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間一髪のところで能力で逃げることが出来た。
身代わりの人間に心の中で謝罪をし、苦しそうに叫びながらおれの名前を呼んでいる声にぐっと歯を食いしばる。

悪ィ…ナマエ…。

どうか生きることに諦めずにいてくれるだろうか。
おれが死んだと思って自暴自棄になっていないことを祈ることしかできない。

いや、アイツはそんな弱い女ではない。きっとおれの鼓動を確かめて、確証を得てからじゃないと死のうなんて思わないはず。

目を閉じて怪我のせいで全身の血流が勢いを増しているのか、鼓動もかなり早い。

銃声が鳴りやんで、ドフラミンゴの声がナマエに向かったのを確認してから元の位置へ戻る。
麦わら屋がおれの姿を見て死んだのだと思い込み、怒りながらドフラミンゴに立ち向かおうとするところにすかさず声を顰めて呼び止めた。

「待て、おれは生きてる。麦わら屋」
「?!!」
「振り向くな…おれに作戦がある」

ドフラミンゴの様子からおれのことには一切気が付いていないと思われる。
おれの考えている作戦を麦わら屋に伝え、おれはその時を待った。
未だに体力の低下を感じずに、大きく能力を展開できているのはナマエの意識がまだあるということ。
目で確認せずともこうして生存を確認出来るのは本当に都合がいい。
つくづく、あいつがケアケアの実の能力者で良かったと実感した。

「フッフッフッ、麦わら。お前が来ないなら先にナマエの処刑から始めようか。さぞ絶望しているだろうからいい処刑になんだろうなァ…」
「絶望?するわけないでしょ。私はキャプテンの代わりにあんたをブッ飛ばしてやるまでは絶望なんてしないから!」

その言葉を聞いて、思わずおれの目元が熱くなった。
おれが思っていたよりもずっと強く、逞しく、優しい彼女の言葉はどんな薬よりもおれに効く。
見なくても分かりきっているが、ドフラミンゴは恐らく再び米神に血管を浮かべながら苛立ちを感じているだろう。

ドフラミンゴ。てめェが思っているよりも、おれとナマエの絆は強い。
それと、ナマエはてめェが思っているような弱い女ではないことは確かだ。

ドフラミンゴの思い描く流れからどんどん逸れているのが分かって、気持が昂揚する。
後は麦わら屋に任せるだけ。

「ミンゴ!お前の相手はおれだ!ゴムゴムのー…」

駆け寄って攻撃を仕掛けに行った麦わら屋を横目にその時を待った。
そう、全てはこの時のために。

「フフフ…お前らは面白いぐらいに諦めって言葉を知らねェなァ…」

ドフラミンゴの余裕を持った笑い声が聞こえてきて、それをぶっ壊すためにいつものように呟いた。

「“シャンブルズ”」
「?!!ロー!!」

ドフラミンゴの前にやってきたおれは片手に能力を集中させる。
死んだと思っていたおれが姿を現して、ドフラミンゴが驚愕の表情に変わった。

「消えるのはお前だ、ドフラミンゴ」

片手に集中させた能力を、逃れようもないドフラミンゴに向って突き刺す。

「このオペはお前を体内から破壊させる」

体内から組織を破壊させる能力。
ナマエの能力である、血管の水分量を増やして内部から破裂させるあの能力から考え付いた技だ。

この瞬間、この時をずっとずっと待っていた。

「“ガンマナイフ”!!!」

初めて聞いたドフラミンゴの苦しそうな叫び声が辺りに響き渡った。

この技が決まれば、もうコイツは生きられやしないだろう。
今頃内臓は破壊された後で、ナマエの能力でない限りはどんなことをしても修復は不可能。

「なぜ生きてるてめェー!なぜROOMもねェのにオペオペの攻撃を?!」

トレーボルが慌ててナマエから離れてドフラミンゴの方へ駆け寄る。
自由になったナマエは苦しそうに咳き込んではいるが、無事なようだ。
解放されたナマエの体は光っていて、おれのROOM内である証拠が顕わになる。
トレーボルが隠していてくれたおかげで見つからず気付かれず、助かった。

「ここはROOMの中だ。多少命を削るが…目の届かねェほどの大きなROOMをずっと張り続けていた」
「何をー!!」
「トレーボル…お前がナマエの体を隠していてくれたおかげで助かったよ」

口角を上げて挑発するように言えば、トレーボルはハッとなってナマエの姿を振り返って確認する。
今確認してももう遅い。ドフラミンゴにこの技を食らわせることができたのだから。

「この瞬間。この一撃のために」

ガクッと膝をつくドフラミンゴにトレーボルが喝を入れるかのように声を荒げた。

「ドフィ!王たる者、これ以上ヒザをつくなー!!」

がしっとおれの頭を掴み、吐血しながらドフラミンゴがおれを睨みつけてくる。
だが、仮にここでおれを殺したとしても、お前はもう生きられやしない。
おれがお前に繰り出した技は、お前のあらゆる臓器も血管も破壊したはずだ。

「やってくれたな…ゲホッ…ロォーー!!」
「“ゴムゴムのJETスタンプ!”」

頭を掴んでいた手が離れ、麦わら屋の技によってドフラミンゴの体は吹き飛ばされた。
トレーボルの叫び声が響き渡り、おれの体が崩れる前にナマエが支える。
ドフラミンゴの唸り声が聞こえ、まだ息があるのを確認すると麦わら屋が追い打ちをかけようとし、すぐに声をかけた。

