10th:悪夢、混沌、混乱?乱れ。私は?

『音羽様はお母様に似て可愛らしく美しいですね』
『きっとおしとやかで、頭脳明晰、なんでもできてしまうんでしょうね』
『どうして?』
『お母様がそうだったからですよ』
『わたしはわたしだよ?』
『いいえ、あなたはお母様そっくりです音羽様』
『お母様の子どもですもの、きっとそうなりますわ』
『……』

誰も私を見てくれない。
お母様
お母様

どうして私を見てくれないの。
私とお母様は違う人だもの。
違う人よ。

『奥様、仕事が立て続けていてあまり家に戻られないものね』
『海外で仕事をしてらっしゃるそうよ』
『旦那様が日本で仕事をしている分、自分は海外で仕事をするのだとか、素晴らしいですわね』
『いいなあ、私もあんな人になってみたいわ』
『あなたじゃ無理よ〜』

廊下を歩いていればいつも聞こえる。

お母様が
奥様が
旦那様と

誰も


私なんて


みちゃくれない。









「……」

目を開くとそこには白い天井。



「…何をしてるのかなーカヲルくん」
「やだな、くん付けなんてやめてくれるかい?」

音羽はため息を吐きながらゆっくりと上半身を起き上がらせた。

「どうしたの?」
「シンジくんと音羽が出てくるのを待ってたんだけど、中々出てこないねって」
「ああ…ごめん」
「…どうかしたのかい?」
「ううん…夢見が悪かっただけ…」

これは本当に本当だ。

なんで今更あんな過去を見たのだろう。
どうして今更あんな夢を見たのだろう。

「…今更じゃないか、私を見てくれないのなんて」

ボソリ。音羽は呟くとキュッと唇を結んだ。

「音羽?」

音羽の様子がおかしく、カヲルは心配そうに背中に手を添える。
その手の感触に音羽はハッと我に返った。

「ご、ごめんカヲル。悪夢見たみたい、すぐに着替えるからもう少し待っててくれる?」
「…」

音羽の言葉を聞くもカヲルはその場を動こうとせず、心配そうにただ音羽を真っ直ぐ見つめる。
音羽は何か見透かされそうな気がして、心臓が跳ね上がる音がした。

「本当、なんでもないから、ね!」

着替えるから出てって。と音羽はカヲルの背中を押して部屋へと出て行かせた。

「あ、カヲルくん音羽起き…」

シンジの言葉を聞きながら扉を閉めるとズルズルとその場に座り込む。

「私は、お母様じゃない…」

お母様と違う事を証明したいのに。
頑張れば頑張るほどお母様に似てきたとみんながはやし立てる。

「……」

ポタリと一粒の涙が床を濡らす。

「…悔しい…」

なんであんな夢を見たんだろう。
こんなに頑張ってるのに、自分は自分ではない気がしてくる。
こんな事を考えている自分でさえ。





私なのだろうかと








『音羽!』

ドン。と扉越しからドアを叩く音と自分の名前を呼ぶ音が聞こえる。

「希美、流石に扉を叩くのは」
「うるさいシンジ、黙ってて」

希美の表情を見てシンジはビクッと差し出した手を引っ込めた。

「音羽!開けなさい!」

希美はドンドンと扉を叩く。
シンジとカヲルはどういう事だと首を傾げている。

「彼女を呼んだはいいけど、逆に大変な事になってるね」
「う、うん…」

音羽があまりにも遅いので、シンジが希美に連絡をしたのだ。
待ち合わせ場所で待機していた希美はシンジから連絡を受けるとすぐに来た。

ただもの凄く焦った顔をしていた。

「音羽!」
「…なにより、この騒ぎを聞いても他の人たちが来ないのが僕には少し奇妙だよ」

これえだけの大声。
音羽を呼ぶ声。
なのにメイド一人すら顔を出さない。

音羽がこの状態になるのが慣れているとでも言うように。

「ねえ、音羽はどうなってるの?」

カヲルが希美の肩に手をかけて問いかける。

「今はそんな暇っ」

希美は振り向いてカヲルの手を振りほどこうとするがその手を逆に止められた。

「…っ」
「どう、なっているのかな?」

カヲルの冷ややかな視線と手に込められた力に希美は一気に冷静になったのか力を抜かした。

「…詳細は音羽が落ち着いてからにするわ。ただ一つ。今の音羽は思考が正常じゃない。自分がわからなくなりかけてる」
「…正気じゃない?ということかな」
「そうよ。このままじゃ混乱して発狂。精神が耐えられない」

カヲルは希美のその言葉を聞くと希美から手を離す。

「ねえ、ピン留め持ってないかい?」
「え」

カヲルが手を出すと希美はどうしてかと思いつつ自分の頭につけていた黒ピンを差し出した。
カヲルはそれを器用に捻じ曲げる。

「え、ちょっとまさかピッキング!?そんなので開くわけが」
「鍵の構造。知ってるかい?確かに細いと多少難しいけど…」

ガチャリ。

「…うそ」

キィ。と扉を開くと音羽が目の前でピクリとも動かず座り込んでいた。

「音羽」

カヲルはしゃがむと音羽の肩に手を置く。
その時初めて音羽の肩がピクリと動いた。

「僕の事、わかるかい?」
「……」

音羽は小さく頷いた。
カヲルはそれがわかると安心して小さく息を吐いた。

「音羽!」

希美が音羽に掴みかかろうとするのをカヲルは制止して音羽のお腹に手を回し抱えるように持ち上げる。

「ちょっ」
「カヲルくん!?」

希美とシンジはびっくりしたような顔をしてカヲルを見た。

「自分が自分じゃないって、どうしてだい?」
「…」

カヲルの言葉に音羽はピクリと指を動かす。
カヲルはそのままベッドへと音羽を連れて行きボスっと投げ込むとそのまま上にのしかかる。

「かかか、カヲルくん!?」
「ちょ、ちょっと!?」

そんな行動に希美とシンジはただアワアワとするだけど、当の本人は呆然としている。

「答えて?音羽」




君を狂わせるその感情が
なんなのか

その感情に奇妙にイラつく僕がいる。

僕に対して素っ気ない君は嫌だな。



「僕たちをここに置いてくれたのは、君の意思じゃないって事かい?」









to be continue.

2016.09.01.

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