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キャプテンの挑発ともいえる発言に私は困惑した。
この2日間である程度内科医が医師としてのプライドも高いことは分かってるし、この島で医師をしていることを誇りに思っているのも知っている。
何か言おうと考えていると、キャプテンが私の口にマシュマロを突っ込んできた。
まるで黙ってろと言っているようで、私は大人しくそのマシュマロを口の中で咀嚼して味わうことにした。

内科医はじっくりと考えた後に、机の上にキャプテンが投げたカルテを手に取り見つめる。まだ考えているようだ。

キャプテンの様子を見ると片手で口元を隠しながら欠伸をかみ殺している。なんて暢気な!なんて心の中でツッコんでたら睨まれた。
いつもの帽子は私が被ってるから、キャプテンの眼光が隠れもせず直接見えて、恐ろしさから帽子をキャプテンに被せ返した。
するとまたキャプテンに被らされて、すぐにキャプテンに被せ返そうと腕を伸ばした。
しかし、キャプテンはいきなり避けたせいでバランスを崩した私はキャプテンに乗りかかった。

「大胆だな」
「もう!何なんですか!」

内科医からの溜息が聴こえて我に返った。
そうだ、帽子の被せあい攻防をしている場合じゃなかった。結局私の頭の上にキャプテンの帽子が収まった。

「本当に見せつけてくれるよ」
「見せつけてません!」
「…午後はこの人のとこに行くから付いてきてくれないか」
「物事を頼む人間の態度じゃねェな」

ニヤニヤ笑うキャプテンは両手をソファの背もたれに預けて、内科医の方を見た。
内科医は苦渋に満ちた顔でキャプテンを見て、頭を下げた。

「一緒に見てほしい。お願いします」
「キャプテン…」
「…くくく、分かった」

診療所を出たら内科医の鞄から電伝虫の音が聞こえてきて、内科医は「ちょっとごめんね」と言いながら診療所へ戻って行った。

「キャプテン?」
「…」

診療所をじっと見つめているキャプテンの顔を覗き込んだ。何かを考えているようだった。
私がもう一度キャプテンを呼ぶと、私の頭の上に手を置いて帽子を自分の頭に被せた。

「お前、刀は?」
「更衣室ですけど」
「…ちっ。不用心だな、常備しとけよ」
「いだっ!!す、すいません」

頭頂部に手刀を喰らい、涙目になりながら謝った。確かに内科医に用心しろと言われたのに丸腰は流石にまずかったか。
私は相変わらず鬼哭を肩に担いでるキャプテンにへらっと笑った。

「キャプテンが居ますし」
「能天気な奴」

診療所のドアが開き、内科医が出てきて虫垂炎のおじさんが心配だからと一番に向かうことにした。






酒屋は少し高台にあるため、海を見下ろす事が出来る。
私は遠くの海岸に黄色の潜水艇があるのが見えて、何となく帰りたくなった。ホームシックだろうか。
私の中であの潜水艇が家という感覚になっている事になんだか不思議な気分だ。数ヶ月前はずっと陸で生活をしていたのに。あの船でまた馬鹿騒ぎしたいし、シャチと手合せしたり、ベポとモフモフ抱きつきたい。



内科医に促されて中へ入ると、今日も冷や汗をかいて痛いと訴えるおじさんが店のカウンター席で項垂れていた。
声をかけてすぐに横になってもらい、内科医が腹部を捲り上げて触診する。
腹部を押してすぐにおじさんの顔が痛みに歪み、唸るような声が上がった。昨日よりも腹痛が酷そうだ。

「…すぐに島を渡って手術した方がいいよ」
「島を渡るだあ?!店があんだから無理に決まってんだろ!」
「おじさん!店とかじゃなくてこのままじゃ死にますよ!店やっても死んだら元も子もないです!」

死ぬという言葉におじさんが困惑したようだ。顔を歪めて考えている。
キャプテンは能力でスキャンせずに腹部を触診すると、おじさんは痛そうに唸った。

「腹切らねェと無理だな」
「な!あ、あんたは昨日の海賊の船長さんじゃないか!」
「彼はトラファルガー・ロー。外科医なんだ」

そう言うと内科医は鞄から1枚の手配書を差し出した。

「い、一億…七千…」
「うん、後こっちも」

今度は私の手配書だ。内科医は何のために見せてるのだろうか。こんなの見せてそれこそ私たちの治療を受けてもらえなくなるのでは?

