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シャワーを浴びてナマエの淹れてくれたコーヒーを啜り、荒々しいため息が聞こえてきてくくっと笑った。

久しぶりの陸でのセックスはいつものように音に気を使ったり、気を張る必要もなく、開放的になったおれはタガが外れた。
萎える事を知らないとでもいうように、自分でも驚くほどヤったな。その分、今朝はスッキリ目覚めた。大満足だと思えるほど。次からも能力を使ってやるか。

そんなことを考えながら顔を上げると、着替え終わったナマエの表情が曇っていくことに気がついた。
口には出さないが、どうせこいつのことだ身体だけ求められたとか余計なこと考えてんだろう。
身体目当てなわけねェだろ。お前のことが…好きで求めてんだろ。その声も顔も体も、能天気だけどたまにそうやって馬鹿みたいに悩んでるところですら可愛い奴だと。といっても素直に口に出す気にはなれず、ナマエの思考を途切れさせるように「余計な事考えてんじゃねェ」と言った。

良くなかったのかと聞けば、良かったですけどと顔を赤くしながら昨夜のことを思い出したのか、おれから視線を外して誤魔化すかのようにつなぎのジッパーを上げていた。

そのあとも歯切れの悪い反応を示すナマエの名前を呼んで抱き寄せると、恥ずかしそうにおれの膝に乗る。その顔がおれの加虐心を擽るってのがまだ分からないらしい。
このまま苛めてやりたいが、今日から手伝うことになっている内科医のことが気になる。
昨晩の宴でも諦めないと強く呟いた奴の声が聞こえてきた。確かに、医者からしたらコイツのサポートは優秀だ。だが、あの男は看護師としてのナマエだけでなく、女として欲しているのもコイツを見る目で分かった。めんどくせェ。
見た限りだと島の医者にしちゃ鍛え上げられた体。それにおれの中の何かが警告している。こいつには何かあると。

どうするか…と考えているおれの思案を巡らしている頭を引き戻したのはナマエからのキスだった。
嬉しそうにおれの好きな笑顔を見せて。頬を撫でれば擽ったそうに目を細めて見つめられれば、ああ、やべェ、幸せってこういうことを言うのか。
羞恥心を煽るようにわざとリップ音を立ててキスをして、口内を犯し尽くすとナマエの呼吸が乱れてきたところでゆっくりと解放してやる。

ナマエの後ろ姿を見送り、すぐに調剤に取り掛かった。昼飯には一度診療所に戻ってくると言っていたから、昼飯でも買って薬と一緒に届けてそのままついていけばいい。あまり二人きりにしておくのは得策ではない。

避妊薬は出航後のことも考え、多めに調合した。流石に今日は寝かしてやった方がいいだろうが、まあ、あいつ次第だな。
作業しながらふと苦そうに飲んでいたことを思い出し、薬効を邪魔させる事なく内服に甘みを出させる薬草を思い出した。








薬と昼飯用のおにぎりを買って、能力を使って診療所へ入る。奥にある本棚から内科の医学書を取り出すと、ソファに腰掛けた。

数時間経つと外から話し声が聞こえ顔を上げた。昼飯を誘っているらしいが、淡々と断っているナマエの声に口角が上がった。ドアが開いて内科医と目が合うとあからさまに嫌な顔をしやがった。
その横からひょっこり出てきたナマエがおれを見るとあまりに嬉しそうで思わず吹き出した。
んとに可愛い奴だな。




奥の部屋へナマエが逃げるように立ち去ると、内科医がそのタイミングでおれを睨んできた。

「それで、本当は何の薬なんだ」
「避妊薬」
「…」

内科医の問いかけに淡々と答え。その顔は明らか不快そうに歪んだ。
やはり諦めてはいなかったか。
先程も昼飯を一緒に食べたいだの話していたが、下心のある口説こうとしている誘い方だ。
この男のナマエの見る目は看護師として欲しているだけではない。おれがあいつを見る目と同じ目をしている。

おれと向かい側のソファに座り、盛大に溜息をつきながら頭を抱えだした。

「避妊…薬…なんてことだ…」
「あ?」
「まさか乱暴になんてしてないだろうな」
「さあな。セックスの内容までてめェに言う義理はねェだろ」

おれの言葉で勢いよく顔を上げ、目を見開いた。
コイツ、マジであいつに惚れてやがる。
握りこぶしが怒りで震え、奥歯をぎりっと鳴らせる男にそう思いながら溜息をついた。

「お前のような海賊はより取り見取りだろう。彼女なくてもいいじゃないか!」
「…」
「そもそも、娼婦だって相手にしてくれんだから彼女は必要ないだろ。それとも、もしかして彼女を娼婦扱いしているのか!」
「それも、てめェには関係ない」
「は、ははは…なんてひどい男だ…」

娼婦扱いをしたことは一度もないし、乱暴な抱き方をしたことはない。…嫌がってても善がってんだからあれは乱暴ではない。たぶん。娼婦として乗せてたらつなぎなんか着せるかよ。とか言うことも別にわざわざ目の前の男に教えるつもりはねェ。

