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眠い目を擦りながら荒々しく溜め息をつき、つなぎを着ると、背後から愉快そうに笑う低い声が聞こえてきた。

「怒んなよ」
「すっごく眠いです。誰のせいですか」
「悪かったって言ってんじゃねェか」

悪いと思ってる人の態度じゃない。
コーヒーを片手に長い足を組んで、笑う姿はいつもはかっこいいなキャプテンなんて思うけど、今は…いや、今もかっこいい。だから悔しい。自分ばっか好きみたいだ。てかほんとにキャプテン、私のこと好きとかあるのかな。都合のいい女じゃないよね。…能力も体も。

…なんて。ダメだなあ。プラスに考えよう。
楽天的に考えれば、そこまで求めてもらえるなんて幸せなことじゃないか。それにキャプテンがカッコいいのは今に始まったことじゃないし、見た時からこの人怖いけどイケメンだなとか思ってたじゃないか。
我ながらあの状況でよくそんな余裕あること考えられたと思う。普通に考えたら海賊だし、残忍で有名な億越えルーキーを目の前にして。
能天気と言われても否定できないな…。
なんてうだうだ考えてたらキャプテンに「余計なこと考えてんじゃねェ」って言われた。こうやって考えていることを分かってくれてるのも実は嬉しい。

「…お前は良くなかったのかよ」
「良かったですけど…」

昨日のは確かに気持ち良かったし、何度も意識飛びそうなぐらい私も感じてた。けど、限度というものがある。まさか、浴室行ってまでと、シャワーの後も2回。結局いつも通り私の意識がなくなって終止符を打たれた。

つなぎのジッパーを上げて、名前を呼ばれてキャプテンの傍に寄った。

「じゃあ、嫌だったのか」
「嫌でもないですけど…」
「ならいいじゃねェか」

私がしぶしぶと頷くとキャプテンに手を引かれて、その膝に腰をかけた。

「調剤が終わったらおれも行く」
「キャプテンも回診一緒に回るんですか」
「手も口も出す気はねェが…ちょっと内科医が気になる」

何かを考える素振りを見せるキャプテンに私は笑いかけた。

「私も一応、ハートの賞金首なんですから。何かあっても大丈夫です」
「だといいんだがな。お前は良くも悪くも人が良すぎる」
「そうですかね」
「ああ。ここの島では能力は使うな、絶対に」

心配してくれているのが嬉しくて私は自分からキャプテンの唇へキスをした。
頬を優しく撫でてくれて、唇が離れると額をくっつけて笑った。

「キャプテン、大好きです」

キャプテンは何も言ってはくれないけど、言葉の代わりにギュッと抱きしめてくれてキスをしてくれた。
啄む様なキスを何度もして、見つめ合ってからまたキスをして。ちゅっちゅっというリップ音が卑猥に思えて恥ずかしい。
私の唇を割って熱い舌が入ってくると、私も思いを含ませるように絡めた。苦い。ブラックコーヒーの味が口内に広がって、目が覚めそうだ。

幸せな時間はすぐに過ぎてしまって、そろそろ出ないといけない。
名残惜しげにゆっくりと離して、離れる時にキャプテンは抱きしめながら私の唇に甘噛みした。

「…行かせたくねェ」

そんな嬉しすぎる言葉に、まるで甘えてくるようなその仕草にキュンとして、キャプテンにギュッと抱き着いて、膝から降りた。

「キャプテン待ってますね!行ってきます!」















朝のやり取りを思い出してつい、鼻歌を歌いながらナース服に着替える。
少し甘えるようなキャプテンを見たのは初めてだったし、朝にあんなイチャイチャというか…スキンシップを取ってたのも初めてだった。いつもは船上だと、朝は別々だし、一緒に起きてもみんなが居るから密着することもなければ、ゆっくり二人で話す時間も少ない。ここのところ船長室で勉強する時間もなかったし。

更衣室を出ると内科医がソファに座ってコーヒーを啜っていた。

「先生、行きますよ」
「先生っ!いいね!」
「…てめェ行きますよ」
「て!てめェ…!女の子がそんな言い方しないの!」
「海賊ですから」

せっかくのキャプテンとの時間を邪魔したコイツは嫌いだ。
内科医が鞄を持つと、私はその後ろについて診療所を後にした。
舗装された道を進み、町中に入っていくと昨日とは違う人々の診察が始まる。

「おや、先生。今日は女の子連れて」
「看護師のナマエちゃんっていうんだ。可愛いでしょ」
「おやー、先生にもやっと春がきたんだねー」
「そうな」「先生。診察始めて下さい」

こんなやり取りをしにここへ来たのではない。
コミュニケーションを取りたいなら私の居ない時にやってほしい。

診察しながらも話題は変えないようだ。
「冷たい看護師さんだね」「ツンデレなんだ」なんてやり取りを横目に私は聴診しやすいように介助をしたり、血圧を測ったりしていた。
内科医はどの島民からも慕われていて、島民の人は内科医のことを聞いてもいないがたくさん教えてくれた。
過去に看護師が何人も入れ替わり立ち代わり来てたようだが、技術が下手だったり、島の生活に飽きてしまって出て行ってしまったり、遊び癖が酷かったりと色んな人が居たようだ。

