生まれた意味(5/16)

……今頃、ルークはティアと話をしている頃だろうか。ふと廊下で立ち止まり、夕暮れ時を迎えた空を窓越しに見上げながら、サクはため息を溢した。

ジェイドと話をした後、旧図書室でルークとも話をした。けれど、やはり彼の意思は変わらなかった。ルークを引き止められるとは思っていなかったけど……彼が術者を引き受ける事を考える誘因に、思いの外私自身の存在が影響を与えていた事を知り、内心複雑な気分だった。シンクに言えば、自意識過剰だし自惚れ過ぎ。って言われてしまいそうだ。全くもってその通りだと私も思う。

止めていた足を再び進めて、隠し通路を抜けて転移譜陣の間へと歩いていく。カサリ、と羊皮紙の紙束が、持ち出した本と嵩張り、腕の中で音を立てた。



「死霊使いに話がある」

「おやおや、烈風と名高い六神将の貴方から直々に名指しを頂くとは」

「茶化さないでくれる?」

「それもそうですね。私もちょうど、貴方に尋ねたい事がありましたから」

「…で、悪いんだけど。サクは席を外してもらえる?」

『……!!?』




…ってシンクが言い出すものだから、ジェイドと話をした後、私は旧図書室に行くとだけ告げて二人とは部屋で別れたんだけど……一体何の話をしていたんだろう?ジェイドとシンクの組み合わせって、結構不思議だよね。正直、嫌な予感しかしない。シンクの方は基本的にジェイドの事はあまり快く思ってなさそうなのに、二人で話をしている所は度々見かけるんだよね…。何なんだろうあの二人。レプリカ故の問題とか悩みが何かあって、ジェイドに相談してる…とか?否、それならまずはディストに相談を持ち掛けるよね。

転移譜陣に足を踏み入れ、考え事をしながら合言葉を唱えて移動した先……礼拝堂へと出た所で、バッタリとアッシュに出会した。何このエンカウント率。ルークに続くまさかの不意打ちだった。流石、完全同位体。



『おかえりアッシュ。どうだった?…って、聞く迄も無いか』

「ああ。全部のセフィロトを回ったが、宝珠は何処にも無かった」



便利連絡網で連絡が何もなかった時点で分かる事だ。特に収穫なし…という事か。いや、あってもびっくりするんだけど。疲れを垣間見せるアッシュに、少し申し訳なく思う。罪悪感…ってやつか。



「…珍しく疲れた顔してるじゃねーか」

『その言葉、アッシュにそのままお返しするよ』



どうやら顔に出ていたらしい。そりゃあ、連日会議だの何だのと目まぐるしく続くわ、教団に缶詰め状態だわ、瘴気の問題だわ……しかもどれも重くて辛気臭い話とくれば、私だって気も滅入るって。そんな私の顔を見て、アッシュもある程度察したのだろう。



「…会議の方は、どうなった」

『………瘴気の問題以外は、片が付いたよ』

「…他に手は無い、って事か」



眉間に皺を寄せるアッシュも、これには苦い表情だ。アッシュもディストから聞いた情報を知っている為、会議の結果もそうなるだろうと、粗方予想はしていたのだろう。考え事をしているのか、アッシュは暫し黙っていた後……



「なら、俺がやるしかないな」

『……っ!?』



突然、とんでもない事を言い出した。



『何を言ってるの?無意味に自殺する様なものなんだよ?』

「だが、このまま何もしない訳にはいかねぇだろ」

『けど…っ』

「じゃあお前は、ルークを死なせて良いと思っているのか?」

『前にも言った筈だよ。私は二人を死なせたくないって』

「…屑が。それだけじゃ答えになってねぇだろ」



第二導師という権力者なだけに、下手な子どもの我儘より、タチは悪い。しかし、明確な解決策が他に無ければ、いくら反対をしても意味はない。それはサク自身も分かっているから、会議中も何も反論しなかったのだ。



「お前の事だ。ルークが引き受ける事になったら、どうせ一緒について行く気でいるんだろ」

『それ、は…』

「だから、ルークが引き受ける事には反対していない。…違うか?」

『………』



肯定こそしないものの、否定もせずに無言を返すしか出来ない私を見て、アッシュは溜息をついていた。無言は肯定、と受け取ったのだろう。加えて、面と向かっての公言を差し控え、口を噤んだ辺り、今の自身の立場は理解している様だ……とも。



「いくらお前が特殊な第七音素譜術師であるとは言え。死のリスクがある以上、お前を危険な目に合わせる訳にはいかねぇんだよ」



シンクやジェイド…ルークにも言われた事だ。いや、インゴベルト国王陛下やピオニー皇帝陛下、テオドーロ市長達も、同意見なのだろう。



『でも…だからといって』

「これ以上、馬鹿な真似をするのはやめろ。…シンクも心配してんだろ」



シンク…。彼の名前を出されてしまっては、私も余計に強く出れなくなってしまう。



「お前の話によれば、大爆発が起きれば俺は仮死状態になるんだろう。…既に、大爆発の兆候も出て来ている。こんな体で、正直ヴァンと真面に渡り合えるとも思えねぇし、ローレライを解放させる迄持つかも怪しい所だ」



