生まれた意味(7/16)


「アンタはそうやって、すぐに一人で全部背負い込もうとする。悪い癖だよ」

『う…』



そう言ってシンクが咎めると、サクは言葉を詰まらせた。今度は目に見えて落ち込んだサクに、シンクはため息をつきたくなる。…自覚があるなら、相談してくれたら良いのに。

チラリ、とサクの手にある羊皮紙の束に視線を落とす。羊皮紙の束こと瘴気中和に関する資料には、至る箇所に書き込みが加えられている。ここ最近のサクは、暇さえあれば旧図書室に引き籠り、何やら調べ物をしていた。公務以外の時間の殆どを、この調べ物とやらの時間に宛てがっている様だった。あのサボり癖や逃亡癖の強いサクが、息抜きの時間を潰してまで…だ。

聞けば、ルーク達を死なせない為に、何か良い方法はないか、色々調べているのだと、話してくれた。…何でアイツ等の為に、サクがそこまでするの?苛立ち混じりに尋ねれば、彼等に死んで欲しくないから。という答えが返ってくる。

瘴気の問題はサクのせいではないし、その為に払われる犠牲に対してだって、サクが心を痛める必要なんてないのに。払われる犠牲が、第三者ではなくルークかアッシュ…という点も、大きな理由だろう。加えて、サク自身でも瘴気の中和が出来る可能性はあるのに、自身が手を出す事が許されない現状に対する歯痒さや申し訳なさを感じているのかもしれない。サクは優しいから。

…それとも、何か他に、サクが心を痛める理由があるのだろうか…?

ベルケンドの医療施設で見せたサクの酷く思い詰めた表情が脳裏を過ぎり、シンクは一瞬表情を顰めたが……直様その記憶を頭から振り払った。



「って言うか、今回の事にサクに非があるとは思えないんだけど。悪いのはルークを追い詰めた世界だ。あと、ルークもルークだね」


そもそも、ルークがその命を賭して、不特定多数の被験者達を助けるような価値なんて、この世界の被験者達なんかに本当にあるのだろうか?正直言って、僕は無いと思うね。ヴァンの計画に賛同しても良いと思った位だし。

でも、ルークはそうは思わないみたいで。それどころか、世界を救う為の犠牲を請われ、瘴気を消す事でしか、自身の価値を見出せないでいる。アクゼリュスを崩落させた罪滅ぼしとか、アッシュに居場所を返す為…とか、そういった要因も、ルークの背中を後押ししているんだろう。

ああ、もう…本当に、どこ迄も馬鹿馬鹿しい話だ。そこまで考えを吐露した所で、先程とは違い、サクが笑っている事に気付いた。何処となく嬉しそうな雰囲気の彼女に、疑問が沸く。



「……何?」

『…良かった。何だかここの所、シンクに避けられてる気がしてたから』



私の気のせいかもしれないけど、と言って言葉を濁して苦笑するサクに、シンクは内心ドキリとしていた。…なるべく平静を装おうとしてきたけど、やはり上手く誤魔化せていなかったらしい。誰のせいだと文句を言いたくもなったけど、そんな本音を言える筈もなかった。



『ついにシンクに嫌われたのかと思って、実は少し不安だったんだけど……シンクに慰められてたら、何だか嬉しくなってきちゃって』



馬鹿みたいに何処までも素直に白状するサクの話を聞いていたら、またしてもシンクは顔を逸さずを得なくなってしまった。…ああ、でも今のは照れ隠しだって、絶対にバレてる。クスクスと、何だか嬉しそうに笑っているサクの声がその証拠だろう。自分でも分かってしまう位、熱が集中する自身の顔に内心舌打ちする。

けど、サクのこの笑顔は、自身が嫌われた訳じゃないと知った安堵からきているもので。彼女が安心している様子を見ている内に、シンク自身もまた、心の何処かで安心している自分がいる事に気付いた。…という事は、これはつまり、僕らは二人して…



「…同じ事考えてたんだ…」

『…え?』

「いや。実際、嫌気は差しそうな所だけどね」

『ええ!?さ、最近は真面目に仕事してたのに何で!?』



サボってないよ!と主張する彼女に、シンクからは今度こそため息が出てしまった。それが本来なら普通の筈なんだけどね。あと、話を逸らされた気がする……もっとも、僕自身も言葉を誤魔化したから、サクの事をあまり言えないのかもしれない。

