鮮血と烈風(7/8)

サクに命を拾われた時、生まれて初めて他人から笑顔を向けられた。泣き顔が混ざった、くしゃくしゃな笑顔で、生きてた事を感謝された。そんなサクを見ていたら、もっと笑って欲しいと、思ったんだ。不安気な顔より、泣きそうな顔より、サクの笑っている顔が見たくて。僕は、彼女の手を取った。

そんな、彼女の手を取った自身の手で、僕は彼女を傷付けて……殺し掛けてしまった。これ以上、サクを傷付けてしまわないように。取り返しのつかない間違いを犯す前に。…サクに捨てられてしまう前に。ヴァンの捨て駒として僕は死のうとした。サクの役に立てない存在に価値は無く、剰え彼女を傷付ける様な奴には、相応しい罰だとも思った。

でも、サクは……そんな僕に、一緒に生きて欲しいと言った。僕の罪を赦し、むしろ悪いのは自分だと謝罪して。僕の為に、泣いてくれた。僕の事が大切なのだと、言ってくれた。あの時はそれだけで胸がいっぱいになったのに……あの後、サクにとって大切な人は、他にも沢山いる事を知って。自分もその内の一人に過ぎないかもしれない事に気づいて。どうしょうもなく、胸が苦しくなった。

サクから色んな人達を紹介されて、正直僕は焦っていた。何かしら訳ありな奴等を上手く引き込んでいるみたいだし、そいつ等もサクの事は信頼している様で、何気に人望もあるのかと、少し意外だった。サクにはヴァンの様に、他人を惹きつける様なカリスマ性は無い。強いて言うなら、他人を引っ張って使いこなすのが得意と言うのか。それでも、彼女を慕う奴等は皆、サクを信頼してて。親し気で…僕の知らない彼女があるのが、面白くなかった。

その頃からだろうか。サクの笑顔を、自分だけに向けて欲しいと思ったのは。他の奴らと楽しそうに話すサクを見て、嫉妬するようになったのは。彼女を守るのは自分でありたいと、今迄以上に強く感じたのは。

僕がこんなにもサクに執着するのは、何も無いレプリカの僕が唯一望む、ただ一人の存在だから。その根底にある、感情…。サクが僕の存在意義なのも、サクを守りたい、サクの役に立ちたいって思うのも、サクの周りにいる連中に嫉妬してしまうのも、全ては…



サクが、好きだから…?




あんなにも取り乱していたのに、認めてしまえば、ストンと、胸の突っ掛かりが取れてしまった。腑に落ちたというか、答えを知って納得したというか…。ああ、これが…そういう感情なのかと。

……だからと言って、すんなり受け入れられる感情ではないのだけれどね。



「……アッシュに諭されるとか、物凄い屈辱なんだけど」

「ハッ。いつ迄も煮え切ら無いお前が悪い」



第一、俺に相談をしたのはテメェだろーが。そう指摘されては、シンクもぐっと押し黙るしかなくて。最悪……と呟きながら、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。そんな同僚の彼を見て、アッシュはため息を溢す。…本当は指摘される迄もなく、とっくに自覚はしていたのだろう。ただ、その感情を認められず、気付かない様にしていただけで。…ったく、二人そろってコイツ等は俺に手間を掛けさせやがって。



「俺はあくまでお前の背中を押してやっただけだ。後は勝手にしろ」

「勝手にしろって…」



こんな感情を、どうしろって言うのさ?自分自身でも持て余してしまう、この強すぎる感情を。ああ、明日からサクの顔をまともに見れる自信がない。一体どんな顔してサクに会えば良いのかも、分からない。着けててあまりいい気はしないあの仮面が、今はむしろ欲しい位だ。どうしてくれるんだと、恨みがましくアッシュを睨み付けるシンクの顔は赤い。途方に暮れるシンクを見兼ねたアッシュもまた、面倒臭そうに眉間に皺を寄せる。



