16





ただいま、絶賛猛暑中。
不安定な海域、不安定な気候。

お父さんの駐屯地がある島までは少し時間がかかる様で、かなり不安定な気候だと今日の朝ペンギンさんが食堂でみんなに伝えていた。
本当にその通りで、昼ごろになると気温がかなり上がり、私も含めてみんながつなぎの上を脱いで、腰に巻きつけていた。
暑さに耐えかねて、私以外のみんなは全員が上半身裸になっていた。男、羨ましい。

こうしてみると、みんないろんなところに刺青をいれていた。
私も刺青いれようかな…。

そんなことを思いながら、洗い終わったシーツをシャチとウニさんと一緒に干していく。
こんな気温で照りつける太陽があって、すぐに乾きそうだ。

「しっかし、ほんとあちーな。脱いでいいんだぞナマエ」
「これ以上脱いだら下着になっちゃうよ」

さすがに下着にはなれなかったが、私は下着の上にタンクトップを着ているから充分暑さをしのげている。
まあ、確かに水着とかになってもいいぐらいの暑さだ。

「水着にでも着替えようかな」
「おお!」
「泳げないのに水着持ってんのか?」

ウニさんが首を傾げて聞いてきた。
確かに能力者である私は水着を持っている意味はない。けど、砂浜に居れば水着を着たくなる。要は気分だ。

「気分が違うんですよ。水着を着ればみんなと一緒に海で遊んでる気分になれるじゃないですか」
「俺らの目の保養にもなるな!」
「そんな目で私を見ないで、穢れる」
「処女かよ!」
「処女じゃないし」
「じゃあ穢れてんじゃん」
「シャチの基準きもい」
「確かにキモい」
「ウニまで!」

引いた視線を送りながら、ふと空を見上げると見張り台で当番をしているイルカさんがふらふらしているのに気が付いた。
不審に思い、声をかけようとしたらドサッと倒れた。

「シャチ!イルカさんが倒れた!!」
「はあ?!」
「ウニさん見張り代わって、シャチ一緒に見張り小屋から下ろすの手伝って!」

「“ROOM”―シャンブルズ」

見覚えのあるサークルが見張り台を包んで、私の体が光ったと思ったら隣に居たウニさんが消えた。
代わりにイルカさんがドサッと倒れて、「うお!」と声をあげるシャチを無視してイルカさんに駆け寄った。
声をかけても朦朧としているし、唇はかさかさ、体が熱い…熱あるし、腕を少しつまむと戻りが遅い…ツルゴールだ。しかも、こんな熱と気温なのに汗をかいていない!

「医務室連れて行くぞ」
「キャプテン!恐らく脱水症です!」
「すぐに輸液する、点滴の準備をしろ。おれがルートを取っておく。シャチ、甲板に居る仲間に水分摂取させとけ」
「りょーかい!」

そう言うとすぐに視界が変わり、医務室になった。
キャプテンは能力を解除すると針を準備し、私はすぐに点滴の準備をした。
針を刺してルートを確保したキャプテンに、指示された内容の準備した点滴を渡しすぐに接続した。
聴診器を持ってきて渡すと、布団を捲ってイルカさんの胸部を出す。
点滴と反対側で血圧と脈拍も測っておく。数値をキャプテンに報告し、少しほっとした。
思っていたよりも血圧は下がっていない。

「ペンギン。こいつは昨日の夜、酒飲んだか」
「浴びるように飲んでました」

いつの間に入ってきていたペンギンさんに私は驚いた。
全然気が付かなかった。

「今日の朝方、かなり吐いてたって他のクルーから話しを聞きました」
「…痙攣起きなかっただけマシだな」

ふうっと息をつくとドタドタと複数の足音が聞こえて、キャプテンの眉間に皺が寄った。
大きな音を立ててドアが開かれると、シャチと甲板に居た仲間たちが押し寄せてきた。

「大丈夫ですか?!」
「おれの血を分けてやってくれ!」
「おれもそいつと同じ血液型だ!!」
「脱水に輸血は必要ねェよ」
「…脱水?」

キャプテンの言葉にざわざわと「驚かせんなよー」とか笑いだした。

「脱水もバカに出来ませんよ。死んじゃうことだってあるんですから」

私がそういうと仲間たちは驚いたように顔を見合わせた。
一斉にキャプテンを見だすと、キャプテンが黙って頷いてみんなの顔から笑顔が消えた。

「あ、でも、とりあえずは死にませんよ!ほっといたらって意味で…」
「お前スゲェな!」
「え?」
「処置も初期診断も完璧でしたね、キャプテン」

イルカさんを助けなきゃという気持ちが率先して体が勝手に動いたもんだけど、それよりも。
キャプテンの素早い指示と処置のおかげだと思う。
脱水を起こした人の血管を探すのは至難の業だと思うし、あんな迷いもなく一発で刺すなんて私には無理だ。
注射やルート確保は結構得意だと思うけど、やはり医師には敵わない。
それも、医師の中でもキャプテンの腕は間違いなくいい。

