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驚いている父を他所にじっとキャプテンから見られていて、気が付いた私は「何ですか」と問いかけた。

「小さい時から能天気のお人よしかよ…」
「キャプテン、それ褒めてるようで褒めてませんよね。馬鹿にしてますよね」
「馬鹿にしてねェよ。呆れてるだけだ」
「そうなんだよ。その子は他人を助ける為に自分を顧みない子でね。いい子なんだが、危なっかしくて目が離せなくてね」
「だろうな。変わってねェ」
「む!少しは成長してますよ!」
「だとおれも安心して目を離せられるんだがな」
「トラファルガー、なかなか分かってるな」

信用ゼロじゃないか…。
私はソファの背もたれに項垂れた。
静かに私たちのやり取りを見ていた父が小さく笑いながら口を開けた。

「外科医で…オペオペの実か…。その書類にもあるが、オペオペの実とケアケアの実は唯一、互いの能力を向上させる能力がある」
「もう確認済みだ」
「そうか…その書類の情報は知っているものが多いかもしれないな…」

父は立ち上がり、私たち二人を見下ろした。
そして、キャプテンをじっと見つめ、大きく息を吐いた。

「お前は信じてもいい奴なのか…私にはわからん。だが、娘がお前を信じている。だから話そう」
「…?」
「オペオペの最上の業を知っているか」

最大の業?私は首を傾げて隣のキャプテンを見ると、キャプテンは静かに頷いた。

「“不老手術”。だが、これをやっちまったら能力者本人は死ぬ」

キャプテンの言った死ぬという言葉がずしりと私の頭に降りかかった。
死んでしまう業が存在することなど知らなかったし、そんなものをキャプテンが使えてしまうことも知らなかった。

父は頷くと、今度は私を見た。

「ケアケアの実にも最上の業がある」

ぐっと拳に力を入れて、父は言葉を一度切ると再びキャプテンに視線を合わせた。

「“再生手術”。これは永遠に組織が再生し続ける、老化はするので老衰で死ぬことになるだろうが」
「さ…いせ…い…」
「…それはおれの能力と条件は一緒なんだろ」
「その通りだ。この業を使えば能力者は死ぬ。お前たち二人の能力の最大の業を使えば無敵の人間の出来上がりだ」

父の話しについていけない。
この能力にそんなことができるのだとは思わなかった。
組織が再生して老いていかないって、考えてみれば恐ろしいことだ。どうやってそんな能力が使えるのかな。でもここまでオペオペの実と似通った悪魔の実ならもしかしたら、同じような能力の発動方法なのかもしれない。

そんなことを考えていたら、鎖の音が聞こえて私の腕が上がった。

「てめェは何も考えなくていい。おれの命令は覚えてるんだろ」
「…船長命令…って!能力の使用は船長の指示があった時だけって、父さんに会うまでの話しじゃなかったんですか?!」
「おれはそんな業に興味はない。おれの“不老手術”も然り」
「興味…ない…?だっはっはっはっは!」

いきなり笑い出した父にキャプテンと二人して驚いて父を見た。
何も面白いことなんかないと思ったけど。え、キャプテンもしかして私の見ていないところで変顔してた?

私がキャプテンを見るとキャプテンは「爆笑してるとそっくりだな」とか暢気なことを言っていただけだ。

「はぁ、全く、トラファルガーは面白いな。お前がオペオペの実を食べていてよかったよ…」

笑い終わった父は何かを思い出したかのような表情を見せて、盛大にため息をついた。

「使う気がないならいい。他者に悪用される事だけ避けられればな」
「んなことおれがさせるかよ」
「ふふふ。私からの説明は以上だ。君たちからは?」
「いつこの手錠は外れる」
「ん?ああ、もう外す」

鍵をキャプテンに投げ、難なくキャッチしたキャプテンは手錠を外した。
私の方も外れて体がだいぶ軽くなった。

海楼石がこんな驚異的だというのが身をもって実感できたのだ。
二度とつけられたくはない。

「おれ達はいつ出られる。捕まえる気はないんだろ」
「ああ…捕まえる気は全くない。娘を捕まえる父親が居るはずないだろう」
「父さん…」
「いいのかよ、少将」
「少しセンゴクさんに怒鳴られるだけだ。それにガープ中将だって孫の海賊を逃がしたらしい。この大海賊時代だ、海兵と海軍が家族なのも隠しているかもしれないがたくさんいるだろう。それに、ここでお前たちを捕まえたらあの子に…ナマエの妹に私が殺されてしまう」

