生まれた意味(4/16)

サクなら旧図書館にいるだろうとシンクに言われて、その場所もイオンから教えて貰った。以前通った事のある、ザレッホ火山に通じる隠し扉を抜けて、そこから更に奥にある保管庫。本来なら、禁書や創世暦時代の貴重な書物などが保管されているその部屋も、セフィロトへ続く隠し通路同様、教団の機密事項の一つらしいが、イオンの権限で許可を貰って特別に。そうして足を踏み入れたその一室は、かなり埃っぽくて、古い本の匂いがした。室内は薄暗かったが、照明はついていない。もしかして、行き違いになってしまっただろうかと、一瞬思ったルークだったが……その心配は杞憂だった。

埃っぽい室内の、その奥。レムの光が漂う空間に、彼女はいた。

掌に集めた光を古く分厚い本に翳し、椅子に座って本を読んでいる。サクの周りに漂うレムの光は、拡散した第六音素の残滓の様だ。彼女の周囲には何冊かの本が積まれており、机の上にも同様に、本が乱雑に置かれていて。それらの上には、何かが書き込まれた羊皮紙とペンもあった。

パラリと、本のページがめくられる音だけが、静かな空間に響く。レムの光が浮かぶその光景は何処か幻想的で、まるで一枚の絵画の様にとても綺麗で。思わず見惚れていたら……此方の気配に気付いてか、サクがふと顔を上げた。俺の姿に気付くなり、彼女の肩がびくりと面白い位跳ね上がった。



『……っ!?誰かと思ったら、ルークじゃん』

「…えっと、ごめん。邪魔した…かな?」

『ああ、大丈夫だよ。ちょっと資料を取りに来ただけだし』



びっくりした…と呟きながら、サクは本を閉じた。明かりは付けないのかと、サクに尋ねてみた所。音素燈を付けるには埃っぽ過ぎて発火すると危ないから、と。埃の溜まった音素燈を指差して教えてくれた。場所が場所だけに、安易に掃除を頼めないんだよねぇ……一人でするにも骨が折れるし面倒そうだしなぁ…。そう、ため息混じりに話す彼女に、少し笑ってしまった。世界の危機だとかは、まるで無いかのような、普通の日常的な会話だ。つーか、教団のトップである導師が気にする様な事か?色々おかしいだろ。



『ルークがここに来たって事は……シンクかイオン辺りに聞いたの?』

「ああ。二人が教えてくれたんだ。サクなら多分ここだろうって」

『一応、関係者以外立ち入り禁止なんだけどね……まあいいか』



手間を掛けさせちゃってごめんね、と言って謝るサクに、ルークは首を振った。彼女やイオン達が多忙な事は、承知の上だ。むしろ、そんな忙しい合間に時間を割いてもらっているのだから、逆に申し訳ない位なのに。その事を伝える度に、彼等は揃って気にするなと、いつも嬉しそうに笑ってくれるのだ。そんな彼等の好意に、ルークはいつも甘えさせて貰っていた。

だから、今回も…サクの好意に、甘えさせて貰う事にする。こうしてサクと言葉を交わすのも、これが最後かもしれないから。サクの方も…俺が何で自分に会いに来たのか、なんて。理由は分かり切っているのだろう。羊皮紙の束の隣に本を置く彼女の横顔に、普段の様な明るさはあまりみられないのが証拠だ。



『ルークは、私に引き止めて欲しい?それとも背中を押して……突き落として欲しい?』

「!」



唐突で…加えて単刀直入過ぎるサクの言葉に完全に不意を突かれ、ルークは言葉を詰まらせる。



「俺、は……」

『状況が状況だからね。拒否権なんてあって無い様なものだし?それでも……ルークが嫌だって拒否しても、誰もルークを非難したりはしないよ?だから…』



羊皮紙を見詰めていた彼女が、今度はその瞳に俺を写した。先程までとは違う、真剣な瞳に、小さく息を呑む。会議の時に見ていた時と、同じ表情だ。



『生きてちゃ駄目だからとか、罪を償う為にとか、自分はレプリカだからって理由で、死のうと決意するのはやめてよ?』

「全部、お見通し…か」

『…そうでもないけどね』



瞳を伏せると、サクは小さく嘆息する。所詮、シナリオはシナリオでしかなく。今目の前にいるルークの…実際の彼の心情の全てを、その苦悩を計り知る事なんて、私には出来ない。



『自分は瘴気を消す為に生まれたのかな…なんて考えてない?』

「っ…」

『それで、何処かの髭みたいに【漸く役に立ってくれたな。愚かなレプリカルーク】なんて言って貰えたら…満足する?』



ショックを受けた様な顔をするルークに、ズキリと胸が痛む。ルークを虐めたり、傷付けたりしたい訳じゃないんだけどな……って、彼の古傷を抉る様な酷い真似をしておいて、言える様な台詞でもないか。



『悪いけど、私達は称賛なんてしないよ。皆、ルークの事を大事な仲間だって思ってるんだから』

「サク……」



私は、酷く無責任な事を言ってる自覚はある。自分は死にたくないからと言って彼等に死ぬ役目を押し付けようとしている癖に、彼には死ぬなと言っている様なものだ。何処までも愚かで傲慢で、とても滑稽だろう。

