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私もキャプテンに応戦しようと駆け出そうとすれば、足元を何かに掴まれてその勢いのまま膝をついた。
足元を確認すれば粘ついたまるで…そう…鼻水のようなものがかけられている。

気持ち悪い。最悪だ。

「べへへへ…お前の相手はこのおれだ!」
「鼻水ジジイっ!」

刀を構えてべとべとと纏わりつく粘液を切り裂く。
何度切り裂いても厄介な粘液は私の手足に纏わりつき、不愉快な感触が私を支配する。
駄目だ。せめてコイツを何とかした後にキャプテンを助けに行かなくては。

キャプテンをちらっと見ればトレーボルも二人の方を見て慌てて声を上げる。

「おいおいドフィ!気をつけろ!ローの能力圏内だっ!うお!」
「よそ見してる場合?私の相手をしてくれるんでしょう?」

体幹を狙って刀を振り下ろしたのに、私の攻撃はトレーボルの肩を切り裂くだけですぐに再生し出す。
先ほどから覇気を纏って攻撃を繰り返しているというのに全く効果がない。

何度も攻撃をしてもぶにぶにと動き回られ、私の体力ばかりが削られる。

「っとに!腹立つ!」
「鼻でるわー!お前の攻撃なんか食らうか!」
「ならキャプテンの攻撃ならいけるわね」
「はああ?」
「“カウンターショック”!」

手元がバリバリと電気を走らせてトレーボルに食らわせると、油断していたトレーボルに直撃する。
やっと攻撃が当たったが、今のでかなり能力を使ってしまった。
体力が削られて蓄積された怪我の痛みがズキズキと思い出したかのように痛み出す。

呼吸が苦しいままで短く荒い呼吸を繰り返しながら、倒れ込んだトレーボルを確認する。
どうやら意識を失ってくれたらしい。
膝をついて上を見上げればキャプテンの腕を掴んでいるドフラミンゴが見えた。

「キャプテンっ!」

ドフラミンゴが何を始めるのか知らないが、私の頭の中で激しく警告が鳴り響くのを感じた。
心臓が痛いぐらいに速まって、どうにかしてドフラミンゴへ攻撃をしようと刀をぐっと構えた瞬間。

「っ!」
「よそ見はダメだってお前が言っただろー!」

気絶したと思い込んでいたトレーボルのべとべとする粘液が体に纏わりつき、地面に座り込んだまま固定された。

「トレーボル。そのまま押さえておいてやれ。ローがどうなるのか…しっかりと目に焼き付けさせろ」
「キャプテン!!キャプテンっ!」

ドフラミンゴの命令に従って、トレーボルは私の体全体を覆うようにべとべとの体を纏わりつかせて固定すると私は指先一つも動かせなくなった。
必死に抵抗しているキャプテンをまるでオモチャの様に軽々と固定し、ドフラミンゴはキャプテンと共にすごい速度で落ちてくる。

「ぐわァアア!!」
「べへー!やりやがったー!べっへへへ!糸ノコ糸ノコー!」

呼吸が止まったのかと思うぐらい息苦しいのに、涙がボロボロと落ちていく。
滲んだ視界の先にはキャプテンの千切れた腕と広がっていく血液の水たまり。

痛むキャプテンの叫び声が遠くで聞こえているかのように耳鳴りがする。
喉がカラカラして呼吸をするたびにひゅーひゅーと音が聞こえて、まるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃をくらったかのようにクラクラした。
目の前の光景が信じられなくて、瞬きを繰り返すほど涙がべとべとの粘液に流れを作っていく。

「べーっへへへ!んねー、見てた?見てる?ローの腕」
「煩い!黙って!!」
「自分の船長の腕転がったよー?んねー」

奥歯を噛みしめてトレーボルを睨みつけた。
なのに黙りもしないし、本当に私の体をがっしり固定するだけで攻撃もしてこない。
まるで地獄のような状態に、どうにかして這い出ようと必死に体を動かす。

銃口を向けられている片腕を失ったキャプテンの傍へ今すぐにでも駆け寄って能力を使いたい。

キャプテンは医者だ。
その医者が利き腕を失くすということは二度とメスを握れなくなる。
ドフラミンゴはキャプテンから大切な人を奪っただけでなく、未来まで奪ったというのか。

「“ジェットガトリング”!」

ルフィ君の声と共に地下から何かが飛び出してきた。
バラバラになったドフラミンゴの体を見てトレーボルが笑い出す。

どうやらルフィ君のほうにあったドフラミンゴの影の方をルフィ君が吹っ飛ばしたらしい。何がおかしいのか、やっぱりコイツらは狂っている。

ドフラミンゴの攻撃の手は止めず、キャプテンが切り裂かれ、ボロボロになっていくのを私は見つめる事しか出来なかった。
瓦礫を背にして鬼哭を握りしめたまま座り込み、苦しそうな呼吸をしながら必死に意識を保っている。
そんなキャプテンの姿を嘲笑うトレーボルの声が耳障りだ。

「白い町という地獄に生まれ、未来などただの暗闇だった幼少期…。コラソンに出会い、寿命を引き延ばされるも、まるで奴の亡霊かの様におれを恨み…復讐のために生きてきた」

かちゃっと軽い音のはずなのに私には重々しいと思える音が聞こえて、ハッとなった。
ドフラミンゴが構えている銃口はキャプテンに向けられ、その顔には余裕のある笑みが戻っている。

