32




航路を話し合うとキャプテンはペンギンさんとベポと操舵室に向かった。
私は食堂でコックさんの淹れてくれた紅茶を啜りながらシャチたちの質問に答えてた。

「内科医は海軍だったのか」
「なんか胡散くせえと思ってたんだよな」
「でも、シャチとイルカは内科医に私の個人情報漏らしまくってたよね」
「え…」
「おれのさんつけと敬語はどうした?!まあ、いいけど!」

バラされて甲板でさらし首にでもなればいい。
ケラケラ笑うイルカに私は首を振った。

「あんな心配させといて優雅にそばを啜っていた姿を二度と忘れない」
「あははは!内科医の作るそば美味かったなぁ。あ、海軍中佐か」





夕食時にクルー全員を集めて、キャプテンはペンギンさんとベポとで今後の予定を話し始めた。

「今後は海軍駐屯地の島に行かずにこのままの航路で次の島を目指す。その島を出れば次はシャボンディ諸島だ」

ちょっと遠回りになってしまったが、イルカも無事だったし仲間は欠けることもなく出航できた。シャボンディ諸島を過ぎればあっという間に新世界だ。気を引き締めないと。

「次の島までは潜水して航海することにする」
「しばらく水の中かー」

シャチが隣で残念そうに呟いた。
海軍がウロウロする海域で下手に出ても無駄に戦闘になるだけだ。
特にキャプテンが父に挑発したため血眼になって探している可能性がある。

「キャプテン、次の島の情報はー?」
「次の島はかなり大きい歓楽街があるらしく、海賊も歓迎されてるみたい」

仲間の質問に答えたのはベポだ。
ベポはそのまま続けて情報を伝えた。

「治安もそれなりに悪いよ。ログは10日かかるみたい」

仲間たちが顔を見合わせて「歓楽街…」「10日…」と呟いている。そして、最終的にキャプテンのことを期待に満ちた目で見つめた。

「…各自情報収集と物資の補充を分担。仕事が終われば好きにしていい」

喜びの声が上がり一斉に立ち上がった。
「女ー!」「酒ー!」「喧嘩ー!!」それぞれの欲望が口に出ていて私はただただ美味しいご飯と本が欲しいと。

「酒も喧嘩も適度ならいいが問題は女だ」

キャプテンの声に再び静寂が訪れた。

「避妊具の着用は忘れるな。以上」

学生の夏休み前かっ!
呆れたのはただ一人、私だけだった。
キャプテンの言葉でそれぞれが持ち場に戻り、私は医務室に戻った。

ケアケアの実…オペオペの実…最上の業…
そういえば虫垂炎のおじさん大丈夫かな…

どっと疲れが出てきて、私はのろのろと医務室のソファに座るとそのまま横に倒れた。
お風呂の時間もうちょっとだし、少し横になるだけ。









ゆらゆらと揺れる感覚と、大好きな匂い。
あれ、これ前にもあったな…。

「キャプテン?」
「ここで寝るなって前も言っただろ」
「すいません。あ、降ります」

キャプテンの腕から降りて回りを見渡すと船長室だ。
あれ?私の荷物も置いてある…ああ。あの島でたらここで暮らすって言ってたっけ。
時間はすでに私の使用できる時間を過ぎていて、キャプテンの部屋のを借りるしかない。

「…シャワーお借りしてもよろしいですか?」
「ああ」

シャワーを浴びてすぐに眠りたい。
鞄から服と下着を取り出して、浴室に行く前にキャプテンに腕を引かれた。

「キャプんんっ」

キャプテンの顔が近くなったと思えば、唇を触れてすぐに離れた。

「おれも一緒に入る」
「えっ?!いや、そんな、シャワーだけですし」
「なんか都合悪いことあんのか」

そう言って服を脱ぎだしたキャプテン。
まあ、もう一緒に浴びたこともあるし、何度も全裸を見られているので抵抗はないが。いや、恥じらう気持ちは多少あるが、ここで逃げたらキャプテンの機嫌は急降下する。

溜息をついて、キャプテンの脱いだ服を拾って浴室にある洗濯籠へ入れていく。
先に浴室に入ってシャワーを浴びているキャプテンに私は諦めて自分の服も脱いで洗濯籠へ入れた。

