてきた数々の所業が一瞬で吹っ飛んだ。
単純な自分に苦笑しながら私も握り返した。

「明日は町を見て回りたいので。カイ君気になりますし…」
「あのガキか…」

後ろでベポの寝息が聞こえてきて、キャプテンがベポの体を背もたれにした。
波の音を聞きながらボンヤリしていれば、キャプテンも手を閉じた。私はそのまま交代の仲間が戻ってくるまで心地よい静かな見張りを過ごした。





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