4th:音色

「私の部屋が真ん中で二人の部屋の行き来には少し邪魔かもしれないけど許してね?」
「別に構わないよ」
「はい、部屋を借りるのにそんな文句なんて言いませんよ」
「ありがとう、気に入ってくれるといいな」

各人おやすみの挨拶をするとそれぞれの部屋へと入っていく。

「…お疲れ音羽」

部屋に入るなり希美は音羽の背中をポンと叩いた。

「ん、色んな事起こりすぎてどうしようかと思っちゃった」

音羽はズルズルと扉にもたれ掛かりながら座り込んだ。

「お父様がダメって言ったらどうしようとか…ファンなのはわかってたけど成功する確率なんてわからないし」
「いやー、あれで通るなんて十分凄いと思うけどね」
「うん、思ってた」

二人して顔を合わせて真顔で語れば、ぷっ。と吹き出して笑い合う。

「あ、ねえ音羽。久しぶりに聴きたい」
「ああ、受験勉強とかアニメ鑑賞会とかばっかで最近ご無沙汰だったし…」

行こう。と音羽が立ち上がれば希美は嬉しそうに笑った。





ポーン。と一つの音が部屋の中に響く。

「…うん、良い音」
「今日は何を弾いてくれるの?」
「久しぶりなんだから軽く何か弾かせて?」

ピアノの鍵盤に指を滑らせ出てくる音色に目を瞑り耳を傾ける。

「これで軽くねえ」

音羽の指から奏でられる音色に希美は目を細め、かつ自分もその音を楽しんでいた。

「じゃあ、今日は」

これ。と音羽の指は緩やかな動きから力強く鍵盤を叩く。
ジャンッ。と大きな音が響き最初の1小節だけでなんの音かすぐにわかった。

「運命」

何故この曲なのかはなんとなくわかる気がする。
希美はそう思うとゆっくりと目を開いた。
そして目の前の光景に逆に目を見開いたのだった。

「カヲル!?」
「え」

希美のその声に音羽も振り向こうとした刹那、目の前に腕が見えた。

「止めないで続けて」

腕が見えているのと同時に聴こえてくる音。
先ほどの続きを片手で奏でているそれ。
カヲルはそのまま音羽の隣に座り片手から両手へと手を増やす。

「れ…」

連弾!?とまさかの展開に音羽は驚きながらも折角の音を止めたくないとすぐに手を置いて続きを弾く。
最初のスピードから一変。一瞬しん…としたと思えば再びゆっくりと音が奏でられる。
そこから更にだんだん速く。
そして力強く、そこからゆっくりとなっていき音も弱く。
かと思えば強く。

「…っ」

いきなり連弾だなんてなんて無茶ぶりだろうか。
なんて思いながら音羽は楽しそうに笑みを浮かべた。
その視線の先はピアノだ。
だがカヲルは視線だけをたまに音羽へと向けている。
音羽の顔を見て何を思ったのか柔らかな笑みを向けて。

「いいね」

カヲルの声が聴こえると音羽は弾きながらもカヲルへと目を一瞬向ける。
ただの一瞬。
けれど合わさる視線。
カヲルの笑みが音羽の目の前に映る。

「…」

瞬間、音羽は笑みを浮かべながら最後の1小節始めに指を滑らせる。
カヲルもそれに乗り同じテンポ、スピードで指を動かし最後は力強い音が響く。
そして余韻を残して部屋は静寂へと戻った。

「わお…」

希美は一瞬呆気に取られるもののすぐに手を叩いた。
その音に音羽も我を取り戻す。

「君の音、いいね」
「音羽でいいよ。なんか君とか他人行儀みたい」
「…」

音羽の言葉にカヲルはきょとんとしている。

「何か変だったかい?」
「あ、別に変じゃないよ?私がそう呼んで欲しいだけ」

カヲルとは反対に少し照れ臭そうに笑う音羽。
その顔を見たカヲルはまた不思議な気持ちになり首を傾げた。

「どうしたの?」
「…なんだか不思議な気分だよ」
「不思議?」
「なんだろう、前にもどこかで感じたものだ」

そう、一度は経験のある感覚。
擽られるというか、なんとも言えない、言葉に出せないモノ。

「どこかで?」

音羽は音羽でカヲルの言葉にただ首を傾げるだけだった。
そして何かを思い出したように手を叩く。

「そっか、人を鑑賞しているから客観的に見られるしその気持ちも客観視できるけど、自分に起こると全くわからないんだっけ?」
「…」
「大人らしいのに、子どもよね」
「そうかな?」
「あ、悪い意味じゃないよ?これからどんどん学んで、吸収して、そして解るものだから」

そう言って笑った音羽を見てカヲルは小さく胸が締め付けられる感覚になる。
これは初めての事で、どう現せばいいのか尚わからなくなる。

「…リリンは本当に不思議な生き物だね」
「そうよ、人間って不思議なの。だからこうやって皆で何かして、楽しいって思えるの」

音羽は人差し指でポーン。と鍵盤に指を落とし音を鳴らす。
その音を聴くとカヲルは何かがストンと落ちたように納得をした。

「カヲルとの連弾はとても楽しかったわ、またやりましょ」
「…僕も音羽との連弾はとても面白かったよ」
「その気持ちがあるだけで、カヲルも人間だって私は思うわ」

その言葉にカヲルは目を見開いた。

「僕が…人間…?」
「ここに居て、気持ちだってちゃんとある。考えることだってできる。使徒なんて、関係ないと思うわ」

それじゃ差別よ。なんて笑う音羽はカヲルから見てなんだか眩しかった。

「ちょっと、二人の世界作らないでよ」
「うわあ!?」

いきなり二人の間に割って入った希美に音羽はビクッと肩を思い切りビクつかせた。

「お熱いわねー、見てるこっちが熱いわよ」
「今のどこにそんな要素があったのよ!?」
「そういえば居たんだね」
「カヲルくん意地悪じゃない?」
「そんな事はないよ」

カヲルはそう言うと笑みを浮かべた。

「そうそう、トイレに行きたかったんだけど、場所を聞きたくてね」
「あ、そうだったのね。ならシンジも連れて来ましょう、一通り屋敷の中を案内するわ」
「賛成。シンジと話してるわ私」
「希美!」

からかわないで。と音羽は拗ねるように声を出す。
そんな音羽に希美はごめんごめん。と軽く謝るのだった。





人間に人間だと言われるのは、不思議だけど悪くない。

そう思ったのは彼女が言ったからだろうか。











to be continue.
2016.08.23

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