束の間の休息(5/8)

とりあえず、アッシュの誤解も無事に解けたようで何よりだ。スパの湯にアリエッタと並んで浸かりながら、身体の緊張を解していく。温泉っていいよね。生き返るよ…。疲れを癒しながら、先程話を終えて一旦別れたアッシュの方を見ると、あちらはあちらで男性陣達と合流していた。

アッシュとフレイルが腕立て伏せ対決を繰り広げる中、立会人のカンタビレ師団長がいきいきと対決の指揮を取り、実に楽しそうに彼等を扱いている。彼等はスパへ一体何をしに来ているのだろう。ここはゆっくり休んで、温泉を楽しんで寛ぐ場じゃなかったのだろうか…。そんな光景を遠い目で見詰めた後、サクはアリエッタがクロノ達の方を見詰めている事に気付いた。クロノとシンク達も何か面白い事でも始めたのかと思ったが、どうやら彼等は普通に話をしているだけの様子。



『あっちで面白い事やってるけど、アリエッタはそれよりクロノの方が気になるんだ?』

「…っつ!!」



アリエッタの頬を突いてあげると、彼女はバッと勢いよく此方に振り返ってきた。真っ赤になったアリエッタが可愛い。そして私の指摘に、恥ずかしそうにしながらも、そのまま素直に頷いてしまう所も含めて可愛すぎるよこの子。



「クロノ、皆と一緒で楽しそうだから…アリエッタも、うれしいし、楽しいな…と思って」

『ふふ。アリエッタは本当にクロノが大好きなんだね』

「はい。大好きで、とっても大切…です」



アリエッタの幸せそうな笑顔につられて、サクも穏やかに微笑む。ここでふと、疑問が浮かぶ。クロノとアリエッタの関係って、どうなるんだろう?恋人同士、って言うには何か違う感じもするし。夫婦…も行き過ぎかな。アニスやイオンの関係とも、ちょっと違う。彼等は互いに互いを大切に想い合ってて、親愛に近い…親愛の延長線上にいる二人、って感じかなぁ。勿論そこには恋愛感情もあるんだと思うけど、それ以上に親愛が強くて、家族に近い関係なのかもしれない。彼等の特殊な生い立ち上、二人は各々が家族を求めてたから。

以前のクロノは、アリエッタの事を自身の所有物、またはペット、という認識だった。…んだと思う。あれからその認識は変わったのか……正直私は知らない。けどまあ、二年前の彼等と今の二人の様子を比べるに、アリエッタを見詰めるクロノの眼差しが以前とは微妙に異なっている事だけは、明らかだ。伊達にクロノの悪友はやってないぜ。一途なアリエッタにクロノが絆された、に一票入れておこうかな。

…なーんて、他人事を考えて油断しきっていた時だった。



「サクは、シンクの事が好き…なの?」

『…ぇ?』



突然、アリエッタが爆弾発言を投下してきました。お、おませさんな時期なのか?先程までの自分の思考回路は、この際棚に上げてしまおう。さて、どう答えたものか……と迷ったのはほんの一瞬で。此方を見詰める真っ直ぐなアリエッタの瞳と目が合った瞬間、私の口からするりと言葉が出て来た。



『…うん。好きだよ。勿論、アリエッタの事もね』

「!アリエッタも、サクが大好き、です!」



ぱぁっと、更にアリエッタが笑顔になる。…うん。この笑顔を守れただけでも、私がしてきた事の意味はあったなぁ…なんて、思ってしまう。所詮はただの自己満足に過ぎないというのに。それでも、そう思えるのは、昨日シンクが私にそう言ってくれたから…なのかもしれない。我ながら単純な奴だ。

そうして私が内心苦笑している一方で、無邪気なアリエッタは他の仲間達の名前…シンクやアッシュ達の名前も挙げていきながら、楽しそうに笑っている。ライガママも仲間達も、全員大好きらしい。微笑ましいよね。



