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私の仕事といえば、船員の健康管理。キャプテンの処置や診療の補助。あとは調剤やコックの仕込みの手伝いや掃除をしたりする。
朝のお仕事は全員顔を見て、簡単な健康チェックだ。
ほとんどが朝食の時に食堂で見ていくけど、たまにお寝坊さんもいる。今日はシャチが珍しくまだ寝ているようで、イルカさんに許可をとって男性部屋へ向かった。
掃除で一度入ったことがあったけど、今回は2回目だ。

部屋に入るとハンモックやベッドが並んでいて、奥の方にこんもりと布団が膨らんでるベッドがある。
そこに近寄り、ベッドサイドに立ちながら声をかけた。

「おはようシャチ」
「おう、ナマエ」
「ん?シャチ、声ちょっと嗄れてる?」
「喉痛いんだよな…体怠いし」
「ちょっと失礼」

屈んでくれたさんの額に手を置くと、これは…熱がある。それに…高い。

「シャチ、熱あるよ」
「うげっマジで?どうりで関節が痛いと思ったんだよな」
「もう!ほら、医務室行くよ!」

風邪だとしても潜水中の今、大部屋で寝てたら全員にうつりそうだ。立ち上がるとふらっとしてて、服もつなぎだ。
着替えさせようと、とりあえず再びベッドに戻すと「すんげー寒い」と震えている。
とりあえず、布団に包ませながら私の肩を貸して歩き始めた。

「あったけー…やわらけー…」
「もー」

廊下を突き進んで、階段を登って、医務室に辿り着くとベッドに寝かせると肩を貸していたままだったので一緒にベッドに乗り込んだ。
すぐに出ようとするが両手と両足でがっしり抱きしめられているため、出られない。

「ちょっとシャチ!」
「もうちっとだけ…あったかいし、柔らかいなあ…」
「柔らかいって…」

胸のこと言ってるのか。
それよりもベッドの上に向き合って抱きつかれていると困る。何よりここをキャプテンに見つかったらどう言えばいいんだ。

「もう、離してよ。寒いなら湯たんぽ使ってくるから」
「いやー、これがいい湯たんぽ代わり…」

「随分といい湯たんぽ使ってんじゃねェか」

シャチの顔色が一瞬で青くなる。
拘束する手が緩み、ベッドから出ると、不機嫌そうに顔を顰めたキャプテンが鬼哭を抜刀しかけてた。

「シャチが発熱してて、ちょっと体温計持ってきます」
「あ?熱?…他に症状は?」
「喉が痛くて、関節痛くて…怠いっす」

私は体温計をはさんで、キャプテンに聴診器とペンライトを差し出した。

「口開けろ」
「あー」

シャチのつなぎのジッパーを下げて中のTシャツを捲った。その後にキャプテンが聴診をして、シャチを横向きにさせて背中も聴診してもらう。

「肺は今んとこ大丈夫だ」
「おれ…死ぬんすか…」
「馬鹿。風邪で死ぬかよ」
「38.2度です。シャチ寒気まだある?」

本物の湯たんぽ作りのためにお湯を沸かして、布団を増やした。
それでもシャチは寒そうに歯をカチカチ鳴らして震えている。
私は布団の中に手を入れてシャチの手に触れてみた。冷たくて、シバリングもあるということは…

「上がりきってませんね…」
「だろうな。まあ、とりあえず寝とけ」
「寒くて眠れませんよ…人肌のぬくもりが欲しい…」
「甘えたこと言ってんじゃねェ」「手握るだけだよ」

キャプテンの言葉と重なり合った。
3人の間に沈黙が流れ、シャチの歯を鳴らす音だけが耳に入る。

「てめェは学習能力ねェのか」
「キャプテン。シバリングが治まって上がりきったら体温報告しに行くので自室に戻っても大丈夫ですよ」
「追い出そうとすんな。手を握って一部だけ温めても何も変わりゃしねェよ。イルカの時も言ったけどな、ここは病院じゃねェ」