正直言うと、サクには訊きたい事や言いたい事が、まだまだ沢山ある。其れこそ、ベルケンドの医療施設での事とか…色々と。でも、サクは基本秘密主義(本人の自覚は薄い)みたいで、あまり深く詮索されると対応に困るらしい。自身に関わる事となると、余計に…だ。

一人で抱え込んでないで、相談するなり、もっと弱音をこぼすなりしてくれたらいいのにと、いつも思う。今だって正直釈然としないけど、彼女が話したくないなら…仕方がない。僕も、サクに嫌われたくないし。

ちょっと、寂しいけど…。



「真面目に公務に取り組んで貰えてる分には、何も文句は無いよ。けど、最近のサクは根を詰め過ぎ」



今こうして腕を回しているサクの小さな肩も、以前より少し痩せた気がする。日頃の無理が身体に現れてる気がして、苛立ちが募る。サクはサクで、僕の反応から次に何を言われるのか察しているのだろう。びくり、と身体を震わせた彼女のあからさまな反応が返ってくる。



「…ここの所、ちゃんと食事摂って無いでしょ」

『そんな事ないよ。シンクの差し入れだって全部有難く頂いてるし…』

「…それ以外は?毎日三食きっちり食べてる?」

『…………』

「あと、睡眠時間も削ってるよね?疲れが溜まってるのって、これらの積み重ねのせいだよね?」



何だかシンクがオカンだ…。と思ったサクだったが、口に出すと色々マズそうなので黙っていたりする。



「そんなに身体を壊したいの?ルーク達や瘴気の問題が気掛かりなのは分かるけど、アンタ自身が倒れたら本末転倒なんじゃないの?」

『えと、シンク…さん。そろそろ、離して貰えないでしょうか…?』

「僕の話聞いてる?」



さっきは話を流してあげたけど、ここは流してあげる気はないから、逃げようとしても無駄だ。それに、サクがブランケットを纏っている為か、こうしているとシンクまで温かく感じる上に、抱き心地も悪くないから、もう暫くは離してやる気もない。

…せっかく、久し振りにサクとの時間を過ごせているのだから。



『そ、そう言えば、あの譜石帯も全部ユリアが詠んだ預石なんだよね!』

「ああ。量が膨大過ぎて、ローレライの鍵を使って譜石帯にばら撒いたって話?」



ここからはとても小さく見えるけど、実際目の前にすれば、それこそ本当にとてつもない大きさなのだろう。例え預言の読み上げを廃止したとしても、この世界から預言が消える事はないのだと、言われている様な気がして、シンクは不快そうに眉根を寄せた。…って、また話を逸らそうとしてるし。危うくサクのペースに流されそうになっている事に気付き、彼女に文句の一つでも言ってやろうかと思った時だった。



『………っ!!!』



シンクの腕の中から、突然サクが立ち上がった。ブランケットがずり落ちた事により、風に晒されて再び肌寒さを覚えたが、今のサクにはそれどころではなかった。



『ありがとう、シンク』

「…は?」

『ちょっとディストの所に行ってくる!』



そう言うや否や、サクはシンクが止める間もなく、あっという間に転移譜陣で去ってしまった。いつぞやかのデジャヴュを感じる半面、突然消えてしまった温もりに、シンクは少し切ない気持ちになる。



ーー…今更、何をしても無駄なのに。



残されたブランケットを手繰り寄せ、僅かに残っている彼女の温もりを感じながら、シンクは立ち上がる。守護役でもある以上、夜間に彼女を一人にさせる訳にはいかない。とは言え、行き先がディストの研究室なら、そこまで心配する必要は無いかもしれないけど。



「……ごめんね」



去り際に、瘴気色に染まる夜空とそこに浮かぶ譜石帯を見上げて、シンクは小さく呟いた。

この空から瘴気が消えた時。もしくは、瘴気が今より幾分か薄くなった時。……僕らがやった事を、サクが知った時。

果たしてサクは、その後も僕に笑い掛けてくれるのだろうか。



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