「アリエッタは皆が好きだけど、クロノの事が好きな気持ちだけは、ちょっと違うの」

『それは、親愛や友愛の違いかもしれないね』

「じゃあ、サクは?」

『うん?』

「サクの好きも、アリエッタと同じ…なの?」

『そうだね。私も同じ、友達の好きって気持ちかな』

「じゃあ、シンクの事は?」

『っ……!?』



くりくりとした、純粋な瞳が私の真っ赤な顔を映す。羞恥のあまり、咄嗟に誤魔化そうとして……けど同時に、嘘をつきたくない、とも思ってしまって。…いやいや、嘘って何だよ嘘って。



『……どう、かな…』

「?違うの?」

『う……』



じぃ…っと、紅い瞳に覗き込まれる。私は、アリエッタの様にストレートに気持ちを口に出来ないと知る。否、普通世の乙女ならここは躊躇う所だよね…?うん。

そりゃあ、私は…シンクの事が好きだ。むしろ大好きだ。この世界に来る前から、シンクの事は特に好きだったから、彼の事を私は余計に特別視してしまっているのかもしれない。この世界に来て、私が最初に助ける事が出来た人でもあって。彼が生きる事を選んだ以上、彼を生かした私にも責任がある。シナリオの末路を知っているだけに、彼には幸せになって欲しいと、私自身強く願っている。だからこれは、アリエッタ達が好きな気持ちと同じ…筈。



「シンクは…」

『ふぇ?!』

「シンクは、サクの事…多分、そういう風に見てる…です」

『……っ!?!』

「クロノもそう言ってたから、間違いない…と、思う」



おいクロノお前ちょっと表へ出ろ。アリエッタになんて事を吹き込んでくれちゃってんの?いやいや、それよりも、それってどういう……ああもうちょっと待って!動揺し過ぎて平静も取り繕えない中、サクはすっかり赤くなってしまった顔を両手で覆い隠した。

私だって、全く意識をしていない訳じゃない。シンクが私の事をどう思っているか、嫌われたりしないか、愛想尽かされたりしないか…考えてしまう事は多々ある。けど、きっとそれはシンクも同じ気持ち…だと思う。

シンクは私の導師守護役だから。彼が私の傍に居てくれるのも、私が望んだから。もしも、それ以外に、彼が私の傍にいてくれている理由があるとしたら。それは私がシンクに生きる意味を与えた特別な存在だからで。かつてルークがヴァンに強く執着していた様な、そんな感情から慕ってくれているのだろうと、思ってた。

でも、もしも。それだけじゃないとしたら。もしも本当に、シンクが私の事をそういう風に見てくれているのだとしたら。

――私は……



「何か僕らの名前が聞こえた気がしたんだけど、何の話してたの?」



…って、言ってる傍からクロノがキヤガッタ!しかも、後ろにシンクを引き連れて。うわああああ!ど、どうしょう何かシンクの顔を真面に見れる気がしない。そもそも今の私ってどんな顔してる!?絶対赤くなってる…いや、ここはお湯に浸かってるせいだと言い張るしかない!幸い、こっちの話は聞かれてなかったみたいだけど……この絶妙なタイミングで話を振ってきているだけに、何とも言えない気もする。ジーザス!



「女の子同士の秘密、です!」

「そう。…ま、アリエッタに変な虫が付いて無さそうだから僕は安心したよ」

『(全部聞こえてたんじゃねーか!!)』



クロノにニヤニヤと含みのある笑みを向けられて、正直死にたい。私とクロノの無言のやり取りと、先程のクロノの発言を聞いた、気になるシンクの反応はというと…



「何の話?」

「こっちの話さ」



…あれ?尚シンクの方は聞こえてなかった模様。ほっとした様な残念な様な。ていうか、どんだけ地獄耳なんだよ…クロノ…



「どうでもいいけど、クロノは本当にそいつが好きだね」

「…否定はしないでおいてあげようか」



うわ、クロノが珍しく素直に出たな。そしてたら、アリエッタが花の咲いたような笑顔を見せて。満更でもないのか、クロノもドヤ顔をシンクに見せるものだから、シンクがイラッとしてる模様。相手が悪かったね、シンク。…と、