私はまだ反論したかったが、シャチが震えながら私とキャプテンを不安そうに交互に見ていて可愛そうになり、口を噤んだ。
とりあえずキャプテンを睨んで湯たんぽを作って足元に置いた。

「シャチ、タオルで包んではいるけど火傷しないように気をつけてね」
「ありがと…」

布団をかけ直すとシャチの症状を書き込むためにカルテ庫に入った。
シャチのカルテを見つけて手に取った時にバタンとカルテ庫のドアが閉められてそのドアに背中を預けて腕を組んだキャプテンと目が合った。

私は感情的にならないようにふぅっと息を吐くと、キャプテンに近寄った。

「手を握るのは不安を取り除く為です。保温効果を期待してやろうと思ってません。不安そうなシャチを見て、ちょっとでも安心出来たらと思って」
「もう立派な大人で男だぞ。風邪引いた熱ぐらいで不安になるかよ」
「でも、実際に私を抱きしめたり手に触れただけで表情は違いましたよ」
「…それこそ看護師の領域超えてんだろ。病院でも抱きしめたりしてたのか?」
「いや、抱きしめるのはちょっといきすぎですが…手を握ることはたまにありますよ」

もっとも高齢者のおばあちゃんにすることが多かったが、キャプテンの言いたいことがなんとなく分かった私は、自分が不利になるような情報開示は控えた。

「…お人好しもここまで来るとどうしよもねェな」
「ありがとうございます」
「褒めてねェよ」

まだ何か言いたそうにしていたキャプテンにへらっと笑うと溜息で返ってきた。
ドアから離れてカルテ庫を一緒に出るとシャチのカルテを開いた。

「内服はどうします?」
「喉の炎症を抑えるやつ飲ましとけ。飯は無理して食わせなくていいし、食えるんだったら自分で食わせろ。まあ、あんくらい喉が腫れてれば食えねェだろうがな」
「点滴はします?」
「水分が全く取れなかったら夕方考える。寒気が治ったら報告しろ」
「あ、マスクした方がいいですよね?」
「あいつにもさせとけ。あとは、同じ症状のやつが居たらここで寝るよう伝えておくか…」
「ふふふ、最近はキャプテン内科医ですね」

額にデコピンをされて「おれは外科医だ」と訂正された。
これ以上攻撃される前に診療台からマスクを取って、キャプテンもするか振り返ったらもう居なかった。

2枚だけ取って、自分に一枚つけてシャチにも付けてあげた。まだ寒そうにしてて、ぼーっと天井を見つめている。

「大丈夫?シャチ??」
「さみぃ。おれ、ノースブルー出身だから寒いの強いはずなのに…素っ裸で雪山いるみてー…」
「うーん、採血しといた方が良かったかな。キャプテンに聞けば良かった」
「どこにも行かないでくれよ」
「もちろん」

ベッドサイドに椅子と内科の医学書を持ってきて座ると、一応この症状で考えられるものを調べることにした。






シャチは寒気が治まったのか小さな寝息を立てて眠ったようだ。体温を測ると38.9。キャプテンに報告いこうとして立ち上がると、ノックの後にイルカとベポが入ってきた。

「シャチどう?」
「今寝たとこだよ。2人は喉に違和感ない?」
「おれたちは大丈夫!ペンギンがさっき食堂でみんなに聞いてたけど、みんな元気だったよ」

良かった。広まってはいないみたいだ。
感染予防のために2人の背中を押して医務室を出ると、2人はおにぎりを渡してきた。

「キャプテンがナマエに飯を食わせろって」
「もうお昼ご飯かあ。ありがと、イルカ。二人ともシャチは私に任せて」
「アイアイ!」「んじゃ頼むわ」

二人の背中を見送って、再び医務室に入ると私は氷枕の準備をした。ちょうど、暑くなったのかシャチが布団を蹴り落としていた。
布団を減らして、氷枕を頭の下に置いて、額に冷たいタオルを置くと「気持ちいー」と目を閉じたまま口元だけ笑ったシャチの顔が見えた。