その中で少し長い間、看護師として一緒に居た人が居たらしいが、内科医と恋仲になろうとして内科医が出て行かせたと。

「あの子は良い子だったんだけどね…先生が大好きで、君と違っておっとりした感じの癒し系の看護師さんでね」

おっとり癒し系?確かに自分と真逆だ。
どちらにしろ私には関係のないことだ。早くこの島を出たい。
まだよくしゃべるおじいさんに溜息をついて採血を終えた。

「それだけ良く動く口なら心配なさそうですね。口内炎」
「先生、この看護師さん冷たいよ」
「そこがまたいいんだよ。でも、この子の笑顔はいいでしょ?」
「笑ったところを見てないから、分からんよ」

回診に回っている間、特に愛想笑いもしなかった。
変に情が移っても、いずれはこの島を出て海賊として航海する身だ。私はこの島でくすぶっているわけにはいかない。一つなぎの大秘宝をこの目で見て、世界中の色んな病気と治療を知っていくんだから。
私が意気込んでいるところに、内科医が手のひらサイズの小さなケースを渡してきた。

「これ、塗っといてね」
「?これは?」
「炎症を抑える軟膏でね、痛みも抑えてくれる効果もあって」
「先生が調合したんですか?」
「そうだよ。薬草はこれと…」

内科医の説明を受けながら感心してしまう。
流石、島で長年内科医をしているからか内科医の処方する薬は見たことも聞いたこともないようなものばかりだった。
昨日の回診の時もたくさん聞いたが、今日も色々と聞いておこう。
ここでも知識は蓄えておいた方がいいし、内科医の調剤する薬はほとんど副作用を抑えるように出来ている。
持ってきていたメモに書きながら、調剤方法や適応の症状など細かく聞いていく。

すると軟膏を塗り終わったおじいさんが笑った。

「なんだか、今までの子と違うタイプの看護師さんだなぁ」
「そうでしょ?」
「先生。次の訪問行きますよ」





何件も回って、そろそろお昼の時間になり、私たちは診療所に一度戻ることにした。舗装された道を歩きながら、内科医が「ナマエ」と呼んできた。あれ、この人なんで馴れ馴れしく私を名前で呼ぶんだ。まあ、呼び方なんてどうでもいいか。

「お昼ご飯はご馳走するよ、食べに行く?」
「いえ」
「食べないの?」
「食べますけど、貴方とは食べません」
「うーん、僕は君と食べたいんだけどな」

そんなやり取りをしながら診療所のドアを開けて、内科医がピタッと立ち止まると、顔を顰めた。

「…まだ彼女は勤務終了の時間じゃないよ」

内科医の横を通り抜けて中へ入るとソファに腰掛けて昨日と同じ様に医学書を読んでいるキャプテンの姿。
私は嬉しくなって「キャプテン!」と呼んで近寄るとキャプテンは吹き出して笑い出した。こんな笑ってるキャプテン貴重だ!

「薬と昼飯を持ってきた。先に薬を飲め」
「お昼ご飯まで!ありがとうございます!」

「薬?」

私がキャプテンから受け取ると、内科医の声で我に返った。
こんなの飲んだって言ったら昨晩そういうことをしたことがバレバレではないか。
恥ずかしさをすぐに誤魔化すために口を開いた。

「あ、わ、私持病がありまして!」
「くくく、持病ねェ」
「何の病気なんだい」
「奇病なんです。キャプテンの作る薬が必要で」
「明日も飲まねェとな」
「え?!」

ニヤニヤしているキャプテン。
これは完全に遊ばれている。

「あ、お、お茶淹れます。先生も飲みますよね?」
「ありがとう。頼むよ」
「キャプテンも飲みますよね?」
「ああ」

内科医の発言は無視して、キャプテンにも問いかけた。
私はその場に居られず、薬飲むための水を飲みに奥にあるシンクへ向かった。

診療所の奥にある台所に立つとコップに水を注いで、キャプテンからもらった薬を喉に流し込んだ。
ほのかに甘みが広がって、キャプテンが調剤する時に私が飲みやすいように考慮してくれたのだと分かった。後で聞いてみよう。

お茶を淹れながら最後に回ったおじさんの血液データが気になった。炎症が酷くなって来てるし、内服で痛みを緩和させてるけどそれでも痛いはずだ。
後でキャプテンに相談しよう。
内科医はメスが持てないとか言ってた。人の臓器を見ると手が震えてしまうらしい。そういうことならば、ほかの島に患者さんを送るのも仕方ないし、責めることはできない。
それでも、自分に出来ることをやろうと思ってこうして回診してるんだって言う内科医は確かに立派な医者だ。

お茶を淹れるとお茶をいい香りが鼻を抜けて、深く息を吐き出した。
昨日あまり眠れなかったからものすごく眠い。先程、キャプテンが明日も避妊薬を飲ませるって言ってたけどまさか2日連続なわけ無いよね。今日は終わり次第すぐに眠りたい。あ、でもちょっとイチャイチャしたい気もする。

お盆を取り出そうとして、小さなお菓子の袋に白いフワフワのお菓子を見つけた。

「マシュマロだぁ」

思わず声に出して喜び、お盆にお茶とマシュマロを乗せて私は台所を後にした。





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