『そう言うシンクには、好きな人っているの?』

「はあ…!?」



まさかの質問に、シンクから素っ頓狂な声が上がった。会話の流れで何気なくふと浮かんだ疑問だったんだけど……え?何でシンクがそんなに動揺するの?



「…何で?」

『そりゃあ、気になってさ』

「じゃあ、そういうサクの方は?」

『え”…』



まさか、そう切り替えされるとは思ってなくて。さっきの事もあり、一気に顔に熱が集中する。気まずくて思わずシンクの顔を見れなくて、咄嗟に明後日の方向を見たら今度はフレイルと目が合い、慌てて視線を逸らしてしまう。今の顔を誰かに見られるのは不味い。てか嫌だ。クロノからの視線も何だか痛い気がする。私は見世物じゃないぞ!!



「(…何?今の反応…)」



そんなサクの葛藤は露知らず、サクの反応が面白くないシンクは思わずむっとなる。



「顔、赤くない?」

『の、のぼせちゃったかな?シンクが変な事訊くから!!』

「ふーん…?」

『ううう…』

「で?実際の所はどうなのさ?」



上手く僕から話題の対象を逸らしたと思ったら、クロノに蒸し返された。面白がっているのは、顔を見れば一目瞭然。余計な事を…と、シンクは苛立ち舌打ちする。本当、ムカつく奴だ。



「…教えないよ」

「…へぇ。否定しない所を見ると、どうやらシンクにはいるみたいだね。好きな人」

『!?』

「この様子だと、導師守護役の子とシンクが親し気に話をしてるっていう”あの噂”も、嘘じゃないみたいだね」

『!!?』



だから、何故そうなる!?しかも全く持って聞き覚えも見に覚えもない噂だし。そんなクロノの邪推を僕が否定する前に、サクがずいっと僕に詰め寄ってきた。ちょ、近い!何か物凄く近いんだけど!?



『だ、誰々!?』

「え………、…教えない(っていうか噂に関しては知らないし)」

『私の知ってる人?』

「さあね」

『し、シンクの意地悪…っ!』



……この後も暫く粘ってシンクを問い詰めてみたけど、結局彼は口を割ってはくれなかった。シンクにはそのままフローリアン達の方へ逃げられてしまったので、仕方なくこの場は一度引いてあげたものの……正直、気になって仕方がない。納得のいかないまま、アリエッタと一緒にお湯に浸かっている訳だ。

でも、そっか……シンクにもいたんだ、好きな人。少し湯あたりでもしてしまったのだろう…天井を仰ぎながら、サクは深いため息をつく。同じ第五師団の人かな?いや、クロノの話だと導師守護役の中の誰か……って事らしいけど。守護役ならシンクの同僚でもある訳だし、二年も在籍してる間に、気の合う子でも見付けたのかもしれない。

それは、とても嬉しい事だと思う。シンクに大切な人が出来たら。もともとこの世界の人間じゃない私なんかより、断然良いと思う。私なんて、正直な所、全てが終わったらどうなるかも分からないし…。私がシンクの幸せを探してあげるまでもなく、シンクが誰かと幸せになってくれるなら。彼に居場所が出来るなら……



『……っつ』バシャンッ

「!?サク?どうしたの…?」

『…うん…大丈夫。何でもないよ、アリエッタ……』



思わずお湯に顔を付けてしまった。息を止めてしばらく顔を浸けたまま、私は顔を上げれなかった。…水中で息を止めてるのって、こんなに苦しかったかな。目頭が熱いのも、お湯の熱のせいだ。



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