「シャチ、薬と水飲めそう?ご飯食べられそう?」
「喉…痛い…」
「声、だいぶやられてるね。薬と水だけでも飲めそう?」
「飲む…」

シャチの額から一度タオルを取って起こすと、薬と水を渡した。飲み込むたびに痛むのか顔を顰めて、水は数口で飲むのをやめた。
これでは水分は足りてないだろう。
やっぱりキャプテンに言って点滴した方がいいか…

横になったシャチはまた眠り始めた。
いつも元気なシャチがぐったりしていると、私も不安になってくる。
早く元気になって欲しいなあ。そう思いながらぬるくなったタオルを冷やして額に置き直した。
そろそろキャプテンに一度、報告しに行こうかな。
点滴のことも聞きたいし。

医務室を出ると、まずは船長室へ行った。
数回のノックでいつもは声が聞こえてくるが反応がない。ドアを静かに開けると部屋から気配がない。
ここに居ないとなると操舵室かな。
船長室を後にして操舵室へ行くまでの廊下で、何人かの仲間たちにシャチの状態を聞かれて話し、ついでにキャプテンの居場所を聞くとやはり操舵室だった。

数回のノックをすると、ペンギンさんがドアを開けてくれた。

「あ、キャプテン?シャチのこと?」
「はい。ペンギンさんお疲れ様です」
「中にどーぞ」

中へ入るとベポがモニターを見ながら操縦をしていて、キャプテンはソファに座りながら地図を眺めていた。
私がそばに行くと顔を上げて、視線を地図から私へと変えてくれた。

「シャチなんですけど、シバリングが治まって熱は38.9で落ち着きました。起きて薬飲んだんですけど、喉痛すぎるみたいで水数口で飲むのをやめちゃいました」
「そうか…」

キャプテンは少し考える素振りを見せて、私は言葉を待った。

「点滴しとくか。内容はこれで、この薬草も調剤して入れとけ」
「あ、はい。分かりました」
「おれも後でまた行く」
「あ、ルート確保失敗時の止血に能力使っていいですか」
「ああ。止血だけな」

操舵室を後にするとすぐに医務室へ戻って点滴の準備を始めた。調合をして、点滴台に引っ掛けて今度はルートの確保だ。
シャチの腕を捲って駆血帯で縛るが、やはり血管に元気がない。一応、見つけた血管に針を刺したが逆流を確認できず、能力を使って刺した後を癒した。
うーむ。これは私には難しいかもしれないぞ。
再び血管を探していると、ちょうどいい時にノックもなしにドアが開かれた。これはキャプテンだ。

「キャプテン。ちょっと手こずってます」
「まだルート取れねェのか」
「一回失敗しました。ここの血管どうですかね」

私の指が退くとそこをキャプテンの指が触れると「いいんじゃねェか」と言われた。
再び針を握り、消毒後に刺してみたがどうやら逸れたのか確認が出来ない。

「そのままでいい」

キャプテンが私の針を持つ手を握って、少しだけ角度を変えると見えてくる血液。すぐに駆血帯をとって点滴に繋ぐと、落とし始めた。

キャプテンはシャチの首元を触診し、ため息をついた。

「扁桃腺も腫れてる。熱高いし、解熱剤もいれるか」
「あ、はい」

薬品棚から薬草を取り出したキャプテンは調剤を始めた。そのキャプテンの調剤を見て、出来上がった水薬を点滴に混ぜた。
キャプテンはソファに座り、先程ベポとイルカが持ってきたおにぎりを1つ食べ始めた。
私もその隣に座って、おにぎりを1つ口に入れる。

「キャプテン、本当に凄いですよね。海賊で、外科医なのに何でも知ってるっていうか、出来るっていうか…医者の腕も良くて尊敬しかないです」
「なんだ、なんか企んでんのか」
「いいえ、なーんも企んでません。惚れ直しちゃったってやつですよ」

先程のルートもそうだが、点滴に関しても内科は専門外だとしてもテキパキと薬とかも決めちゃうのがすごい。
まあ、船医をしていれば科に関係なく出来ないといけないのだろうが。
改めてキャプテンの博識と技術に度肝を抜かれたのだった。





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