記憶にある厳しい父しか知らない私は戸惑うばかりだ。
父は私の頭を撫でて、刀を差し出した。

「ラルフ中佐が報告するたびにお前の話しをしていたよ。立派な看護師になったんだな」
「…うん…」
「刀を握ってもわかったよ。だいぶ使い込んでいる…腕を上げたんだな。本当は手合わせでもしてやりたいが、時間もない」

刀を受け取って、父を見上げた。

「ラルフ中佐がお前とお付き合いさせてほしいと…全く、お前はまだ恋人など…男など必要ないのにな」

…待てよ。ちょっと待てよ。これはもしや父さんは私とキャプテンの関係を知らない?
私がちらりとキャプテンを見ると違うことを考えているのか目を合わせることはできなかった。

「お父さん!そんなことより島の脱出は?!」
「私はこれから海岸に兵を集める。その間に島の反対側にお前たちは回り、脱出しなさい。ログはもうたまっているはずだ」
「ありがとう、父さん。立場は違うけど…元気でね」

立ち上がったキャプテンと共に私も立ち上がり、最後に父に抱きついた。
父は抱きしめ返しながら、ゆっくりと離れると正義のコートを肩にかけた。

「私を気にせず…お前の自由に生きなさい」









診療所を出た瞬間にペンギンと連絡をとって、すぐに潜水しながら移動してくれているようだった。
キャプテンの隣を走りながら滲む視界に何度も瞬きをする。

父は私が思っていたよりも分からず屋じゃなかった。
最初の父からの問いかけ、私を置いていけば逃がしてやるっていうのも、もしかしたら私と…キャプテンのことを試していたのかもしれない。

頭にあるキャプテンの帽子が吹き飛ばされないように頭を押さえながら。
走ってる最中、キャプテンは何も言わなかった。

キャプテンは何を考えているのだろう。
ケアケアの実…最上の業…“再生手術”。
きっと…私は…

私の頭に重みを感じて見上げるとキャプテンに帽子を奪われた。
帽子をかぶったキャプテンは私のお腹に片腕を回すと肩に担いだ。

「わわっ」
「能力で飛ぶぞ」
「はいっ!」

森を抜けて崖っぷちにたどり着いた。
すぐにキャプテンが船に連絡するために電伝虫を取り出すと、そのタイミングで黄色の船の姿が海面から上がってきた。キャプテンの船。私のお家…マイホーム…。

「キャプテーン!!ナマエー!!」

ベポがすぐに出てきて私たちに手を振っている。
シャチが石を甲板に置いた瞬間にパステルカラーのドームが私と船を囲んで、視界がすぐに変わる。
そして、島を後にする直前。なぜか崖から先ほど良い別れをした父の姿が見えて、怒鳴り声が聞こえた。

「トラファルガー!貴様を捕まえる!!何が何でも捕まえる!」
「はあ?!父さん?!さっきと言ってること違う!」
「気が変わった!!娘を返せ!娘の純潔をっ!!」

父の後ろから息を切らした内科医が顔を出した。

「あいつっお嬢さんに避妊薬飲ませて、乱暴を!!」
「なんだとおおおおお!!トラファルガアアアアアー!!」

なんつー情報を報告してんだ!てか私持病とかって誤魔化したよね?!なんで内科医知ってるんだ?!
しかし、そんなことを教えるのは一人しか居ない。

文句を言おうと勢いよくキャプテンを見たら、キャプテンは私の肩に腕を回し、引き寄せた。
そしてニヤリと笑い、父と内科医に向けて中指を立てた。

「おれの女だ。どうしようと勝手だろ」
「トラファルガアアアア!!ハートの海賊団!貴様らは必ず私が捕まえてやる!まとめてインペルダウンにぶち込んでやる!」

「かっけー!船長!」
「さっすが!少将相手に挑発しやがった!」
「一生ついていきます!」

青ざめていく私とは反対に真っ赤な顔で怒っている父と、テンションの上がった仲間の声が遠くで聞こえてくるようだ。父が剣士じゃなかったら今頃攻撃されていただろう。

放心状態の私を抱えて、「ベポ、潜水して進むぞ」と淡々と指示し、私たちは船の中へ入っていった。






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