お前の温もりが睡眠薬


4人での飲みは思っていたよりも盛り上がり、名前もだいぶ砕けてる感じがする。すでに何時間も話していて、シャチはテーブルに伏せて眠っているし、ペンギンもウトウトし始めている。
それでも、おれは興奮したように話している名前が面白くて、その話を酒を飲みながらずっと聞いていた。

「トラファルガー先生の前に居た先生が、私に連絡先書いた紙を渡して、シュレッダーにかけましたって言ったらナースの癖にって!そのナースに声かけたのはどの医者だよ!」
「くく、最悪な男だな」
「その前はやたらお尻触る先生で、他の子も困ってて。私がそういうことはそういう店でしてくださいって言ったら、誘惑するお前らがいけないんだろって!ただの白衣!仕事着でしょーが!」
「…ケツ触られたのか?」
「そうなんですよ!もー、腹立つ!」

コイツの医者嫌いがなんとなく分かった気がする。
おれですら触ってねェとこを触りやがって、腹立つなその医者。
まだ酒を頼もうとしてる名前を止めて、目の前で潰れてるシャチをみてため息をついた。

「ペンギン、シャチは頼んだ」
「そろそろお開きにしますか。終電もありませんし」

ペンギンの言葉に青ざめて携帯を出した名前が慌てて帰り支度をした。

「あの、私、失礼しますね!」
「待て。どうやって帰るんだよ」
「タクシーで帰ります」
「いくらかかると思ってんだよ!お前ローさんと付き合ってんだろ?ローさんの家に泊めてもらえ」

ペンギンの提案にチャンスとばかりに、すぐに同意するように口を出した。

「明日はどうせ同じとこに出勤すんだから、おれの家から行けばいい」
「いえ、それはさすがに」
「ほら、帰るぞ」

名前の手を取り、会計をさっさと済ませるとペンギンとシャチにまた今度と声をかけて店を後にする。
先程から黙って手を引かれている名前を振り返ると、まだどうしたらいいのか考えているようだった。

泊まるとなれば下着がいるか。コンビニだな。

「コンビニ寄るか。下着いるだろ?」
「は、はい。でも、本当にいいんですか?」
「当たり前だろ」

コンビニに寄ると、下着コーナーの方に行く名前を横目に適当に飲み物と朝飯のパンを適当に籠に入れて、名前の方を見るとすでにレジに居た。
会計が終わる前に「これも一緒で」と籠を渡し、財布を出そうとしている手を掴んでポケットに入ってたカードを差し出して会計を済ませた。

「ちょ、ダメですって。さっきの飲み代とこれもなんて!」
「その代わり、明日の夕飯はお前の家で手料理にしてくれ」
「そんなんでいいんですか…?」
「それが一番いい」

袋を持つと、空いた方の手で名前の手を握った。
恋人同士がするように指を絡めて…嫌がって離す様子もなく、おれは幸せを噛みしめた。
日中の冷たい態度とは一転して、おれを意識し出した名前に、漸く気持ちがおれに向いてきたことを感じる。本当にここまで来るのに苦労したな…。

歩いてすぐにおれのマンションへ着き、エレベーターに乗り込むと繋いでいる手を引いて抱き寄せた。

「楽しかったか?」
「楽しかったですよ…まさか看護学生の頃の話しをあんなされるとは思いませんでしたけど…幻滅しませんでした?」
「しねェよ。むしろもっと好きになった」
「いつもストレートですね…先生…」

抱きしめてる体が熱くなった気がする。
俯いている顔を引き上げるために、両頬に手を当てて額をくっつけ合った。

照れてる顔、堪んねェな…。コイツのクールな時とこの顔のギャップやべェ。

触れるだけのキスをして、エレベーターが到着すると部屋に入った。

「先にシャワー浴びるか?」
「えっと…はい…」
「こっちがシャワー。服はおれのスエットを…待ってろ、今持ってくる」
「ありがとうございます」

この時間におれの部屋に名前が居る。それだけでも浮かれそうなのに、おれの服を着るなんて。
スエットを出して渡し、扉を閉めるとテレビをつけてソファに座る。
テレビの内容なんか全く入ってこない。シャワーの水音が聞こえてきて、心臓が鼓動を早めた。

急展開だが、いい方の急展開だ。
今月はもう休みは合わないし、来月だって一度しか合わないかもしれない。連れ出せるとしたら夕飯を誘うぐらい。
先程言ったように手料理を食べさせてもらうのがいい。

出来るなら3ヶ月と言わずすぐにでも付き合いたいし、恋人として色々としたい欲求もある。こっちの病院に来て女を抱いてないし、名前以外の女を相手にする気もない。

「シャワーありがとうございました。ズボンは裾が長すぎて無理だったので上だけお借りしました」
「…」
「トラファルガー先生?」
「おれも入ってくる。ドライヤーはここで使え」
「ありがとうございます」
「冷蔵庫も勝手に開けて適当に過ごしてていい」