「好きな女も手に入れてそのまま船旅を楽しめば良かったものの…フフフ…実に意味のない13年間…同情するよ」

べとべと纏わりつく力が強くても抗い続けた。
一瞬でもトレーボルの気が抜けたら、苦しんでいるキャプテンの元に駆け寄っていくというのに。

私の不安はどんどん現実のものになるかのように、ドフラミンゴはしゃがみ込んでキャプテンと目線を合わせると銃口をキャプテンの心臓へ向けた。

「今からお前は間違いなく死ぬ。救いのねェ犬死にだ。それも、そんなお前の姿を自分の女の目に焼き付かせながら」

帽子の陰からキャプテンがドフラミンゴではなく、私を見た。
キャプテンと目が合うと口角を上げてキャプテンが鼻で笑った気がする。
その笑みを見て、不安だけだった私の心がほんの少し軽くなった。

「だが、どうせ死ぬんだ。利のある最後にしないか?ロー、そしてナマエ」
「え?!」
「おれに“不老手術”と“再生手術”を施して死ね。それと引き換えに…おれはお前たちの望みを何でも叶えよう…」
「何でも?…それが本心なら名案だな、互いに利がある…ハァ…よし、のった…!」
「キャプテン?!」

納得いかずに声を上げれば私の体を拘束し続けるトレーボルが再び笑い出した。

「べっへっへー!物分りがいいんねー!ドフィに永遠の命と不死身の体がー!」
「じゃあ、今すぐコラさんを蘇らせてくれ。そしてこの国の国民全員のケツを舐めて来い」

ドフラミンゴの顔から笑みが消えた。
この状況で尚もドフラミンゴを挑発するキャプテンはさすがだ。
何か勝機があってしているのか分からないが、私の心配をよそにキャプテンは言葉だけで足りず、ドフラミンゴへ向けて中指をつきたてた。

「状況が分かってねェのはてめェだ、ドフラミンゴ。麦わらの一味はこれまであらゆる奇跡を起こしてきた奴らだ…!お前には倒せねェ、シーザーも取り返せねェ、てめェの未来こそすでに…」

ドンっと銃声が鳴り響いた。
目を見開いて、声にならない叫びをあげる。
死ぬ物狂いで体を動かし、ベトベトの拘束から離れようと必死になった。
まだキャプテンは息がある。まだ間に合う。

「ロー!嫌だ!ドフラミンゴやめて!!」
「ハァ…ハァ…ナマエ…」
「何でもするからその人だけは殺さないで!!」

鉛玉は確実にキャプテンの胸を貫いて、倒れ込むキャプテンの体に追い打ちをかけるようにドフラミンゴは銃口を向け続けた。

「その背中の文字…“corazonコラソン”…何への当てつけだ!そもそもてめェのハートの海賊団の名は!!」

続けて聞こえる銃声に私の声がかき消される。
キャプテンの背中から血液が流れ出ているの見えて、絶望した。
確実に心臓も突き抜けているであろう位置からも血液が流れ出ている。

「何への当てつけだ!ハートの席にも座らねェお前が!なぜハートを背負ってんだ!!ロー!!」

カチカチと銃弾が全てキャプテンに打ち込まれたところで私は自分が呼吸を止めていたことに気が付く。
ヒューヒューとショック状態で気道が狭まっている音が聞こえる。

上手く呼吸が出来ない。
自分がどんな感情なのか、今の状況が何なのか分からないぐらい頭が真っ白だ。

「ハァ…ロー、コラソン…てめェらの呪縛もここまでだ!!次はナマエの処刑を始めよう…フッフッフッ。絶望でいい顔してんじゃねェか…ローにも見せてやりたかったな」

ドフラミンゴが銃弾を装填し、私に銃口を向けてきたが、私の視線はキャプテンから離れなかった。いや、目を離せなかった。
ベトベトの体がまだ私の体を覆い隠していたが、もう抵抗する手に力は入らない。

そっと目を閉じて、視界を遮断する。
ロー。すぐに私も後を追います。

愛してる。

そう呟く言葉はルフィ君のドフラミンゴを呼ぶ声にかき消された。
銃口が私から離れ、地下から飛び出してきたルフィ君とドフラミンゴが戦っているが私はそれを目を閉じたまま感じる。

頭の中には今までのキャプテンの言葉が次々と浮かび上がってきて、思い出が駆け巡っていく。

「こいつはもうハートの仲間だ。おれ達は仲間を犠牲にしてまで、逃げたいとは思わねェよ。こいつが自らそっちに行くっつっても何が何でも連れ出してやる」

「くく、おれはお前のそういうところが気に入ってる」

「んなもんも吹っ飛ぶくらい安心したんだよ。それに、てめェのその泣いてめちゃくちゃになった顔見てたら、殴る気も失せる」

「おかえり、ナマエ」

「可愛い奴」


「おれとの約束も破るんじゃねェぞ」


約束…。約束?互いに守り合う…。
そこで気が付いた。

私の体からあのROOM外に出た時の脱力感を感じない。
ベトベトの粘液のせいで私の体は覆われていて目で見て光っているかを確認することは出来ないが、キャプテンの能力と私の能力の繋がりが絶望を希望へと変えた。

まだ、諦めるには早い。
これからだ。




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