「あ、れ?キャプテン?ここ…医務室?」
「テメェは見張り中にぶっ倒れたんだよ。脱水なんておれの船でおこしやがって」
「確かに医者の乗ってる船で脱水で死ぬとか笑いもんになりますよ」

私があははと笑いながら言うと、イルカさんの顔色も悪くなった。
しまった、失言だったな。すいませんね、イルカさん。
キャプテンの顔が凶悪なため、恐怖を感じたのかキャプテンを見れず視線を私に送ってきた。

「あー…あとは看護師である私に任せてみなさんは持ち場に戻ってくださいねー」
「頼んだぞー、ナマエ」
「看護婦さんを口説いたり、セクハラしたりすんなよイルカー」

騒ぎながら安心してくれたのかシャチ達は憎まれ口を叩きながら退出していった。
この場にはベッドサイドの椅子に腰かけているキャプテンとその後ろにいるペンギンさん、反対側のベッドサイドに立っている私だけになった。

「キャプテン、点滴は何本ぐらい入れます?」
「3本ぐらいやっとけ。イルカ、二日酔いで朝方吐いたんだろ」
「はい…」
「吐き気はまだあんのか」
「ちょっとあります…」
「チッ。ナマエ、吐き気止めでも飲ませとけ」
「了解です、キャプテン」

吐き気止めのストックがあったはず。
薬品棚を開けて薬を取り出すと、背後からキャプテンが手を伸ばしてきた。

「二日酔いにはこっちにしとけ」
「そっちですか」
「こっちにはアルコール分解を進める作用も入ってるから」
「なるほど」

アルコールをさっさと抜く、確かにそれの方が早めに楽になるだろう。
せっかく水分を入れても嘔吐したら水分は抜けていってしまうし、いたちごっこだ。

キャプテンから薬を受け取ってコップに水を入れてイルカさんに差し出す。

「イルカさん、少し起きて飲めます?支えましょうか?」
「わりいな…たのむ……いた!!」
「さっさと自分で起きて飲め」

私が支えるより早く、イルカさんの頭部をキャプテンがひっぱたいた。
病人に手を上げるなんて恐ろしい医者だ。
しかし、イルカさんは軽々と体を起こして薬と水を飲みこんだ。

「あー…気持ちわりー」
「さっさと寝ろ」
「あ、私の能力で寝かせてあげましょうか?キャプテンのルームがあれば…」
「必要ねェ。さっさと寝ろ」

うん、やっぱりキャプテンだ。医者といえども死の外科医だ。
イルカさんは涙目で「はい」と返事をすると横になった。

トイレって尿器でも置いといたほうが…と思い視線を物品棚の方に向けた。
しかし、その瞬間にバシッと後頭部を叩かれて、私も涙目でキャプテンを見上げた。

「トイレぐらい自分で行かせろ」
「だってたぶんフラフラで危ないですし…」
「ここは病院じゃねェんだ。転んだぐらいで騒ぐやつは居ないだろ」

あ、確かにそれもそうか。
しかも、イルカさんは高齢者でもないんだ。
転んだぐらいで骨折ったりしないか。

ずっと黙ってやり取りを見ていたペンギンさんが笑い出した。

「なんつーか…献身的ですね」
「…馬鹿みてェにお人よしなだけだろ」

馬鹿とはなんだ!
キャプテンを少し睨んで、「あ?」と睨まれ返されたため、「い、いえ」と視線を外した。
ダメだ。威圧感に勝てない。

氷枕を作って、イルカさんの頭部に置いて顔色を観察したが、すでにイルカさんは深い眠りについているようだった。
ペンギンさんが退出すると、私はまだ残ってるキャプテンに首を傾げた。

「ここは私が居るのでキャプテンも戻っていいですよ?」
「…お前もそろそろ飯だろ」

キャプテンに言われて気が付いた。もう昼食の時間だ。
でも、点滴の交換もあるし、私は食事をここに持ってきて食べようと思っているし、何よりここは私の部屋のようなもんだ。
医務室はベッドが二つ。
一つは今夜、イルカさんが使うから隣りで私が寝る予定。

視線を隣りのベッドに移すとキャプテンが私の顎を掴んで目を合わせてきた。

「今夜はここで寝んなよ」
「え?ここで寝ますよ。点滴の交換もありますし、まだ熱のあるイルカさんの様子も気になります。そもそも他に寝る場所ありませんし」
「おれの部屋で寝ればいいだろ」
「な!何言ってるんですか!」

イルカさんをちらりと見て声を潜めて訴えた。

「病院でも当直はありますし、今夜は寝ない予定だったのでここでいいんです!」
「馬鹿いうな。さっきも言ったけどな、ここは病院じゃねェんだ。付き添いなんざ必要ねェよ。手術後だったらともかく、脱水後の様子観察でつきっきりになる必要性はねェ」
「いや、まあ、そうですけど…でも、熱が下がるまでは私も気になって眠れませんよ!」
「お前も頑固だな…」

睨みを利かせるキャプテンに負けじと私もキャプテンを睨んだ。






-16-


prev
next


- ナノ -