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キャプテンの激しい怒りとともにカウンターショックがドフラミンゴに当たり、辺りはバリバリと電気音が鳴り響いた。
それはまるでキャプテンの怒りや憎しみのようにも見えて、同調するかのように私も怒りが込み上げてきて体が震える。

こんなに怒り、人を憎いと思ったのは初めてだ。
キャプテンのことがなかったにしろ、ドフラミンゴの人格はあまりにも曲がりすぎていて、到底好きにはなれなかっただろう。それぐらい、残虐的で破壊的な男。

電気音が鳴り終わり、倒れ込んだキャプテンに能力を使って治療をしようと声をかけながら一歩足を踏み出したときだった。

「えっ…」

銃声が鳴り響き、自分の状況を理解する前に激しい痛みと呼吸困難に襲われる。
地面に倒れ込んだところで必死に呼吸をしながら、患部を強く押さえた。

キャプテンの決死の攻撃を受けたドフラミンゴが撃ち込んだ鉛玉は、私の左鎖骨下辺りに見事命中した。
だが、幸いなことに鉛玉は体内に留まらず貫通してくれているらしい。
自分を診察しながら頭をフル回転させる。

恐らく肺が損傷しているからこんな呼吸が苦しいのだろう。
こうして意識があり、自分の鼓動を感じられるのだから心臓は無傷。本当に助かった。

後は自分の能力の回復力に頼るしかない。

体はピクリとも動けず、ドフラミンゴやルフィ君の声だけが耳に入ってくる。
キャプテンの悔しそうな声が私の心を締め付け、ボロボロと涙が零れ落ちた。

頭を上げることが出来ず、今のキャプテンの状況を確認することは出来ない。
それどころか出血量が多すぎたのか目の前が霞んできて、耳鳴りまでする。
周囲の音が徐々に聞こえなくなってきた。

駄目だ。
眠っちゃ駄目だ。

自己暗示のようにそう言っているつもりでも、自分の口からはヒューヒューと空気の抜ける音しか出てこない。
自分の鼓動だけがドクンドクンと嫌にハッキリと伝わって、私の意識は徐々に落ちていった。





「ニコ屋…ナマエを頼む」
「ええ。もちろんよ」

全身の激しい痛みと共に意識が浮上してきた時には、私はロビンさんの腕の中だった。
どうやら意識を手放したおかげで、ある程度私の体力は回復してくれたらしい。
痛みを堪えながらゆっくりと首を動かして周囲を見渡し、すぐに状況を把握した。

ロビンさんは私を横抱きに抱えたまま、キャプテンから離れていく。
自分の船長が治療の必要な状態だというのに、私だけ蚊帳の外なんてごめんだ。
それに今、キャプテンの傍を離れてはいけない気がする。

「げほっ!待って!止まって!」
「!意識が戻ったのね!」
「ロビンさん下ろして!キャプテンの傍に居させて!」

縋り付くよう力の入りづらい手を動かし、ロビンさんの肩を掴んだ。
声を出すたびに口内に血液の味が広がり、ヒューヒューと気道が狭窄している音が聞こえてくる。
それでも必死にロビンさんに目で訴えた。

「お願いっ!」
「…」
「ロビン!」

徐々に手に力が入るようになり、ロビンさんの肩から手を離し力強く胸倉を掴んだ。
もうなりふり構ってられない。もしここでキャプテンと離れて、キャプテン一人に何かあれば私は死んでも死にきれない。

私の想いが通じたのか、ロビンさんは溜息をついて私を降ろした。

「ありがとう…私だけでキャプテンのところに戻るから、ロビンさんたちは行って」
「分かったわ。気を付けて」

本当は立っているのもやっとの状態だが、少しでも弱い所を見せれば連れてかれそうだと、気丈に振る舞いながらロビンさんを見送る。
その姿が見えなくなったところで私は一度地面に座り込んだ。
呼吸は苦しいが肩を見れば銃弾を受けた傷は塞がっている。自分の悪魔の実に感謝だ。
他にも負傷している部位はたくさんあるが、今治療している場合ではない。

奥歯を噛みしめ、痛みと息苦しさを堪えながら私は元の道を戻っていく。
そんなに離れたわけではないのに、やはり負傷した私の体では少し時間がかかった。
急ぎたくとも走ればすぐに咳き込んで、口から血液が出てくるのだから迂闊に走ることも出来やしない。