「待て!麦わら屋!あいつだけは…っ」
「大丈夫なのか?!」

一人で立つこともままならず、ナマエに体を支えてもらっている状態だがそのナマエが居るお蔭でトドメを刺すための体力はありそうだ。

「悪ィな…」
「キャプテン、終わらせましょう」

ナマエの言葉に頷き、体を離すとゆっくりとドフラミンゴへ近づく。

おれの頭の中にはコラさんの最後の笑顔と「愛してる」という言葉が浮かんでは、目元が熱くなる。
あの日からおれはこの時のために多くの技術と知識を蓄えて、この時のために生きてきたのだ。

ドフラミンゴの体を包むくらいのROOMを広げ、おれは更に近づいた。

「ドフラミンゴ。お前はもう助からねェ…“ガンマナイフ”は外傷なく内臓を破壊する」
「ウ…」

苦しそうに唸るしか出来ないドフラミンゴと目を合わせる。
血液を吐き出しているのは内臓から出血している証拠。内臓を損傷し、助かるのはすぐにオペをするか治癒能力を持っている者だけ。

「医者が言うんだ間違いない…」
「ロー!!」

後ろからトレーボルがおれの名前を叫ぶ声が聞こえたが、すぐに「邪魔すんな!」という麦わら屋の声と共に瓦礫にふっとばされる音が聞こえてきた。
目の前のドフラミンゴが苦しそうな呼吸をしているが、おれ自身もだいぶ呼吸は早い。
失われた腕からは止血しきれず血液がポタポタと地面に落ちて、真っ赤な跡をつくっていく。

「てめェに都合のいい集団をお前はファミリーと呼び!お前の暴走を止めようとした実の弟コラさんを射殺した…」
「…ああ…裏切られ…残念だった…おれに銃口を向けるとは…」
「コラさんが引鉄を引かないことをお前は知っていた…」

おれの指先からバチっと音を鳴らし、電流が流れ出た。
人間の体にはわずかながらに電流が流れているのだが、おれはその電流を悪魔の実で引き出し、相手にショックを与える。

会話をすればするほど憎しみと苛立ちは増えるばかりだというのに、そんなおれをあざ笑うかのようにドフラミンゴは笑みを零し始めた。

「フフ…」
「おれなら引けた!」
「フッフッフ…だろうな…ゲホッ…。お前は…おれと同類だ」
「…ああ、それで結構だ」

挑発に乗らないよう冷静に返答した。
最後まで気を抜くことは出来ない。

「あの日…死ぬべきなのはお前だった!」
「…お前の聞きてェセリフを言ってやろうか?ロー…おれにとってコラソンは足手まといで目障りだった…あの日ぶち殺してせいせい」
「“カウンターショック”!」

ドフラミンゴの口から、そのセリフを遮るように電気ショックを与える。
頭の血管が切れそうなぐらい苛立ち、限界を超えたかのようにおれは能力を出し切り、叫びながら憎しみをぶつけた。

「くたばれ悪魔野郎!!」

とどめを刺すつもりでおれの全てを出し切る。
静かになったところでおれは地面に倒れ込んだ。

酸素も血液も足りないのか、呼吸が苦しい。
全身の痛みは激しくなり、血流不足を補うかのように心臓が鼓動を速めた。

「キャプテンっ、今治療を―」

駆け寄ってくるナマエに顔を向けた瞬間、おれのすぐそばから銃声が鳴り響いた。
ナマエがおれを見ながら胸を押さえ、地面に倒れ込む。
夢でも見ているのかと思いたくなるぐらい、信じられなくて、頭が真っ白だ。

「ナマエーー!!」

麦わら屋の声で我に返った。
傍へ駆け寄りたいというのにおれの体は限界を迎えているのか、立ち上がる事も起き上がる事ですら出来ない。
必死に呼吸をしながら倒れ込んだナマエを見つめていたが、すぐ傍で奴が立ち上がる気配を感じ息を飲んだ。

「さすがだ!我らが王!!」
「時間さえくれりゃあ…おれは自分で応急処置できる。おれの体内では今…“糸”による内臓の修復作業が進んでいる…」
「何だと?!」
「回復とは違うがな…」

奥歯をギリッと鳴らし、悔しさとナマエの状態を調べたいのとで感情がゴチャゴチャだ。
せめておれにもっと力があれば、と後悔ばかりが募る。

「お前とナマエの能力の繋がりは確かにやっかいだ…。こうして繋がりを切っちまえば…小僧ごときにこのおれがやられるわけがねェ…」
「くっ!」
「自爆ご苦労!息の根ぐらい止めてやるよ!!」
「くそォ!!」

あと一歩のところだった。
きっとあと一歩、自分の力が足りなかったのだと、悔しさで目頭が熱くなる。
残されたおれの片手で顔を覆い、流れ出る涙を堪えることは出来なかった。



コラさん、おれには無理だったよ。
命を張って、おれを助けてくれたのに…コラさんの想いに応えることは出来なかった。
それにおれを愛してくれて、おれも心の底から愛している女をあんな姿にしてしまった。もし、最後に我儘を言えるのなら…どうか、彼女だけは生き延びて欲しい。






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