浴室へ一緒に入り、頭からお湯がかかるとキャプテンがシャンプーと手に取り私の頭をわしわしと洗い始めた。

「あ、自分でしますよ!」
「やってやる」
「あ、りがとう、ございます」

わしわしと洗われる感覚が気持ちよくて、目を閉じて力を抜いた。

「予想外の父親だったな」
「そうなんですよね。昔の父はもっと海賊に対する偏見といいますか…厳しかったんですが」
「へェ…流すぞ」

お湯が頭からかかり、泡が流れていく。

「父が外科医というのは驚きましたが。私手術歴あったんですね」
「まあ、明日にでもカルテに追加すりゃいい」
「ありがとうございます。体は自分で洗いますんで」

私の言葉は見事に無視されて、シャワーを止めると背中に泡を落とされる。

「島でも言ったが、お前の能力はおれの指示で使うようにしろよ。おれが診察してから指示をする。また知らないうちに内臓修復までされちゃ困る」
「はい…」
「今度は前だ」
「…それは下心ありません?」
「下心もってやってほしいか」
「いえ」
「なら大人しくこっち向け」

大人しく向かい合ってキャプテンを見上げた。

「キャプテンは“不老手術”どうすれば出来るか知っているんですか?」
「興味ねェって」
「でも」
「ナマエ」

私の体を洗ってくれてたキャプテンが私を抱きしめた。

「お前は“再生手術”の方法を探してんだろうが、それを知ってどうする。まさかおれに何かあった時に使うとか言い出さないよな」
「い、言いませんよ!」
「…お前な…」

私の背中越しにキャプテンがシャワーのコックを捻って、暖かいお湯が体にかかる。

「約束しろ。使わないと」
「…できません」
「なら、次の島で降りろ」
「っ!!」
「自分の身も守れェ奴はこの船にはいらねェ」

キャプテンの言葉に私は息を飲んだ。
無理やりでも乗せると言ったのに、絶対に降ろさないって言ったのに。

「…死んで満足すんのは自分だけだ。残されたおれの気持ちも考えろよ」
「…」
「なら、おれが“不老手術”をお前にかけるっつったらどうする」
「そんなの絶対ダメです!一人残されるなんて…あ…ごめんなさい」

諭されて気が付いた。
残された方はつらい。なら、もう死なないように、キャプテンも死なせないように、強くなるだけだ。
強くなろう。ただそれだけじゃないか。

「私、強くなりますね」
「そうだ。おれ達は互いに強くなきゃ生きられねェ」
「お互いに…ふふふ」
「次、股開け」
「キャプテン!そこはさすがに下心ありすぎです!」
「くくく、ならさっさと自分で洗えよ」

私が洗い終わると今度は交代してキャプテンの頭を洗い始める。

「力加減大丈夫ですか?」
「ああ」

洗髪なんて久しぶりだ。
病院ではやったりしていたが、そもそもこんな若い男性の頭を洗うのなんて初めてだ。
あれ、元彼ともシャワーに入ったことないからこれも初めてだ。

「…病院でもやってたか」
「洗髪ですか?やってましたよ、こんな若い男性は初めてですけど」
「じいさんと一緒に風呂入ったりすんのか?」
「そんなことしません。手伝うときに浴室には一緒に入りますが、介助者は服着てます」

流しますよ。と声をかけシャワーで泡を流していく。
キャプテンの髪は意外とやわらかくて触り心地がいい。
こんな風に髪をいじるの嫌がりそうなタイプなのに。

「次、体洗いますね」
「ん」
「…前は自分でお願いします」
「やってくれねェのか」
「やりません」
「くくく、分かったよ」

キャプテンが前を洗っている間、目の前の背中を見つめた。
大きな刺青に指をなぞる。

「…刺青…かっこいいです…」
「…あまり可愛いこと言うと犯すぞ」
「そ、それはすいません…」

お湯で泡が流れていく。
刺青がすべて露わになって、ハートのジョリーロジャーが全貌を見せた。
細いのに引き締まった筋肉、無駄な肉もなく、大きな外傷もない。

キャプテンが私の泡も落としてくれて、私たちは浴室を出た。
タオルで水気をふき取ると、気が抜けたのか眠気が再びやってきた。

ウトウトとしながら頭をふき取っていると、大きな手が私の手を包み込んだ。

「拭いてやるよ」
「…なんか、今日、キャプテン優しいですね…」
「昨日、啼かせすぎたからな」
「…」

自覚あったのなら安心した。
この眠気も元をたどればキャプテンのせいといってもいい。
わしゃわしゃと頭をふき取ってくれる動作が気持ちがいい。

「ほら」
「ん、おやすみなさい。キャプテン」

限界だ。
キャプテンに寄りかかってそのまま意識を手放すことにした。



なんだろう。もそもそと私に何か着せてくれてる。

「これからぐっと気温が下がるからな。これ着とけ」
「アイアイ…」
「くく、寝言で返事かよ」





-32-


prev
next


- ナノ -