アッシュの意見は、強ち間違ってはいない。彼は……シナリオでは、ヴァンの許に辿り着く前に、大爆発に伴う発作が原因で敵に隙を突かれ、その命を落とすから。



「それに、曲がりなりにも、アイツは一度、ヴァンの野郎には勝っているんだ。ルークに任せるより他はねぇだろ。…癪だがな」



ルークの事を認めているかの様な発言に、サクは驚いて目を丸くする。が、すぐにそうじゃないと気付いた。そうやって、無理矢理自分に言い聞かせてるんだ。

終いには、「だから、俺が引き受ける」なんて事を言いだすアッシュに、サクは思わず彼の服を掴んだ。



『…アッシュの方こそ、馬鹿な事言わないで。超振動の反動で乖離したら、大爆発すら起きる前にアッシュが消えちゃうよっ』

「だが、死なない可能性も、あるにはあるだろう。大爆発が起きて、上手くいけば……俺は死なない。そう教えてくれたのは、お前だろうが」



だから、俺はその可能性に掛けてみる事にしたのだと言うアッシュの言葉に、サクは首を横に振る。そんな、死に急がせる為に教えたんじゃない。



「それに、既に大爆発の兆候が出ている時点で、レプリカの野郎に先に死なれた場合……どうなるか分からねぇしな」

『……っ!?』



アッシュの言葉に、サクは愕然となる。それはまるで、鈍器で頭を殴られたような衝撃だった。

大爆発の現象は、被験者が先に衰弱死し、被験者の音素がレプリカに流れ込み、再構築される。その為、逆にレプリカの方に先に死なれた場合……被験者がどうなるかは、分からない。ディストの話によれば、もしかしたら、レプリカに音素が流れ込む事は無くなり、症状が改善する可能性もあるし……下手したらそのまま衰弱死してしまう可能性も、否定出来ないそうだ。

この事を、アッシュもディストから話に聞いて、知っていたのだ。だからこそ、彼は自身が術者を引き受ける事を選んだのだろう。そこまで気付いて、サクは一気に青褪めた。

…私は馬鹿だ。アッシュが生き急ぐのは、大爆発の作用を誤解していた事が原因で、その誤解さえ解ければ、彼が早まる様な事はしないと思ってた。けれど、考えてみれば…先程アッシュが指摘した様な可能性も、当然存在する訳で。アッシュが術者を引き受けようとする可能性は、十分考えられたのに。

完全に、失念してしまっていた。



「…そんな顔するな」

『ア、シュ……』



俯いたまま思考していたら、アッシュに肩を叩かれた。…どうやら、全て顔に出てしまっていたらしい。彼の服を掴んでいた私の手は、アッシュの手に掴まれて、そっと離された。



「お前が言ったんだ。預言は絶対の未来じゃねえってな」

『そんな…狡いよ…そんな言い方…』



アッシュの声音は責めてなくて、むしろ普段の彼からは考えられない程、優しくて。歯痒さに、声が震える。

真面目なアッシュの事だ。自分の状態を自覚して、様々な可能性を考慮して、一人で考え抜いた末に……出した結論なのだろう。大爆発という、この不確かな可能性に懸けなければならない程、彼もまた、ルーク同様…追い詰められていたのだ。

加えて、彼は瘴気の中和はルークには無理だと判断したんだ。ルークの手に負えない場合、私が手を出すであろう事を見越している。自惚れでなければ……そうやって私に手を出させない為に、アッシュは自分がやると言っているのだとしたら?

勿論、自分の国が瘴気に沈むのを見たくない、ナタリアが悲しむ姿を見たくないって思いの方が強いだろう。けど、彼等を焚き付ける動機の発端になったのが、私だとしたら。一緒に世界中のセフィロトを回って捜したけれど、結局宝珠を見つけられなかった事に対して、彼が責任を感じているのだとしたら。

彼等を死に追いやろうとしているのは、まぎれもない、私だ。

やっぱり、私のせいじゃないか。



「アッシュ!」

「『!』」



タイミングが良いのか悪いのか。ナタリアの声に振り向くと、ルークが仲間達と共に戻って来た。…そろそろ返事をするよう、陛下達から呼ばれたのだろう。此方に駆け寄ってくる彼等…(正確にはルーク)を見て、アッシュが舌打ちしている。ジェイドも一緒の様だが、シンクの姿は見当たらない。イオンの姿も見当たらない事から、彼は一足先に会議の席に戻ったのだろう。



「アッシュ!よくぞ御無事で…っ!」

「ああ。だが……結局セフィロトを全部回っても、ローレライの宝珠はなかった。このままでは、ローレライを解放できない」



駆け寄ってきたナタリアに、アッシュはそう答えた後……ルークへと視線を向けた。



「ルーク、お前は宝珠を探せ。瘴気の中和は俺が引き受ける」

「な…!?何言ってんだよ!瘴気の中和に超振動を使えば、術者は反動で死んじまうんだぞ!?大体、宝珠が見つかってもお前がいなきゃ、ローレライは解放できねぇだろーがっ!」

