何があってもおれはお前の味方だ


「あ、トラファルガー先生。今夜ご予定はありますか?自分の研究レポートを読んでもらいたくて」
「…おれはお前の教授じゃねェんだが」
「今夜、お家へお邪魔してもよろしいですか?」

読むかも言ってねェし、うちにくるとか絶対に名前は嫌だろう。
チラッと名前を盗み見てみれば少し考えた後に小さく頷いた。

…それは呼べということなのか…?
それともお前はどこかに行ってるからお好きにっていうことなのか?
そうだとしたらお断りだ。
名前を一人にしておけばその辺の男が纏わりつきそうだし、何より一緒に居る時間を割かれるのは嫌だ。

「待て、ルイス。一緒に暮らしてる奴が居るからそいつに了承を得てからだ」
「ええ?!先生って彼女さんと暮らしてるんですか?!」
「ああ」

なぜかルイスでもなく、一緒に食事をしていたリハスタッフが衝撃を受けているが、ルイスは逆に目を輝かせて詰め寄ってきた。

「ぜひ!お会いしたいです!自分はこれからトラファルガー先生にお世話になるんですから」
「女だぞ」
「そんなこと承知しておりますよ。自分はトラファルガー先生を支えている女性にご挨拶をしたいのです。きっと美人で…気の利いた方なんでしょうね…」

とっさに自慢でもしたくなったが、本人が目の前に居る手前、その本人に嫌な顔をされそうな気もする。
とりあえず、名前にしっかり確認をとってからだ。

「…そいつに連絡してからな」
「ごちそう様でした。では、私はこれで失礼します」
「おれも行く。ルイス、病棟戻ったら返事をするからその話しは保留だ」
「分かりました」

リハスタッフに笑顔で挨拶をした後にさっさと立ち去ろうとする名前を追いかける。
この食堂でもそうだが、エレベーターを待っている間も他のスタッフが居て、これじゃ話しも出来やしねェ。
おれは腕を組みながら考え、ふと、小会議室が目に入った。

「苗字。少し午後のカンファレンス前に話しておきてェことがあるんだが」
「はい」
「会議室行くぞ」
「…」

おい、嫌そうな顔すんじゃねェ。
相変わらず白衣着てると冷たいやつだ。






小会議室の電気をつけて2人で中へ入ると、名前は盛大な溜息をついた。

「ルイス先生をお呼びしてもいいですという意味だったのですが、伝わりませんでした?」
「いや。お前はどうするんだよ」
「ちゃんと居ますよ。もちろん私たちの関係を他言しないようにルイス先生に言いますし、お二人の邪魔はしません。それにルイス先生には改めて言っておきたいこともあります」
「言っておきたいこと?」

離れていた体を引き寄せて密着させる。
せっかく二人きりの空間に居るのだから、ついでに彼女の温もりを堪能させてもらおう。

彼女の細腰に両手を添えて、彼女はおれの胸板に両手を添えた。

「今後、一緒に働くのですからある程度コミュニケーションを取らなければなりません」
「…まあ、そうだな」
「ナースと仲良くなれとは言いませんが、ドクターとナースは同じチームとして治療していくのですからあんな分厚い壁を作られると仕事に支障が出ますので」

相変わらずクソ真面目なことを言っているが、確かに一理ある。
おれ自身も思っていたことだ。
ナースと仲良くなれとは言わないが、あそこまで壁を作ると円滑な仕事もできなくなるだろう。
そして、仕事が円滑にならなければ指導医であるおれにも迷惑被るし、何より患者により良い治療も行えなくなる。

「ならおれから言えやいいことだ」
「いえ。ドクター同士で言っても仕方ありません。彼のナースへの偏見をなくさないと」
「それをお前がやんのか?おれとしてはいい気はしねェ」

他の男にのめり込むのもいい気分ではない。
素直にそう伝えても目の前の彼女はクスクスと笑いながらあやす様におれの頬に手を伸ばして、優しく触れてきた。

「私も先生のお手伝いさせてください。彼が何か失敗したら指導医である先生が困るんですから」
「…お前は傍にいてくれれば充分手伝いになってるんだが」
「それは先生の気持ちの問題です」

頬の指が滑り、顎の髭を触ってくる感触がくすぐったい。
おれも頬に手を添えて、屈むと触れるだけのキスをする。

「ん、では、そろそろ行きますか」
「…もう少し」
「時間になっちゃいますよ…んん」

今度は触れるだけの口づけを深くするために頭を傾けて舌で唇をこじ開ける。
奥で遠慮がちに縮こまっている舌に絡めて、逃げようとする腰を引き寄せた。

「んう…ん…」

漏れる声に欲情するのは何度目だろうか。
ここが病院だということを忘れてしまいそうになる。

「は、は…先生…おしまいです…」
「ん…分かってる」

唇を離した後も額と額をつけて、互いの吐息がかかる距離で鼻を擦り合わせる。

ああ…本当に足りねェ。

満たしても満たしてもすぐに飢えていくのは愛が足りてないのだろうか。
おれが彼女を好き過ぎるのか。

最後に触れるだけのキスをして、腕の中に閉じ込めるように抱きしめた。

「これで午後も頑張れるな」
「私もです。新人指導、頑張ってくださいね」

なぜおれがこんな面倒なことをする気になったのかの元の話しを思い出す。
これを我慢していれば、自然と名前と過ごす時間が増えるのだから。

「ああ。そういや、たぶん来月からお前と勤務が一緒になる」
「?なぜです?」
「指導医になる代わりの条件がお前との勤務を合わせることだったからな」
「…さすが部長先生。尚更、私にもお手伝いさせてください」

