生まれた意味(8/16)

翌朝。シンクがサクの執務室へ行くと、そこに彼女の姿は無かった。ひょっとして、まだ戻っていなかったのか…?そう思って、ディストの研究室へ向かう為に部屋から出ようとした所で、今しがたシンクが入って来た扉がガチャリと開いた。廊下側の扉から現れた人物と目が合うなり、相手は嬉しそうな顔をして此方に駆け寄って来る。



『シンクーっ!!おはよう!』

「…え?何?朝からテンション高くない?」

『徹夜明けのテンションだからね。それより聞いて聞いて!』



微妙に引き気味なシンクの反応にも構わず、サクは早速話を始めた。

思い立ったが吉日。あの場でシンクと別れた後、サクはディストの研究室へと直行した。ベルケンドの施設や栄光の大地との往復で疲れて就寝中だったディストを問答無用で叩き起こし、彼に先程の思い付きを話して、至急協力をお願いしたのだ。復讐日記に〜と文句云々を言われる前に、聡明な友人である薔薇のディストにしか頼めないの!と懇願してみた所、無事に引き受けて貰えた。ちょろ甘ですね。

そこからは、禁書の資料も参考にしながらディストには計算を任せ、私は私で譜術書を漁り直しつつ、ディストと一緒に研究室に篭り……気付いたら徹夜明けだったという。計算の結果、ディストからはなかなか良い返事を貰えたし、ようやく光明が見えてきた。これなら、なんとかなるだろうと。嬉しさのあまり、徹夜明けの変なテンションでシンクに突撃してしまった次第である。



『……ていう訳で、これで瘴気の問題もなんとかなるかもしれないよ!』

「そう、なんだ…」

『…?』



一通り説明を終えた所で、私は漸く違和感に気付く。…何だか、シンクの様子がいつもと違う気がする。何処となく、反応が余所余所しい様な…いや、シンクがそっけない態度を取るのは今に始まった事ではないんだけれども。それとも、私のテンションが高過ぎて単純にウザがられているだけだろうか。昨日は久し振りにシンクがデレを見せてくれたから、その反動でツンが発動しているとか?暫く考えてみたが、どれもピンとくる答えは思い浮かばない。徹夜明けの影響かな?う〜ん、何か気になるんだけど面倒臭くなってきたからまあいいや。

取り敢えず、ルーク達にもこの話をしないと…いや、やっぱりここは土壇場まで内緒にして置く方が良いのか?などと考え事が再び脱線し始めた所で、ふと新たな疑問が浮かぶ。



『そう言えば、ルーク達の姿が見当たらないね。昨日は来賓室に泊まって行くって言ってたのに…』



ここに来るまでの廊下でも、彼等の姿を一人も見かけなかった。明日の決行に備えて、今日は朝早くから何処かに出かけた…とか?流れ的に考えるとファブレ家邸宅、かな。アッシュの帰還イベントがまだ終わってなかったのかもしれない。ちょっと気になったので、少しだけ同調フォンスロットを繋いでみようかと思い立ち、何気なく繋いでみて…彼等の現在地が何処か察した瞬間、サクの表情から血の気が引いた。



『…で……?』

「サク?」

『何で、皆でレムの塔に登ってるの…?』

「……っ!」



半ば呆然としながら、シンクを見やる。同調フォンスロットを通じて見えたルーク達は、今まさにレムの塔を昇っている最中で。愕然とする私の反応を見てか、私が知った事を察したらしく、シンクから再度顔を逸らされた。



「…今回は、一足遅かったみたいだね」

『シンクっ…!』



彼の一言で、直感で理解した。シンクがジェイドと何を話していたのか、今更理解した。

作戦決行が明後日って言われた時点で、変だと思ったんだ。実際は翌日…つまり今日だった訳か。作戦に私を関わらせない為に、シンクと協力して皆で私を騙して、足止めさせたんだ。否、もしかしたら彼等の独断で実行を早めた可能性もあるけど……何方にしろ大差は無い。

