5th:寂しい?
朝。
朝食の時間だと各部屋の住人は起こされる。
シンジとカヲルと接触した音羽達は広間へと向かっていた。
「眠い…」
その言葉を発したのは希美だった。
「あんなに遅くまで起きてたのは久しぶりだったしね」
ボサボサの希美の髪を音羽はブラシで整える。
「音羽とカヲルがあの後また連弾し始めるから…」
「ごめん、クラシック音楽をあそこまで弾ける人なんてそういないからつい楽しくて…」
一応いるんだけど、年上の人ばかりだし…と音羽は口ごもる。
「まあまあ、音羽さんもカヲルくんも楽しそうで、見てるこっちも弾きたくなりました」
「シンジ」
「あ、えと…音羽」
「よろしい」
さん付けをするシンジを睨むように見るとシンジはすぐに気付いて言い直した。
「二人はご飯を食べたら学校なのかい?」
「ええ、二人にも一緒に来てもらうわ」
「え、でも僕らは中学生…」
「問題ないよーシンジ」
シンジの言いたいことがわかった希美はその言葉を遮ってニヒっと笑う。
「私たちが入学した所、マンモス校だから」
「へ…?」
「……」
目の前に広がる敷地の広さにシンジは頬をひくつかせた。
「なるほど、広いね」
「小学校からのエスカレーター式よ。私たちみたいに高校から入ってくるのが珍しいぐらい」
「二人は受験してここにきたのかい?」
「…ええ…」
音羽は少し目線を下げて答える。
そんな音羽にカヲルは何か変な事を言ってしまっただろうかと顔を覗き込んだ。
「ごめん、僕は知らないうちに音羽を傷つけたかな?」
「…ううん、違うの。カヲルは何も悪くないわ」
音羽は笑うとカヲルとシンジの手を引っ張った。
「さて、向かうは理事長室よ。転校手続きをしなきゃ」
「だから速く来たしね」
引っ張られているシンジの横を希美が歩き、補足するように呟いた。
「え、でもそんな簡単に済むものなんですか?」
「お父様とここの理事長は顔見知りなの。昨日のうちに電話をしてくれたみたいで、後は顔合わせだけよ」
「君のお父さんは中々やり手だね」
「ふふ、お父様だもの私の目標だわ」
「だからと言って無理しないで欲しいんだけどね」
「失礼ね、無理なんてしてないわよ」
音羽の言葉に希美は苦笑いを浮かべた。
「はいはい、お姫様」
「お姫様禁止」
「二人は本当に仲がいいんですね」
「まあねー、小学校から一緒にいるし」
「幼馴染みたいなものね」
そんな他愛もない話をしながら理事長室に向かい、挨拶をする。
帰りに制服を持って行きなさい。と場所のメモを頂いている。
「今日はとりあえず挨拶だけだから、シンジ達は帰っていいわよ」
車を向かわせるから。と音羽がスマホを取り出すとカヲルはその手を制した。
「カヲル?」
音羽は不思議そうに首を傾げた。
カヲルも自分の行動に驚いたのか目を軽く見開いて止まっている。
「どうしたの?」
「……」
何も言わずに固まっているカヲルに音羽は何か気付いたのか笑みを浮かべた。
「わからないなら聞いてくれていいのよ?」
全てがわかるわけではないけれど。と音羽が言えばカヲルは拘束が解けたかのようにゆっくりと手を下ろした。
「…止めてほしいと、思ったんだ…どうしてかな…」
少し戸惑っているカヲルにシンジと希美は見た事のないようなものを見る目をしていた。
「カヲルくんでも、あんな風に戸惑ったりするんだ…」
「画面越しじゃ常に冷静だったから、意外…」
二人は顔を合わせてパチパチと目を瞬かせている。
「そう、寂しいのかもしれないわね」
「寂しい…?」
「絶対とは言えないわ。でも、帰りたくない。そういう事でしょう?」
カヲルはその言葉にゆっくりとした動作で頷いた。
「私たちが一緒に帰るって言ったら?」
「大人しく帰るよ」
カヲルの言葉に音羽は目を細めて穏やかに微笑った。
「それが、 "寂しい"って感情よ。カヲル」
離れたくない。
君のいない所へと行きたくない。
「寂しい…」
カヲルは自分の胸元に手を当ててその余韻に浸る。
だが、本当にそれだけだろうか。
「………」
別に帰った所でシンジもいるのに。
止める必要もなかったはずだ。
なぜ、離れたくないと思ったのか。
それともそれを含め寂しいという感情なのだろうか。
「カヲル?」
ピクリとも動かないカヲルに音羽は顔を覗き込んだ。
音羽の顔が見えた事によってカヲルは我に返った。
「ああ、ごめん…どうも考え込んでしまうのは僕の癖みたいだ」
「それだけ自分の中での疑問を明確にしようとしているのね」
そう言うと音羽はまた笑った。
そんな音羽を見てカヲルは無意識に笑みを浮かべていた。
その笑みを見た3人は固まった。
「嘘…」
「ま、また見た事ないカヲルくんの顔だ」
「………」
音羽に至っては固まっている。
が
瞬時にスマホを構えて写真を撮る。
「…何をするんだい音羽」
「ご、ごめん今のカヲルの笑顔はアニメですら見た事がなくて思わず」
だって
作り笑いでもない
いつもの不敵な笑みでもない。
あんな穏やかな顔をするなんて
反則じゃないか。
to be continue.
2016.08.24.
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