もどかしさを感じながら漸くキャプテンの姿が見えると、私は思わず声を上げた。

「キャプテン!」
「っ?!ナマエ?!」

大きく目を見開いて私の姿に驚き、すぐに顔を顰めて私を鋭い眼光で睨みつける。

言いたいことは分かる。
今すぐ安全なところへ戻れ。そう目で訴えて来ているのが言われなくとも伝わってくる。

いつもだったらこの目をされれば大人しくするのだが、今はそんな状況ではない。
地面に倒れ込んでいるキャプテンの隣にはキャベツ王子が座っていて、どういう経緯でそうなったのか分からないが、キャプテンの切り落とされた腕がくっついている。

私は咳き込みながらも駆け寄り、キャプテンの左胸へ顔を押し付けた。
頬に伝わる一定のリズムを刻む鼓動が私を安心させ、堪えていた涙がボロボロと零れ落ちていく。

怒ろうとしていたキャプテンも、さすがに私がボロボロと泣きじゃくるものだから諦めてくれたらしい。
深い溜息をついた後、切断された手とは反対の腕で私の頭を抱き締めてくれた。
その手は俄かに震えていて、きっと腕を持ち上げるのもキツイのに私を落ち着かせるかのように置かれた手に、キャプテンの優しさを感じる。

「無事で良かった…」

ポツリと小さな声で呟いたキャプテンの言葉はしっかりと私の耳に入って来た。
こっちのセリフですと言ってやりたかったのに、キャプテンの声を聞いただけでも更に涙が溢れ出てくる。

しばらくそのまま泣き続けていたが、瓦礫の崩れる激しい物音で顔を上げた。
何かが吹っ飛んでいき、それを追う真っ黒い大きく丸い体の人物。

「ルフィ君っ」
「!!なんて変わり様だ…!」

黙って見ていたキャベツ王子も、私と同じ様に驚いた声をあげる。

ルフィ君とはパンクハザードから一緒に過ごしてその戦いを見てきたが、あの姿は初めて見た。
能力も覇気も最大限に活用しているであろうその姿は、とても逞しくて強そうだ。

やはりルフィ君なら本当に全てを終わらせてくれる。
不思議とそんな希望が湧いてくるぐらい、次から次へと予想外の事をしでかす。
どうしてだろう。なぜだか彼を信じてみたくなる。

「見たか?!あれが麦わらか?!すごい強さだ!」
「まだ奥の手があったのか…。だが、覇気を使いすぎてる…」
「覇気を…?」

確かにあれだけ能力も覇気も酷使していては、いずれ体力が切れるだろう。
どんなリスクがあるのかは分からないが、今の私にはどうすることも出来ない。
ただひたすら、ルフィ君の勝利を祈って、信じるしかないのだから。

戦いの最中、街中で悲鳴や泣き声が聞こえてくる。
本当にまるで地獄のようだ。
ドフラミンゴが作り出した鳥かごは徐々に迫ってきており、ありとあらゆるものを切り裂いていく。
街へ降りて助けに行きたいが、この身体では助けるどころか足手纏いになるだろう。

歯痒い気持ちを堪えるように手に力を入れて、唇を噛み締めた。
力が入り過ぎてて手が震える。
今こそ自分の能力でたくさんの人を救えるかもしれないのに。

「…っ!」

震える私の手にキャプテンの手がそっと置かれて、視線をキャプテンへ持っていった。
何も言わず、じっとルフィ君とドフラミンゴの戦いを見つめている。

そうだ。
誰よりも悔しく歯痒い気持ちになっているのは私ではなく、キャプテンだろう。
キャプテンを支えなくてはいけないのに、これじゃ支えられてばかりだ。

私は首を振ってキャプテンの手を握り返し、ルフィ君を見上げた。

「え?!なに?!建物がっ!」
「何だあれは!」
「…覚醒だ。悪魔の実の能力は能力者の力があれば…稀に能力の覚醒がある…おれも初めて見る」

建物が次々と糸となり、ルフィ君を襲う。
超人系パラミシアの筈なのに、まるでロギアのようだ。
目の前の戦闘があまりに私の想像を遥かに超えて、別次元に思える。
キャプテンの戦いの時にも思ったが、私には土俵が違い過ぎたのだと痛感させられた。

時間もなく、ルフィ君は頑張ってくれているが相手が相手だ。
死を覚悟するのはもう何度目だろうか。
唯一の救いはこうしてキャプテンの横に居られることだけ。

「…?」

激しい戦いの中、国中に聞こえてきた放送に私たちは耳をすませる。
どうやらここの国の本当の国王が話しているらしい。
その話は私の心に響き…いや、国中の人間に今、響いているだろう。
自然と口を閉ざしてその声に耳を傾け、消えかけていた闘志が再び燃え上がるのを感じる。

『希望はあるのだ!どうか諦めないでくれ!!』

国王の大きな訴えは国民を動かし、私の心も動かした。

諦めない。
そうだ。ルフィ君ならきっとやり遂げてくれる。勝てる。






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