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すごく深く、よく眠れた。
びっくりするぐらい眠れた。
昨日もしかして一緒にシャワーを浴びたのは、お風呂で寝てしまいそうな私を心配してなのか。確かにその勢いなぐらい眠かった。

体を起こすと、隣で眠っているキャプテンの顔を眺めた。

綺麗な顔してる、髭…かっこいいな。

手を伸ばし、女性にはない男性特有の髭を指の腹で撫でた。
キスしたいな…と思いそのまま唇に移動させるが、さすがに手を引っ込めた。

ぶるっと寒さから体が震えた。
自分の恰好を見れば、普段寝る時に着ているスエットの上にキャプテンのパーカーが着せられている。そういえば、うろ覚えではあるが、夜中にキャプテンが着せてくれた気がする。
私が起き上がってるせいで捲りあがってしまった布団をキャプテンの肩にまでかけると、ベッドから足を下した。

窓を眺めればまだ水の中。
水中に居ると朝なのか夜なのかも分からなくなる。
時間を見ればそろそろ朝食の時間だ。

私はキャプテンのパーカーを脱ぐと、畳んでテーブルに置き、つなぎに着替えて静かに部屋を出て行った。





「おはよ、ベポ」
「おはよー!ナマエ!うわ!寒そうだね!」
「めっちゃ気温下がった?すごく寒い」

震える体を両手で摩りながら回りを見れば、こんな凍えている人は居ない。

なぜだ。私だけが震えてる。
この寒さはみんな分からないのか?男女の差?

首を傾げて回りを見渡していると、ベポが私の言わんことを察してくれたのか笑い出した。

「おれ達のほとんどはノース出身なんだ」
「ああ、なーるほど」
「寒さに慣れてるんだ!こんくらいの寒さじゃ何ともないよ!」

私は比較的暖かい気候の島で育ってるし、ここまで寒くなることもなかったと思う。
つなぎの下にロングTシャツも着ているが、それでも凍える寒さだ。
今日は船内を掃除して回って体を動かして過ごそう。

そう決意を固め、朝食に手を出した。

「ベポ…ご飯終わったの?」
「うん!食休み中!」
「なら、私の体を包み込みながら食休みにしないかい?」
「いいよー!」

ベポは天使だ。
私の要望通り、ベポの体に包み込むように座り、ほっとする。

「あったかい…」
「良かった」

ぬくぬくとしながら朝食を食べ終え、私はさっそく掃除に取り掛かることにした。
まずは男性の大部屋を掃除しよう。
といっても勝手に入るのは申し訳ないので、その辺をウロチョロしてたシャチを掴まえた。

「大部屋を掃除?!」
「うん。こういう長期潜水中は清潔な空間が大切なんだよ。体調不良者出したくないでしょ?」
「いや、まあ、でも…うーん…今日一日時間をくれ!」
「は?」
「女に見られちゃまずいもんがそれぞれ…あちこちに…」

まあ、男部屋といえばそうなるか。
妙に納得し、明日は私が入れるように仲間に通達すると言いながら立ち去って行った。
その隣の空き部屋に入ってみた。

ん?ちょっと待て。空いてる部屋あるじゃん!!
空き部屋ないって言ってたのに、と思ったのは一瞬だった。
部屋に入ればかび臭さにむせて、足を踏み入れれば埃で足跡ができた。これだけ汚れていれば空き部屋はないと言ってもおかしくはない。なぜ、誰も掃除をしないのかは疑問ではあるが。

とりあえず、口に布を巻き、掃き掃除から開始した。
この空き部屋が綺麗になれば女性大部屋に出来る。
そう思うと気合いが入った。
今後は女性クルーも増えてくれれば私も嬉しいし、他の仲間にとっても潤いになるのでは。
そんなことを思いながら私は夢中で部屋掃除を行った。







「こんな所に居たのか」
「あ、キャプテンおはようございます」

キャプテンが起きてきたということはそろそろお昼か?
ここは時計がないのでよく分からないが、没頭して掃除をしたお陰で床も壁も見違えるように綺麗になった。
ハンモックも掛けられるし、あとで本棚でも運べば私だってここで寝られる。

それにはまず、キャプテンに了承をもらわなくてはならない

「ここ、女性の大部屋にしませんか?」
「…そうだな。次に女の仲間が加わったらここでいいな」
「そのことですが、キャプテン。私、やっぱり船長室はまずいですよ。一緒に居られるのは嬉しいですけど…やっぱり船に乗っているときはクルーなんですから。線引きのためにも部屋は別々のがいいですよ」
「………」
「…」

沈黙が部屋を支配した。
私はドキドキしながらキャプテンを見続けると、頭をポンポンと撫でられた。

「分かった。荷物うつしとけ」
「アイアイキャプテン!!」

さっそくハンモックを一つかけるとその上に飛び乗った。
ゆらゆらと揺れてちょうどいい。私は比較的、どこでも寝られる体質だからこれでも十分に眠れそうだ。

「ハンモックで寝るのか」
「はい!結構寝心地いいですよ」
「…へェ」
「キャプテンも寝てみます?」
「おれはいい」

確かにキャプテンほどの体の大きさだと窮屈かもしれない。
私はハンモックから降りて、ぐぐっと伸びをした。
午後は医務室と船長室でも掃除しようかな。

「お昼食べたら船長室のお掃除をしたいのですが」
「好きにしろ」
「はーい」
「ナマエ」

口元に結んでいたタオルを取り払い、掃除道具を片付けようとしてドア付近に立っていたキャプテンに呼ばれた。
掃除道具をひとまず置いてそばに寄ると、キャプテンは私の顎を救い上げて口を塞いだ。
すぐに離れて文句を言う前に頭から何かをかぶせられた。
ん?朝脱いだキャプテンのパーカー?

