6th:小さな闇


「ねえカヲルくん」
「なんだいシンジくん」
「僕たち本当にここにいていいのかなあ?」
「音羽が居ていいって言ったからいいんじゃないかい?」
「でもまだ転校してもいないのに…」
「授業中だから人も来ないさ。来るとしたら昼休みや放課後だと思うよ」
「そうかなあ…」

二人は話しながらも互いが手にしている本に目を通す。
音羽達が授業中の間図書室に居るようにと案内されたのだ。

「まあ帰らない選択肢をしたのは僕らだから大人しくここで待っていよう」
「僕らっていうよりカヲルくんなんだけど…」
「シンジくんは帰りたかったかい?」
「…確かに音羽達と離れるのは嫌だったけど…」

もごもごと口ごもるシンジ。
カヲルはそんなシンジを見て小さく笑みを浮かべた。

「本がいっぱいあるし、ゆっくりと待っていようシンジくん」







「……」

先ほどから先生の言葉が頭に入ってこない。
と言っても予習をしているのであまりわからないなんて事はないのだが。

「…カヲル達大丈夫かしら」
「楠木さん」
「っ、はい」

名前を呼ばれ慌てて立ち上がる音羽。

「前に出てここの問題を解いてください」
「あ、はい」

上の空だったのがバレたのだろうかと苦笑いしながら音羽は黒板の前へと移動する。
その間突き刺さる視線が痛い。

「楠木ってほんと美人だよなー」
「なんで中学でお目にかかれなかったんだろうな」
「高校からの入学だろ。外部からなんて珍しいよなー」
「………」

嫌な目。
珍しいものを見る目。
好奇の目。
視線が刺さる。

「男子からちやほやされて、羨ましい限りね」

小さくボソリと聞こえてくる響き。
他の人は何も言わない。
気のせいかもしれない。

「しかもやたらとお嬢様気取ってるわよね、何あの歩き方」

別に変な歩き方をした覚えはない。
そんな事ない。

『楠木の家って金持ちなの?』
『そうやって男子から目を引いてるんでしょ』
『なに、車で来るとか金持ちアピール?』

カタン。
チョークを音を立てて取ると少し震えている自分の手に音羽は苦笑いを浮かべた。
少し前の過去へと思考がトリップしてしまった。

「どこに行っても、同じか」

ボソリと呟いた言葉は誰にも聞こえないほど小さかった。








「音羽ー、ごはん食べよ!」

昼休み。希美が音羽のいる教室に顔を出す。

「希美」

音羽が顔を上げると希美は入り口で手を振っている。

「早くしないと待ってるよ」
「あ、そっか」

他の事などに気を回している場合ではなかった。
思い浮かべる彼の姿に自然と笑みが溢れる。
それと同時に教室の外がざわつく。

「? 何事…」

音羽が教室の入り口で希美と合流するとざわついている方へと視線を向けた。

「あ、居たよシンジくん」
「か、カヲルくん僕たち凄い目立ってるよ…!」

二人の姿を見かけた音羽と希美は思いきり驚いた顔をした。

「ちょ…!!」
「音羽、お昼どうしたらいいかわからなくて…」
「わか、わかったからカヲル!!ちょっと移動しよう!」

音羽 はカヲルの手を掴むとそのまま走り出す。

「え、ちょ」
「シンジも!」

希美は希美でシンジの手を掴んで音羽達の後を追った。

「え、何今の」
「コスプレ?」
「にしてもやたらとリアルじゃなかったか?声まで」
「何あのイケメン!?」
「え、知らないの?エヴァンゲリオンだよー」

暫く彼らを見た周りの人たちが混乱したのは言うまでもない。








「もうっカヲル達はある意味有名人なんだから!図書室で大人しくしててって言ったでしょ!」
「ご、ごめんなさい」
「待っていたよ。けれど人がちらほら入り始めてこちらをチラチラ見るものだから」
「う」
「音羽が最初に話している事が本当ならある程度の有名人である事は推測できたし」
「うう」
「あのまま図書室に居ても逆に逃げ道がないかと思って」
「ご、ごもっとも…」

音羽は完敗しましたとでも言うようにため息をつきながら両手を上げる。

「はあ…家に帰ってから見られた時の言い訳考えようと思ってたのに…」

中庭で弁当に手をつけながら音羽は眉根を寄せて考え込む。

「そもそもカヲル達を学校に留めた時点でアウトだよね」
「わかってたけど言わないでほしかったかな希美さん」

希美のいい笑顔にいい笑顔で返す音羽。

「まず教室に帰ったら質問攻めは確定だなあ、私シンジの手を引っ張っちゃったし」
「…私は多分何も言われないわ」
「……」

音羽の言葉に希美は悲しそうな顔をする。

「なんで音羽が悲しそうな顔をしているんだい?
「音羽、大丈夫…?」

シンジがそっと音羽の背中を撫でる。
カヲルはカヲルでとても心配そうだ。

「……」

音羽は無言でその顔を写真に撮った。

「…なんだか僕今朝からやたらと写真を撮られてないかい?」
「ごめんそんな心配そうな顔されるとも思ってなくて、というか初めて見たからつい」
「あ、でもそれは僕もなんだかわかるなあ。こっちにきてからカヲルくん、見た事ない顔ばかりするから」
「…そうかい?」
「あ、音羽さっきの写メ送って」

希美は希美でスマホを取り出している。

「わかったマインで送っとく」
「…そういえばずっと気になっていたんだ」

カヲルはそう言うと音羽のスマホを手に取った。

「ちょ、カヲル返し…」
「これは、なんだい?」

カヲルの言葉に音羽と希美は目をパチクリさせた。

「あ、それ僕も気になってたんだ」
「…え、あ、そうか…」

日常にある当たり前のもの。
時にはそれが彼らにとって不思議なものだったりするのだ。
こういう時、彼らの居た世界は別なのだと改めて実感する。

「というかシンジ達が使ってるのって私たちからすれば随分昔の携帯なのよね」
「そうなのよね…そうだ!今日帰る前に買いに行こ」
「賛成。これから先連絡を取れないと不便だしね」
「結局これはなんなんだい?」
「携帯って言って、遠く離れてても人と連絡が取れるものよ」
「通信機なのかい?」
「うーん、ある意味通信機だけど、機能が色々よ。買ったらまた教えるから」

音羽は今から楽しみだとでも言うより更に笑顔になっている。

「音羽と連絡がとりやすくなれるのは嬉しいな」
「うん、さっきみたいにどうしたらいいかわからない時とかに便利だね」

シンジもどうやら賛成らしく心なしかわくわくしているようだ。

「よーし!そうと決まれば放課後は携帯ショップへ行くわよ!」

元気な音羽を見て希美は小さく息を吐いた。
親しい人達の前だとこんなに素直で明るいというのに、クラスメイトの前では出さない。
中学での事がきっと引っかかって素が出せないのだろう。
わかっていても、何もできない。
先ほど迎えに行った時、一人でいた音羽に胸が痛くなった。

「希美?どうしたの?」
「へ、いや、なんでも。楽しみだね。皆で行くの」
「うん」





願わくば


彼等の出現により彼女の未来が明るくなる事を祈る。







to be continue.
2016.08.25.

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