残すなら被験者だと合理的な結論を下せるジェイドの事だ。ここで残すなら、ルークやアッシュより、私を残すべきだとでも結論付けたのだろう。ルーク達の命と引き換えに、例え全ての障気を消せなくても、一部でも障気を消して薄める事が出来れば、時間稼ぎにはなる。その間に、ヴァンが地殻から出て来るのを待ち、そこでヴァンを叩いてローレライを開放させる事が出来れば、私が昨日話した方法でより確実に障気を消す事が出来るから。

最悪、ルーク達の代わりに私が術者を請け負うと、シンク達の前で言ったのが失言だったらしい。昨日の話の中で、計画実行の際には私が首を突っ込んで来る事は確実だと判断されていたのだろう。…ギリギリまで待ってって言ったのに!名案が浮かんだ矢先にコレかよ。あぁもう本当に最悪。



『今から追い掛けてくる!』

「無理だよ。何時間も前にアルビオールで出発してるし、どんなに急いだ所で今更…」

『なら、奥の手を使うまでだよ』



シンクの言葉を遮り、サクは第七音素譜歌を奏で、その身にローレライの加護を纏った。疑似超振動でレムの塔まで音速で飛べば、なんとかなるだろう。というより、絶対に間に合わせる。



「待ちなよ」



けれど、焦る私が部屋から出ようと踵を返した所で、手首を掴まれてしまった。振り返ると、私の手を掴んでいるシンクと目が合う。



「悪いけど、ルーク達の所には行かせないよ」

『何を言ってるの!?このままじゃルークが…アッシュが死んじゃうよ!』

「じゃあアイツラの代わりに、サクが死ぬ気なの?」

『こんな所で死ぬ気はないよ。さっき言った筈だよ?方法が見つかったって』

「いくらサクが特殊だからと言っても、無茶をすれば死ぬ可能性はあるんだよ?」

『大丈夫。私はこれ位の事で死なないよ』

「分からないだろそんな事っ!!」

『……っ!?』



突然感情的に声を荒らげたシンクに、驚いて息を呑む。先程までは焦っていて気付かなかったが、今更ながら彼が怒っている事に気付いた。それも、いつになく本気で。



「確かに、サクの言う様に、アンタは死なないかもしれない。けどそれって、裏を返せば、死ぬかもしれないって事と同じじゃないか。死ぬ可能性だって、十分あるって事だろっ!」



彼の真剣な瞳が、真っ直ぐサクへと突き刺さる。シンクの剣幕に気圧されて怯む中、今度は彼に両肩を強く掴まれ、サクはビクリと肩を震わせた。



「自分自身の命の重さを一番分かっていないのは、ルークじゃない。アンタ自身だっ!」

『…!』



シンクの指摘に、言葉を失う。…今の自分の立場を軽視している自覚は、少なからずある。けど、だからといって、私は決して自分の命を軽視してはいないと。そう、否定したいのに……何故か反論出来なかった。シンクの方が正論だと、心の何処かで思ってしまったからかもしれない。

そうして私が何も言えずにいると、シンクの怒りを滲ませた瞳が、今度は悔し気に歪んで……そのまま彼は俯いてしまった。



「仲間は大切にして守ろうとする癖に、何で、自分自身は大切にしてくれないんだよ…っ」

『シンク…、』



絞り出された彼の声は、先程までの怒声とは打って変わって弱々しく震えていて。縋る様な、痛切な彼の訴えに、胸が苦しくなる。彼はこんなにも、私の身を案じてくれていたのだ。私が無謀とも言える様な計画を立てる度に、危険な目にあう度に、シンクはいつも本気で心配してくれていた。私の事を護ると約束したから、その約束を守る為、不安と戦い葛藤しながら。今回の事だって、私を守る為にやった事なのだろう。