「実はこの子、臨時の看護師さんで4日間だけこの船長さんに借りてるんだ。あと3日だね」

そう言うと内科医はニッコリと気持ち悪い笑みを浮かべて立ち上がった。

「でも、時間稼ぎはもう必要ないみたい。予想以上に早かったよ」

プルプルプルとキャプテンの電伝虫が鳴り出した。それと同時に私も頭で警笛が鳴った気がした。

『キャプテン!すぐ船に戻ってきてくれ!海軍が大量に向かってきてる!』

私はすぐに窓から外を確認しようとしたらキャプテンに腕を掴まれた。それと同時に内科医が愉快そうに笑い出す。

「イルカ君を見つけた時に連絡しといたんだ」

慌てることなく冷静にペンギンさんと話すキャプテンに私は焦るばかりだ。

「ペンギン、全員揃ってるな」
『今朝、キャプテンに言われた通りすぐに物資を補充をして全員集めておきましたけど』
「すぐに潜水しろ。おれから連絡するまで潜水して待機だ」
『ナマエは?!』
「一緒に居る。連絡するまで絶対に浮上するなよ」
『…気をつけてくださいよ』

キャプテンは電伝虫を切ると、私の腕を引き寄せて抱きかかえた。

「僕の傍に居れば、彼女は匿える。ああ、安心して。海軍に引き渡すのはトラファルガーだけだ。あと、この人はこれから海軍の軍医が見てくれるから大丈夫だよ」

酒屋のおじさんは大丈夫そうだ。
でも、このままでは私たちは捕まってしまう。

今日の朝って…調剤しながらペンギンに指示してたの?この人が通報したなんていつから分かってたの?
聞きたいことは山ほどあるが、今は逃げることだけを考えた方がいいみたいだ。

私を抱く力が強くなり、ROOMを展開させるとすぐに景色が変わる。

「診療所行ってまずは武器を取りに行くぞ」
「すいません…」

ほんと能天気だった!こんなことならあの時に診療所戻って持ってくるんだった。
後悔してももう遅い。
キャプテンに下ろして貰おうとしたが、息を少し切らせたキャプテンが私を肩に担いだ。
長身のキャプテンが担いでくれているおかげで、海の景色も一望出来る。

「てめェは体力を残しとけ。海軍の船の位置は」
「1.2.3…目視できるもので6隻!」
「ちっ…多いな」

私たちの船は砲撃から逃げて潜水した自船に安堵して、海軍に目を戻した。
あれは…

「一隻すでに海岸に着いてます…あれは…お父さんの船…」
「はあ?!」
「いつから着いてたんだろ…どうしましょう…キャプテン…」
「…」

この状況はどうしたらいいんだろう。
私の心臓は五月蠅いぐらい鼓動を早めて、冷や汗が全身から噴き出るようだった。
内科医が海軍に通じていたなんて全く気が付かなかった。
悔しい。ものすごく悔しい。

「あいつは海軍だ。じゃなきゃつなぎを見ただけでハートだと気づきやしない。あいつ一人じゃどうとでもなると思ってたし、4日っつーのは応援が到着するのがそのぐらいだと思っていたが…こんな早いとは思わなかった」
「そうだったんですか…」

診療所の前へ着くと海軍の姿は見えないし、ここへ来る前も海軍の姿はなかった。
キャプテンがROOMと呟くと私を抱きかかえて中へ侵入した。
床に足を着けた瞬間に腕を引っ張られ、キャプテンが私に手を伸ばした瞬間にシャラッと鎖の音と腕に重み、力の抜ける感覚がした。

「待っていたよ」

私とキャプテンの間には鎖、お互いの片手には手錠があって私たちを繋いでいた。
声のした私のもう一方の腕を掴んでいる男を見上げた。

「お父さん…」

正義のコートを肩にかけて、私の刀を握りしめている父の姿があった。





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