…果てには、レプリカが作られるのを阻止していなければ。レプリカ一万人を犠牲にすれば良かったとまで、考え始める始末だ。これを傲慢と言わずして何と言えよう。…ああ、外道と罵った方が良いかもしれない。



『…て言うか、本来ならここは怒るべき所だよ?そんな事を言うなら、お前が超振動の術者を引き受けて瘴気を何とかしろよ、ってさ』

「そんなの、俺には言えないよ。サクには何度も助けられてるし……俺なんかの代わりに、死んで欲しくないんだ」

『俺なんかの、ね…』



他人事の様な口振りで、ルークに死を押し付けようとしているのに、優しい彼は一言も私を責めない。それどころか、自身を卑下してしまっている位だ。…私の事を罵るには、彼は命の重さというものを、感じ過ぎていた様だ。



『私は、ルークに生きてて欲しいと思ってるよ』



サクがそう言ったら、ルークは一緒驚いた顔をした後……彼はくしゃりと、今にも泣いてしまいそうな苦笑を浮かべた。



「…ダメだ。それだと、アッシュが死ぬ。俺がやらないと……アッシュかお前が死ぬんだぞ!?」

『勿論アッシュにも死んで欲しく無いし、私自身も死にたくないよ』

「でも、誰かがやらないと……このままじゃ、皆死んじまうんだ。誰かが犠牲に、ならないと…っ」



ぐっと握り締められた彼の拳は、震えていた。…死ぬのが、恐いのだろう。ティアじゃないけど、それは当たり前の感情だと、私も思う。でも、彼はそんな恐ろしいと感じている死を覚悟しなくてはいけない程、追い詰められているという事で。そこまでルークを追い詰めている、彼の根底にある思いはおそらく…



『ルークは…自分に自信がなくて、自分が生きてていいとも、思ってないの?』

「だってそうだろ?俺はレプリカで…アッシュの居場所を奪ったのも俺なんだ…っこれ以上、俺の為に誰かを犠牲になんて…俺には出来ない。俺に、そんな価値はないっ」

『…それが、ルークの本音だね』



震える声で、痛切に叫んだ彼の言葉は、その全てが本心なのだろう。死の恐怖に震えてしまう身体を両手で抱き締めながら、ルークはその場に崩れ落ちた。



「俺だって死にたくないけど、アッシュやサクを殺したくない。皆を…世界中の人々を、死なせたくないんだ…っ」



どこまでも、優しい子だ。優し過ぎて、今にも壊れてしまいそうな位。

おそらくルークは、瘴気を消す為の方法が他に無いのか…もしくは私に何か策は無いのかと期待して、私の所に来てくれたのだろう。私なら、何とか出来るかもしれないと、淡い希望を抱いて。けど、私が何も言わないから……彼は悟ってしまったのだろう。本当に、他に打つ手は無い事を。

…本当に、私は何がしたいんだろうね。ルークに自分の命の重さに気付いて欲しかっただけなのに、これじゃあルークをただ責めて虐めてるだけだ。

サクは椅子から立ち上がると、ルークの傍まで歩み寄り、彼の前で膝を着いた。床に座り込み、項垂れるルークの背中に腕を回して、震える彼の身体を抱き締めた。



『…生きてて良いんだよ、ルーク』

「……っ、」

『君は、生きてて良いんだ』



幼い子どもに諭させるように、優しく言い聞かせるように。サクはゆっくりとルークに語りかけ、想いを言葉にして紡いでいく。

確かに、生まれ方は他人と違ったかもしれない。誰かの思惑で作られた命だけど……君には、仲間達がいる。互いを受け入れ合って、支え合って、互いを想い想われる関係だ。

ファブレ家にとっても、君はもう一人の大切な息子なんだ。後ろめたさは感じるかもしれない。けど君は、ファブレ家のもう一人の息子として、御両親達からも確かに愛されているんだよ?

こんなにも沢山、色んな人達から死ぬなって。一緒に生きて欲しいって、思ってくれている人達がいるのに。



『死んじゃ駄目だよ…』



サクの言葉が、じんわりと心に沁みてきて、すごく胸が苦しくなった。俺は、こんなにも想われているのかと。改めて思い知らされた気分だった。心の何処かで、俺は生まれてきてはいけない存在だったと、思っていた。でも、サクの一言で、まるで本当に俺という存在が許されてしまったかのように思えた。…否、本当に、彼女は俺の事を許してくれているのだろう。なんとなく、そんな気がした。

目を閉じて、思い浮かぶのは仲間達の姿。彼等も皆、俺が犠牲になる事を止めようとしてくれた。皆の気持ちが、すごく嬉しかった。だからこそ、俺は……余計に思ったんだ。俺の事が大切だと、そう思ってくれている人達がいるからこそ。例え、俺に生きて欲しいと望んでくれている皆の気持ちを、裏切ってしまう事になるとしても。彼等に死んで欲しくないから、俺は…やっぱり、断れない。断わっちゃいけないって、思うから。



「っ……ごめん。それでも、俺…は…」

『……ルークの意思は、変わらないんだね』



どんなに怖くても、死にたくなくても……彼には無責任に拒否する事は出来ないのだろう。逃げ出すには、彼には枷が嵌められ過ぎていて。

項垂れ、肩を震わせる彼に、サクはそれ以上何も言えなかった。



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