「…迷う位なら、自分の事をどう思っているのか、そのままあいつに直接聞いてみろ。それが一番手っ取り早いな」

「…他人事だと思って…」



実際にアッシュからしてみれば完全に他人事である。そのうち「そもそもこんな相談に乗る事自体、俺の柄じゃねえんだよ!」と軽く逆切れしてきそうだ。

それにしても、サクの気持ち……か。

サクは僕の事が大切だと言ってくれた。けど、サクが大切に思ってる人なんて、他にも沢山いる。フレイルやクロノを助けた時も、僕の時と同様に、サクは命懸けで彼等を助けている位だ。決して、僕だけが特別なんじゃない。けど……彼女が僕の事が大切だと言ってくれた時、サクは確かに、僕の事を特別だとも言ってくれたのを、覚えている。その言葉の意味を、彼女の真意を、僕は知りたい。でも、同時に……知ってしまう事が、怖い気もする。

強く拳を握るシンクの様子に気付き、シンクが何を考えているのかを何となく察したアッシュは、小さくため息をついた。



「…お前がヴァンの方に付いてた時のアイツは、ずっとお前の事を心配していた」

「…え?」

「時々上の空だったり、一人で落ち込んでいたり…思い悩んでいたり……隠そうとして普段は笑っていやがったがな」

「サクが…」

「もっと自信持っても良いんじゃないか?」



そう言えば、いつだったか…フレイルも似た様な事を言っていた。サクは自分達には弱みを見せない…僕に対してだけだと。本当に、そうだとしたら。サクが僕だけに心を許してくれていて、僕がサクにとっての特別だからとしたら。自惚れじゃないと、したら。



「少なくとも、アイツ自身もお前を特別に思ってるみたいだが、アイツの場合は方向性がアレだな」

「……何さ」

「お前の事を子どもだと思ってる。母親かってのな」



上げといて急に落とすなよ。アッシュの指摘にはシンクも思い当たる節があり、思わず表情を顰めた。確かに、自分達の関係を客観的に見てみれば、そんな風に捉えられなくもない。実際に、自身がサクに保護された当初は、ある意味そういった関係にかなり近い状態でもあった。



「まあ、自由奔放なアイツを心配するお前の言動の方が、よっぽど母親らしい気もするけどな」

「どうやらアッシュは死にたいらしいね」

「ハッ、事実だろうが…って、いきなりナイフを投げんじゃねえよ!殺す気か!?」

「チッ(避けられた…)」



やはり、そういう風に周りからも見えている様だという事が分かり、シンクは頭痛を覚えた。シンクって、サクの母親みたいだよね。なんてフローリアンに言われた時はとても複雑な気分だった。良い嫁になるね、なんてサク本人が言い出した時には、流石に回し蹴りを繰り出してしまったが…(もちろん避けられた。そして余計にイラついてアッシュに八つ当たりをしたという)。



「だが、お前の望む関係は違うんだろう?」

「………」



サクに捨てられない為には、彼女にとって自分は都合のいい存在でなければならないと思った。彼女の役に立つ駒であれば、無意味な存在として捨てられる事はない。導師と守護役という関係で傍にいられるなら。サクの傍にいられるなら。サクの役に立つ事で、サクが笑ってくれるなら、今のままで良いと思ってた。

以前までは。

でも、サクへの気持ちを自覚して……気付いてしまった。

サクの傍にいるだけじゃなくて、僕は…サクを独り占めしたいんだ。彼女の唯一の特別になりたくて。僕だけの居場所が、存在意義が欲しくて、そのすべてをサクに求めている。

そんなの、彼女の重荷にしかならないのに。レプリカの癖に、烏滸がましいにも程がある。だからこそ、それ以上は望まないように、この感情が何なのか、気付かないフリをしていたのに……

チン、と。オーブンのタイマーがマカロンの焼き上がりを知らせて鳴ったが、暫くシンクは顔を上げる事が…その場から動く事が出来なかった。



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