「お前こそ馬鹿か?お前は俺のレプリカだぞ。こういう時に役立たなくてどうする」

「そんな言い方はやめて!」

「女は黙ってろ!!」



アッシュに怒鳴られ、黙り込むティア。



「お前がやれ!ルーク!俺の代わりにな!」

「アッシュ!待てよ!」



踵を返し、アッシュは教団を出て行こうとしたが、その腕をルークが掴んだ。



「お前を死なせる訳には……いや、死なせたくないんだ!!」

「くどいっ!!」



アッシュに邪険に突き飛ばされ、態勢を立て直そうとしたルークの喉元に、剣の切っ先が突き付けられる。



「アッシュ……」

「もう、これしか方法がねぇんだ!他の解決法もないくせに、勝手なこと言うんじゃねぇよっ!」



これしか方法がない。あの死にそうにないアッシュが、死を選ぶ程だ。こういう危機的状況の時にはいつも助けてくれていたサクですら、アッシュを悲痛な面持ちで見詰めるだけで……何も言えずにいる。…本当に、他に手はないのだろう。

だったら…



「……だったら俺が!俺が代わりに消える!」

「ルーク!?」

「馬鹿言うんじゃない!」



ルークの悲壮な発言に、ティアとガイが声を上げる。被験者でもあるアッシュを、死なせる訳にはいかない。そう、本気で思っての言葉だった。けれど、ルークの言葉によりガイ同様…アッシュの顔も怒りに歪んだ。



「代わりに消えるだと……!?ふざけるな!!」



怒りと共に剣を振り下ろすアッシュ。ルークも剣を抜き、アッシュの剣を自分の剣で受け止めた時、眩い光が走った。二人の持つ剣が交差した場所から溢れた光を見て、超振動が発生しそうになった事に両者は気付き、互いに距離を取った。



「やめなさい!消すのはダアトの街ではない。障気です!」



ジェイドがルークとアッシュを睨みつけ、止めに入る。アッシュはフン、と鼻を鳴らすと、剣を収めて背を向けた。



「いいか、俺はお前に存在を喰われたんだ!だから、俺がやる」

「アッシュ!本当に他の方法はありませんの?私は……私達は、あなたに生きていて欲しいのです!お願いですから止めて下さい!」

「…俺だって、死にたい訳じゃねぇ」



最後に聞こえた彼の声は、とても小さくて。立ち去る彼のすれ違い様に傍にいた私とルーク位にしか、聞き取られなかったと思う。感情を押し殺す様に固く握られたアッシュの拳に、彼の本音を垣間見た気がした。

ナタリアの方に振り返る事なく、そのまま立ち去るアッシュを見て、ルークがハッと我に返る。



「駄目だ!あいつを失う訳にはいかない」

「ルーク!!」



去って行くアッシュをルークは引き止めようとするも、ガイの怒声と共に、殴り飛ばされた。



「……ってぇ……」

「……死ねば殴られる感触も味わえない。いい加減に馬鹿なことを考えるのはやめろ!」

「……ガイ」



ガイは拳を握り締め、ルークを見下ろしている。殴られたのはルークの方の筈なのに、ガイの方が苦痛に表情を歪めていた。…こんな風に彼が本気で怒るのを見るのは、初めてだ。彼はルークの事を、本当に心配しているんだ。ルークにも……彼の気持ちは、痛い程伝わっただろう。

けれど…



「……ごめん」

「ルーク……」



ルークは赤くなった頬を抑えて、暫し項垂れた後……息をつくと立ち上がり、まっすぐにガイを見詰めた。そして…



「もう、決めたんだ。怖いけど……だけど……決めたんだ」

「ルーク!あなたという人は……」



毅然と自分の意思を語ったルークに、ナタリアが口惜しげな声を上げる。

…バチカルでルークがアッシュと出会した際に、アッシュを御両親に会わせた事を聞いた。彼の両親の為にも、アッシュを失う訳にはいかないんだと…ルークは言っていた。これ以上、自分は……彼等から、大切なモノを奪う訳にはいかないから、と。震える声で、彼は自分を責めていた。

ジェイドがずれてもいない眼鏡を掛け直しながら、静かに重い口を開いた。



「あなたが本気で決心したなら、私は止めません。ただレムの塔に向かう前に、陛下たちへの報告だけはしておきましょう」

「皆……ごめん……」



俯いて呟くルークに、仲間達はもう……それ以上、彼に何も言えなかった。























「…待ちなよ、アッシュ」



教団から立ち去ろうとしていたアッシュの足が、すれ違い際に呼び止められた事により、再度止まる。礼拝堂の正面出入り口付近でアッシュが振り返ると、柱に背を預けて腕を組む人物と目が合った。



「……何だ。今度はシンクか」

「アンタにも話がある」



怪訝に眉を寄せるアッシュに、シンクは抑揚の無い声でそう告げた。



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