最愛を捧ぐ(2/6)

誰かが、駆けてくる気配がした。

部屋の入り口へと視線を向けていると……息を切らしながらこの場に現れたのは、導師サクだった。シンクやアリエッタ達、いつものお付き達の姿はない。彼女が此方の状況を理解した瞬間、愕然とした様子で息を飲む気配がした。導師サクの性格を考えると、この惨状にもっと取り乱すか、敵討ちに向かって来るかと思われたが……彼女は動かなかった。自分達の敗北を、仲間の死を既に受け入れているのか。周囲の惨劇から、俺へと視線を移した導師サクは、とても悲しげな目で俺を見詰めてきた。


『……私の予想では、殺られるのは貴方の方だと思ってたんだけどね。ラルゴ』


今から半刻程前の事。アブソーブゲートへやって来たラルゴとリグレット達は、ゲートを操作しにやって来たルーク達とタイミング悪く鉢合わせた。地殻から帰還したヴァンを逃がす為に、ラルゴは一人で彼等を迎え撃った。一騎当千を謳う六神将とは言え、彼等もこの短期間でかなりの実力をつけてきていた。多勢に無勢でもあり、正直、勝ち目は低いとも思っていた。それでも、ヴァンとリグレット達を逃す時間稼ぎをする為、あわよくば彼等の戦力を減らしてやる事は出来るだろうと、覚悟を持って挑んだ戦いだった。結果は……予想に反して、自分だけが生き残った訳だが。


『私もルーク達も……貴方の力量を見誤って、油断してしまったみたいだね』


倒れ伏した仲間達に既に息がない事を、彼等の傍にしゃがんで確認しながら、サクが淡々と呟く。目が見開かれたまま絶命していたティアの瞳を、静かに閉じさせて。

総長の妹が亡き者になった今、導師サクにもセフィロトを操作する事は不可能だ。仲間だったレプリカルークも、無に帰した。彼等の敗北は、既に決している。


『この結果は、預言にも詠まれてなかったよ。凄いね、ラルゴは遂に預言を覆したんだ』

「…預言にも詠まれていなかった、だと…?」

『そうだよ。だから、ルーク達がこんな事になるとは、私も思ってなかったの。預言に死を詠まれていたのは、貴方の方だったから』


導師サクの言葉に、ラルゴは素直に驚くと同時に、納得もしていた。今まで導師サクがタイミングよく我々の邪魔をしてこれたのは、預言で我々の行動を先読みをしていた為だったらしい。しかし、今回は導師サクの読み(預言)が外れ、この場に駆け付けるのが遅れた結果……彼等は全滅したという訳だ。

結局の所、彼女も預言を信じており、全て預言に従って、今まで行動していたのだ。


『皮肉だよね。これで、預言を無くさなくても、預言を覆す事は出来るという事の証明もされたんだから』


悔し気に、サクは言う。それはまさに、彼等が我々に証明しようとしていた事だった。


『おめでとう。この時点で人類は預言に打ち勝ったし、あとは預言を消せば貴方達の完全勝利だね』


パチパチと、導師サクの拍手が辺りに響く。今にも泣き出してしまいそうな……無理矢理形作った様な、歪な笑顔を貼り付けて。言葉では我々の事を称賛しているが、その真意は定かではない。…冷静そうに見えるが、実際は自棄になっているのかもしれない。


『ねぇラルゴ。冥土の土産がわりに、"答えて"よ』


その言い回しに僅かな違和感を感じながら、ラルゴは眉を顰める。この期に及んで、何を問う気なのか。


『身体の弱かったシルビアさんが、どうして子供を産んだのか、分かる?』


突然の話題転換。それも、出来れば思い出したくない…触れられたくもない話だ。負け惜しみによる、単なる嫌がらせか。それとも、シルビア達に関して、導師しか知らない更なる秘密があるのか。ラルゴは表情を顰める。

身体が弱いシルヴィアが出産に臨むのは、当然ながら命の危険を伴った。シルヴィアを失う事を恐れる俺は、子どもは諦めるべきだと、彼女に訴えた。けれど彼女は、それでも子どもを産む事を決めた。熱心な預言信者だった彼女が、預言で無事に出産出来ると詠まれているから大丈夫だと、強く言ったからだった。


「……。…預言に読まれていたせいだろう」

『貴方との間に、子供が欲しかったからだよ。預言の有無に関係なく、愛した人との…夫婦の証として、心から望んで産んだんだよ』


導師サクの言う通り、たとえ預言に無事に出産出来ると詠まれていなくても、彼女は出産する事を選んだ可能性は高かっただろう。

その結果、預言によって国に赤児を奪われ、自らの命をも落とす事になるとも、知らずに…


「シルヴィアにとっては、そうだっただろう。だが実際は、預言に従わされ、王女の身代わりとする為に産まされたのだ。預言に支配された国と、狂った人類によってな!!」


激情に突き動かされるがままに、ラルゴは慟哭する。預言が無ければ、娘を奪われる事はなかった。そもそも、俺とシルヴィアが惹かれ合う事もなかった。シルヴィアが俺に惹かれたのは、預言に俺が運命の人だと詠まれていたからだ。預言がなければ、そもそも俺達が結ばれる事はなく、子どもが出来る事もなかった筈だ。それまでは知る事も無かった家族の暖かさを、愛する者達との幸せを知った後に、全てを奪われ、こんな絶望に叩き落とされる事もなかった!!


「この世界は預言によって歪められ、最早修正不可能な状態に陥っている。一度全てを滅ぼし、生まれ変わらなければ…ローレライと星の記憶を消滅させねば、この世界に未来はない!」

『…ラルゴは、誰かが自分達と同じように、預言に振り回され、未来を奪われることがないように、世界を変えたいんだね』


同じく痛みを抱え、愚かな人類と歪んだ世界に絶望する中、それでも人類を救おうと、世界を変えようとするヴァンの志しに賛同し、彼について行くと誓った。レプリカ計画は、人類を救う為の最後の手段であると、信じて。


『そうして世界を救う為に……シルビアさんが命懸けて残した、たった一つの命を……大切な自分達の娘の命を、ラルゴは自らの手で奪ったんだね』


返り血に染まった大鎌から、ポタリと赤い滴が地面に落ちた。



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