「てめェはなんであいつにそんな固執する。女なんて、看護師なんて、他の島から引っ張ってくりゃいいだろ」
「…僕もそう思っていたんだ。でも、他の子とはやっぱり全然違う。一番始めに気になったきっかけはイルカ君の無事を知った時の彼女の笑顔だ。とても可愛くて…天使のようだと思った」

頬を赤くして惚ける顔に虫唾が走る。
苛立ちを外に吐き出すように息を吐くと、内科医はそのまま続けた。

「昨日と今日でどんどん彼女にのめり込んでいる自分が居るんだ。あの子は誰であろうと自分の意見をはっきりと言ってくるし、真っ直ぐだ。それは患者さんに対してもそうだし、看護師としても女性としても素晴らしい。責任感もあって、医師としても男としても彼女は欲しい」

目の前の男がそこまでのめり込んでいるとは思わなかった。
この様子では自分が何を言っても諦めるどころか火をつけていくのは明白だ。
だが、ナマエを譲る気もなければ手放す気も、ここの島に残していくことも全く考えていない。

「彼女はとても優しいし、思いやりにあふれていて…」

まだ語り始める内科医に苛立ちを隠せず思わず舌打ちをした。
気持ち悪い奴だ。

「イルカ君やシャチ君に昨日聞いたけど、彼女は船に乗ってからまだ数ヶ月らしいじゃないか。半ば強引に連れてかれて…ストックホルム症候群のようになっているだけではないか」

神経を逆撫でるのが得意かコイツ。おれは舐められてるのか。
そろそろバラしてやろうかと思ったところでナマエの「マシュマロだあ」と間の抜けた声が聞こえてきて、やる気が失せた。
へらへらと笑いながらお菓子の袋を抱えてやってきた渦中の人物に、呆れる。

「これ、食べていいですか?」
「マシュマロ?いいけど、好きなの?」
「いえ、別に好きなわけじゃないんですけど、最近よく夢で見るので無性に本物を食べたくて」

ナマエはおれの隣に腰掛けると袋を開けて、白いクソ甘ったるい菓子を口に含んで笑った。
その様子を見ていた内科医が「くぅっ、可愛い」などと言って悶え始めた。

「キャプテンもいりますか」
「んなクソ甘いもん食えるかよ」
「ですよね」
「飯を食え、飯を」

おにぎりを取り出して、おれに一つ差し出すと自分もかじり始めた。
思い出したように「あ」と、ナマエが一枚の紙を差し出してきた。

「このカルテ見て、キャプテンの意見を聞きたいんですけど」
「…ナマエ、主治医を目の前にしていきなり他の医者に意見を求めるのは…」
「医師同士の意見交換は必要なことです。医師としてのプライドより患者さんを優先してください」

きっぱりというナマエに内科医は口を噤んだ。
日に日に海賊らしくなってきたというか…いや、もともと気の強い性格なのか。何の躊躇もなく医者の最も嫌なところを突っついていくナマエに鼻で笑う。
目の前のカルテに目を通すと、すぐに結論は出た。

「虫垂炎だな。さっさとオペしたほうがいい。ここまで炎症反応でてるっつーことは腹膜炎起こしてる可能性もある」
「腹膜炎を…」
「診察の時に腹膜刺激症状確認したか」
「あ…いや…」

おれの言葉に内科医は言葉を詰まらせた。こいつ本気か。すると隣でもしょげたように項垂れてナマエが謝ってきた。いや、お前はそこまで責任感じてショック受けなくていいだろ。ほんと責任感強い奴。

とりあえず、目の前の内科医に呆れたように溜息をついた。

「基本だろ…」
「すいません…」
「ナマエが謝るのは違ェ。主治医がこんなんでこのおっさん死ぬぞ。人の女口説いてる場合じゃねェだろ」
「っ!」

悔しそうに顔を歪めているが、本気でそう思う。ここの島で何年と医者をやってるとは思えない。
カルテをナマエに返し、「まあ、おれには関係ねェが」と言い放ち、おにぎりを口に含んだ。

「実は…虫垂炎は初めてなんだ…」
「未経験は言い訳になりません。素直に知識不足であったことを認めて、これからどうするか考えましょう」
「あ、ははは…そうだね。ふふふ、君は本当に優秀だね」
「…」

こいつ本当に危機感あんのか。
ナマエが溜息をついておれの方を覗きこんできた。
分かってる。こいつの言いたいことは。
どうせおれにオペをしてほしいというところだろうが、おれには関係もなければこのおっさんがどうなろうと知ったことじゃない。

「…キャプテンがオペするのはどうでしょう…」

ほらな。上目使いで口元にご飯粒くっつけて…わざとか?
その目から逃げるようにかぶっていた帽子をナマエに被せて、口元についていた米粒を指ですくって食べた。

「お前がお願いすることじゃねェだろ。主治医はお前じゃない」

そう言うと内科医は奥歯をギリッと鳴らした。
さて、どうでるか見ものだな。





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