互いの上司が夫婦であるのが好都合だった。
こんな病院、他にはないと思うが。

「そろそろ本当に行きますよ」
「最後に一回」

そう言うと、大人しく目を閉じた彼女の頬に手を添えて、唇を触れ合わせると名残惜しげに体を離した。
この白衣を脱いだら思う存分、いつものように彼女を堪能させてもらおう。
そう考えることで沸き起こる欲望を押さえつけることにした。








仕事終わりにルイスは論文を家に取りに行ってから来るということで連絡先を交換し、住所を教えた。
そして、今は名前と夕食の買い物中だ。

おれがカートを押し、2人で並んで歩くと名前は買い物かごの中でどんどん野菜を入れていく。

「何にすんだ?」
「んー…ハンバーグとかどう?」
「いいな。ルイスのはレトルトでも買ってやれ」
「ふふふ、お客様にそんなこと出来ない」

客扱いもしたくないし、おれとしては手料理を食わせたくなかっただけなのだが。
かごの中にいれていく食材はどう見ても2人分ではない。

「お前の手料理を食わせたくないだけなんだが」
「男性に食べさせてるのはローだけじゃないのよ」
「…それは昔の男のこと言ってんのか?」
「さあ?どうかな」

おれの嫉妬を煽るようなことを言いやがって。
溜息をついて肩を引き寄せると、名前は慌てておれの腕を掴んだ。

「ちょ、ちょっと」
「お前を抱きしめないと落ち着かねェなァ」
「わ、分かった。謝るから離して」
「自覚してんだな。おれを煽ったのは」
「ちょっとからかっただけよ」

恥ずかしがる名前を無視し、そのまま片腕は腰を掴んで進んでいくと、諦めて名前はそのまま歩き出した。
過去のことを気にしても仕方がないし、自分の方が色んな女性と関係を持っていたので強くは言えないが、気分は悪い。
自分のガキのような独占欲に呆れたくもなるが、それほどまでに彼女のことが好きなのだ。それに美しくこうして歩いているだけでも男性が思わず振り返ってしまうところを見れば、こうしてどこであろうと密着して、自分のものなのだと周りを牽制したくもなる。



買い物も終わり、家に着くとさっそく料理を始める彼女の背後からうなじにキスをする。

「ロー。先にシャワー入っちゃって」
「一緒に入るぞ」
「ダメ。一緒に入ると絶対にエッチなことするでしょ。途中でインターフォンが鳴ったらどうするの」
「もちろん待たせる」
「もう…。さっさと入ってきて」

名前はそういうと振り返っておれと正面向くと自分からおれの唇を啄ばむように唇を寄せてきた。

「ね?」
「…本当に…ずいぶんとおれの機嫌取りが上手くなったな」
「ローも私の機嫌取り上手いのよ?無自覚なだけで」

おれが?本当にまったく身に覚えがない。
おれが固まっているとクスクス笑いながら再び触れるだけのキスをしておれの胸にすり寄ってきた。

「お風呂、行ってきて」
「…分かった」

甘えた仕草に胸を鷲掴みにされたかのようにキュンとさせられ、おれは大人しく浴室へ向かった。
本当に最近…いや、というか出会った時からおれは彼女に振り回されている。それでも、嫌な気分にならないのは慣れたのか、それともおれも振り回せる時間があるからなのか。






インターホンが部屋に鳴り響き、おれは画面を覗き込んだ。
そこにはルイスがソワソワしながら立っているのが見え、おれはロックを外し招き入れる。

「ルイス先生来た?」
「ああ」
「私を庇ったり、私の味方になってルイス先生を責めるのはやめてね」
「…善処する」

絶対に味方になるだろうが、とりあえずそう言っておこう。
目の前で名前が責められたら我慢など出来るはずがない。

玄関からインターホンが鳴り、おれが鍵を開けてルイスを招き入れる。

「こんばんは、トラファルガー先生。本日はお招きいただきありがとうございます。想像通り、立派なマンションの最上階にお住まいで…」
「招いてねェ」
「ははは。では、失礼しますね…、あ、彼女さんはじめま…」

顔を上げたルイスがおれの後ろから顔を出した名前を見て、固まった。

「お疲れ様です、ルイス先生。夕飯の準備をしてありますので」
「……ああ!副業で家政婦でもしているのか!看護師は副業が多いと聞くからな!」

名前がニッコリと営業スマイルを浮かべ、おれの腕に自分の腕を絡めた。

「トラファルガー先生とお付き合いさせていただいてます、看護師の苗字です」
「?!!!」
「家政婦じゃねェよ。付き合ってるし、一緒に住んでる」

ルイスは口を大きく開けながら、おれと名前の顔を何度も見て、息を詰まらせる。
名前がスリッパを出して、「とりあえず、夕食を食べながらお話しましょう」とルイスから手荷物を受け取りリビングへ向かった。

3人でテーブルに座り、名前の作った夕飯を口に入れながらおれは話しを進める。

「一応、病棟には黙ってる。まあ、部長と師長と主任は知っているが」
「あと看護師のバーキンさんも知ってます」

ルイスは先ほどから名前をじっと見ていて、何かを考えているようだった。
それにしても、名前が作ったハンバーグがめちゃくちゃ美味い。

「………」
「ルイス先生も出来れば内密にお願いします」
「隠したがってんのお前だけだけどな」
「仕事中に堂々とイチャイチャしたいだけでしょう」
「くくく、よく分かってんじゃねェか」

おれと名前のやり取りを見ながらルイスは何度も溜息をついた。
とにかくさっさとルイスを追い出して、おれは名前とイチャつきたい。





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