「唇冷てェ。これ着てろ」
「あったかい」
「お前寒がりなんだし」

確かに寒いし、さっきまでは掃除で動いてたから大丈夫だったけど、今は寒い。
立ってるキャプテンに甘えて自分から距離を詰めると、そのままぎゅっと抱きついた。背中に手を回すと、キャプテンも私の背に腕を回してくれた。キャプテンの体温が暖かくて離れがたくなる。

抱擁を堪能していた私たちだったが、不意に隣からガタガタ物音が聞こえてきて話し声が聞こえてきた。

「シャチ何やってんだよ」
「明日ナマエがこの部屋の掃除するから入るって!」
「そうなのか?!やべェ!おれの趣味がバレる!」
「あー、お前ナース系集めてたもんな。どれどれ、[お注射しちゃうぞ][濡れ濡れ診察室][ナース服の下の秘境]…」
「…これやべェな」
「…いや、何がやべェってこの女優…お前キャプテンに見つかったら殺されるぞ…」

「…」
「…」

部屋に沈黙が流れると、私は何だか恥ずかしくなって顔に熱が集まったのを感じた。
ナースがそういう対象にされるのもよく聞くけど、まさか一緒に生活してる仲間にも居たとは。複雑だ。

聞こえているだろうキャプテンを見上げると、キャプテンは傍にあったタオルを取ると“ROOM”と呟き、薄い膜は隣の部屋まで範囲を広げた。そして、キャプテンの手元にはタオルの代わりに雑誌が現れた。
その途端に隣から叫び声とドタドタと走る音が聞こえてくる。
私はすぐにキャプテンから離れて、ドアが勢いよく開かれた。

「キャプテン違うんです!」
「こんな面白れェもん持ってんならおれにも見せろよ」
「や、あ、はは、そうですよね、ははは…ってナマエも居るじゃないですか!」
「私、何も聞いてない。何も見てない」

イクラさんが慌てて言い訳を言い始めたが、キャプテンはパラパラと眺めて笑い始めた。

「この女優好きなのか?…ずいぶんと…おれと好みが似てんじゃねェか」
「は、ははは」
「処分に困ってたんだろ?おれが預かっててやるよ」
「はい…」

立ち去っていくキャプテンの後ろを項垂れながら去っていくイクラさんの背中は哀しみに溢れていた。
嵐が去ったような静けさに私は溜息をつき、食堂に帰ることにした。
とにかく、この部屋に移動したらここまで丸聞こえだということを肝に銘じておこう。







昼食も済ませ、医務室の掃除も終えると今度は船長室だ。
船長の部屋は基本あまり物がないけれど、本棚は医学書がずらりと並んでいるし、上の段は埃が被っていたのを知ってる。

「キャプテン、今よろしいですか?」
「入れ」

部屋に入るとキャプテンはソファの上で読書をしていた。
私は掃除道具を置いて、まずは自分の荷物を先にリュックに詰めていった。
こうしてみると、私物がものすごく少ない。私の持ってきた医学書は医務室に収納したし、私物といえば最早服と刀だけだ。
リュックを端っこへ置くと、まずは散らばった本を集めていく。戻していく中で何冊か気になる医学書が見つかり、ソファに座ってるキャプテンに声をかけた。

「キャプテン。この本借りてもいいですか?」
「ここで読め」

そう言うだろうなとも思っていたけれど全くその通りだった。とりあえず、「はい」と返事をして掃除を再開させた。
本棚、浴室、トイレも掃除終え、シーツ交換もしたし完璧だ。

「キャプテン終わりましたので失礼しますね」
「待て」

本から顔を上げたキャプテンが本をテーブルに置いて、「ちょっとこっち来い」と声をかけてきた。
一度、背負ったリュックを床に下ろし、キャプテンの側に近寄ると、キャプテンは自分の隣を叩いた。
指示通りキャプテンの横に座ると肩を抱かれた。

「寒かったらここに来いよ」
「ありがとうございます。ハンモックの上で布団に包まって寝ますね」
「落ちるなよ」
「落ちません」
「寝るときはもっと厚着しろ」
「分かりました」

キャプテンの優しさにクスクスと笑うと、肩を抱いていた手が私の後頭部に移動した。
あっという間に距離を詰められて唇を奪われる。
啄ばむようなキスが繰り返され、下唇を甘噛みされた後に今度は唇を割って舌が入ってくる。
上顎を撫でられ、私の舌に絡みつき、角度を変えてキスは深くなった。

唇が少し離れればお互いの熱い吐息がかかり、またすぐに塞がれる。蕩けそうなキスに翻弄され、呼吸が苦しくなってくると力も抜けてくる。
リップ音と共に解放されると、2人を繋ぐ透明な糸も静かに切れた。

「はぁ…ナマエ…」
「ん…キャプテン…」
「抱きてェ…」
「っ、ダメですって!」
「なら、もう少し喰わせろ」

再び塞がれた唇に今度は自分も舌を絡める。混ざり合った唾液を飲み込み、先程よりも激しいキスで口角から滴る感覚に腰がゾクゾクした。
漸く離れると、完全に骨抜きにされて私の体はキャプテンに寄りかかった。
乱れた呼吸を落ち着かせるように深呼吸をして、キャプテンを見上げた。

「そろそろお掃除屋さんに戻ります。明日は調剤屋さんになります!」
「くく、そうか。本職はどうした」
「もちろん、皆さんの顔を見てからなります!看護師兼お掃除屋兼調剤屋です!」
「強欲だな」
「海賊ですから」
「言うようになったじゃねェか」

キャプテンとの言葉遊びを楽しんで、私はお掃除屋に戻っていった。





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