「僕は嫌なんだよっ!これ以上、サクが誰かの為に傷付いたり、苦しんだりするのは嫌なんだっ!!」

『シン…、』

「例え嫌われても……恨まれても構わない。でも、サクに死なれるのは……それだけは嫌なんだっ!」



反射的にシンクに謝りかけて、サクはその言葉を飲み込む。ここで謝っては、自分が死のうとしていたと認めてしまう事になる。加えて、シンクの優しさを否定する事にもなってしまう。なら、今私が選ぶべき言葉は、謝罪じゃなくて…



『……有難う、シンク』



シンクの手に自身の手を重ねて、彼の両手を肩から降ろした。そのまま彼の手を離さずに、両手でそっと包み込む。驚き混じりに顔を上げたシンクの瞳は、不安に揺れていた。

…本当は分かってた。シンクがずっと心配してくれていた事。それでいて、何も言わない様にしてくれていた事も。だからこれは、全部私の独り善がりだ。シンク達には、質の悪い我儘に付き合わせてしまって、申し訳ないとも思ってる。けれど、これらは全て私のやりたい事に他ならず、意志を曲げる気はないから。私は私のエゴを貫き通すつもりだ。…こんな事言って。ああ、やっぱり私は、シンクに謝らなきゃいけないよなあ。彼の気持ちを分かっていながら、いつも無理を言って、私は彼の優しさに甘えてしまっているのだから。



『…約束する。私は死なないって。さっきも言ったけど、第七音素の宛が見つかったんだ。それから、ローレライの鍵も…直前で揃える事は出来る。条件は揃ってるし、私に乖離のリスクは無いし、第七音素譜術師としての素質も耐性も高いから、大丈夫だよ』

「…命の保証はあるの?」



小さく紡がれた彼の言葉に、サクはニッと笑みを浮かべる。いつも企み事をする時の、不敵な笑みだ。



『こんな中途半端な所で死ねないよ。それに、私を誰だと思っているの?』



そう自信有り気に言い切り、シンクの反応を待つ。

命の保証はあるのか。…その問いかけに、肯定は出来なかった。あんな風に心配されたら、嘘を付けなくなってしまったから。ひょっとしたら、シンクは……あの事を知っていたのかもしれない。それなら、彼の反応にも行動にも全て納得がいく。ああもう…本当に、シンクには重ね重ね悪い事してばっかりだ。私。

…とは言え、私に限っては、超振動の反動で音素乖離を起こして死ぬ様な事はない訳だし。今迄にも何度か膨大な第七音素を扱ってきた経験だってある。勿論危険はあるのだろうけど、今回の作戦に関しては、レプリカネビリムと戦った時より命の危険度はかなり下がると、個人的には思うし。何より、作戦に必要な条件が揃った今、勝算は十分にある。

けど、それでもシンクはまだ迷っている様で。シンクは暫し思い悩んだ後……やがて、いつもの様にため息をついた。



「…分かった。でもその代わり、僕も一緒に行く。サクを死なせない為にね」



サクが無茶をしないよう、見張らせて貰うから。そんな事を言い出す彼に、サクは苦笑混じりに一瞬了承仕掛けて、直ぐに我に返る。



『…待って!今回の件に関してはそれは不味いよ。大量の第七音素を扱う以上、シンクまで巻き込まれて乖離しちゃうリスクがあるから、危険だよ!』

「危険は承知の上。でも、自信満々のサクが、そんなヘマをするとは思ってないからね」

『シンク…でも…』

「僕はサクを信じるよ」



あー…。これは…一緒に連れて行かないと、納得して貰えないパターンだ。そうでなくとも、今回の作戦に関して、私が首を突っ込む事をシンクは反対しているのだ。これ以上シンクに譲歩して貰うのは難しいだろう。強行手段に出て気絶させられるのだけは避けたいからね。…お互いに。



『……分かった』



出来れば、シンクにはここに残って欲しかったけど…こうなっては仕方がない。改めてシンクの手を取り、サクは頷いた。



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