すぐに浴室に向かった。
あの格好はやばい。以前、抱いた女が彼シャツやら萌え袖だのよく分からねェことを言いながらやっていたのを思い出した。あの時は何も感じなかったが、名前のおれの服を着て、袖から細い指先が出ていて、太ももから露わになっている白い足を見たら…あれは確かに…イイな。

服を脱いで深呼吸をし、シャワーのお湯は冷たくして火照ってしまった体と頭に当てた。





シャワーをさっさと浴びて浴室を出る前に考えた。
ちょっと待てよ。これまでのアイツに振り回されたことを考えたら、絶対に一緒に寝ないよな。おれが提案したところで自分はソファに寝るとか言い出すに決まってる。

ため息をついてから浴室を出ると、ソファの上に膝を抱えてテレビを見ている。お約束の先に眠っているという展開は意外にもなかったらしい。

おれはタオルでガシガシと頭を拭きながら隣に座った。
上半身裸で出てきても全く恥じらう様子も目を背けることもしない。

「…男の裸見慣れてんのか」
「まあ、職業柄。先生ぐらいの患者さんの背中を拭いたりしますし」
「…」

複雑だが仕事なら仕方ねェ。確かにオペ後での清拭はそうなるだろうが、患者と同等か。確かに同年代の男が入院してくるのはしょっちゅうあるが、同等か。

「ドライヤーかけますね」
「ん」

おれが背中を向けると、温かい風と名前の手がおれの髪を撫でる。
ドライヤーをかけられるのも初めてだったし、頭に触れられんのも初めてだったが思ったより気持ちがいい。

短いおれの髪はすぐに乾き、ドライヤーを置くと背中に触れる指先におれの治った熱が再度昂りそうになった。

「…どうした」
「いえ…先生って意外と広い背中していたんですね…男の人って感じがします」
「男として見てなかったのか?」
「先生は先生としか見てませんでした」

そうだろうな。ペンギンの言葉に図星をつかれた顔してたからな。
おれは体を向き合うように座りなおすと、名前の頬に触れた。

「…キスしていいか?」
「…どうぞ…」

目を閉じた名前に触れるだけのキスをして、体を抱き寄せた。

「…キス、終わりですか?」
「…終わらせたくねェのか」
「そろそろ寝ますか。寝室はどちらに」

おれの問いかけには答えなかったが、それよりも寝室の場所を聞いてきた名前に動揺した。
どういう真意で聞いてきたのか。これは一緒に寝てもいいということなのか。
上を着てから手を繋いでリビングの電気を消すと、手を引きながら寝室へ向かった。

おれのベッドはクイーンサイズ。
2人で眠るには充分な広さが、今となってはもっと小さいのでも良かったと思う。そうすれば、必然的に引っ付いて眠ることも出来るだろうに。

ベッドの端で、おれに背中を向けて横になりだした名前。別々に寝るという提案はされなかったが、これはこれで寂しいものがある。

「…あの、ローさん」

なぜさん付けになってるのか分からないが、隣で横になったおれは名前の背中を見るしかなかった。

「何だよ」
「…キス、もっとしませんか?」

思わず目を見開いた。
コイツ、今、なんて言った。

おれが黙っていると体をこちらの方へ向けて、驚いているおれと名前の視線がぶつかった。

「していいか?」
「はい…」

向こうからの誘いとなれば、容赦なくいただくことにする。
名前に乗りかかり、その柔らかい唇を堪能した後に少し空いた隙間から口内に舌を入れた。
すると、いつもだと奥で避けるようにして縮こまっている舌がおれのと絡めるように差し出された。
夢中でその舌を絡めて啜り、冷ましたはずのおれの体の熱が再び燃え始めた。
服越しに腰を撫でて、ゆっくりと上へ手を這わすと胸を服越しに揉んだ。

めちゃくちゃ柔らかい。
しかも、この感触…ノーブラか…。

「んっ…」

漏れた吐息混じりの名前の声にゾクっと腰が疼いた。
キスから解放し、リップ音を立てながら首筋の方へ唇を沿わせると同時に服の中に手を入れようとして…その手を力強く握られた。

「トラファルガー先生」
「…」
「申し訳ありませんが、これ以上は好きな相手とじゃないと…」

生殺しだ。
完全に臨戦態勢に入っていたおれは行為を始めたかったが、ここに来て“好きじゃない”と言われれば簡単におれの心は折れた。

「…まだ好きじゃねェのか」
「…10段階で10を好きだとすると2ぐらいです」

痛みスケールじゃねェんだから10段階評価すんなよ。しかもなんだよ2って。めちゃくちゃ低いじゃねェか。
どんだけ厳しい評価だよ。

とか色々と言ってやりたかったが、下手すると簡単に1まで引き下げられそうなため乗り上げた体を横に転がした。
上げるのは難しいのに、下げるのは簡単って、とんでもねェスケールだな。

「ローさん暖かいですね」
「…」

無言でぐっと抱き寄せて細い体をおれの腕の中に閉じ込めると、抵抗せずに大人しく腕の中に収まる名前。
とりあえず今はこの温もりを感じる距離で我慢して、眠りにつくことにした。





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