鮮血と烈風(8/8)

感情に途惑う
※鮮血と烈風の章。シンクside.

翌朝、シンクは宿屋の廊下でアリエッタとすれ違った。一応おはようと朝の挨拶だけ交わし……ふと足を止めた。



「アリエッタ。サクは?」

「まだ寝てる…です」

「もうルーク達も集まって来てるし、そろそろ起こして来なよ」

「アリエッタ、起こしたけど…起きなかったから」

「………」



案の定、昨日の疲れが出たのだろう。奇跡的に大きな負傷こそなかったものの、通常ならば瀕死状態…否、即死もののダメージを受けたのだから、当然とも言える。むしろ、アレで生きてる方が不思議な位で。常人ならば、一瞬で音素に還っているところだ。



「シンクが起こして来て?」

「…は?何で僕が…」

「?いつもシンク、サクを起こしに行くのに?」



どうして?と、アリエッタに不思議そうに首を傾げられ、シンクは思わず顔を顰める。…分かっている。コイツに悪気が無い事は。というより、確かに、こういう時はいつも僕がサクを起こしに行ってはいる。ただ…昨夜の今日という事もあって……間が悪いというか何と言うべきか。

しかし、そんな事はアリエッタには関係無いし、いちいち理由を話す気なんてさらさら無い。内心舌打ちしつつ、アリエッタに「分かった」と一言返し、シンクはサクがいる部屋へと向かった。問題の部屋の扉の前に立ち、一応ノックを数回。…が、予想通り中から返答は無い。ドアノブに手を掛けようとし、けれど暫し躊躇われて、手を離し掛け……最終的に拉致があかないと、腹を括って取っ手に手を掛けた。部屋の中は、昨夜の状態と何ら変わりはなかった。昨夜との違いを上げるとしたら、アリエッタが不在な位だろう。



「(…やっぱり、まだ起きてなかったか)」



問題のベッドに近付き、サクの顔を見下ろす。



「(…ヨダレ垂らしてるし)」



相変わらずの無防備過ぎる寝顔だった。こんなに警戒心が皆無で大丈夫なのだろうかと、よく心配になる。ここは市街内にある一般の宿屋で、教団の様に高いセキュリティが張られている訳でもない。いくら僕やアッシュ達が見張りをしているからと言って、こんな風に安心仕切って爆睡するのは正直どうかと思う。…けど、昨日の疲れが出たのだとしたら、無理もない。

あと、それだけ僕等の事を信頼してくれているんだと思うと…まぁ、悪い気もしない。それでも、ある程度は自衛して欲しいとは思ってしまうんだけど。

ほら、あんまり無防備だと…ね。

サクのいるベッドに腰掛けて、取り敢えず頬を引っ張ってやろうかと、サクに手を伸ばしたのだが……何となく、頬を摘まずに指で突いてみた。普段、引っ張るとよく伸びやすいサクの頬は、突いてみてもやっぱり柔らかかった。…が、やはりこの程度で起きる気配はない。念の為に、いつもの様にサクの肩を揺らして名前を呼んでもみたが、駄目だった。こういう時、普段なら強引に布団を引き剥がすか、ベッドから転がり落とすか、あるいは死者の目覚め(命名者サク)をお見舞いしてやると、否が応でも起きるのだけれども……選択肢の中でも何となく、それらをする事は憚られた。

だって。そんな事したら、サクが起きちゃうじゃん。その後、必ず怒るし。

サクを起こしに来た筈なのに、実に矛盾した事を考えているシンクである。本末転倒もいいところだが、本来の目的をなるべく後回しにしようとしているシンク本人は、この事に気付いていない。次は鼻でも摘もうかと考えながら、暫く寝顔を眺めてみる。

…本当に、幸せそうな寝顔だよね。

この間抜けヅラがいいとか、自分はどんな趣味をしているんだか。寝癖は跳ねてるし、ヨダレ垂らしてるし、色気も何もあったもんじゃないのに。それでも……こんな風に穏やかな顔をしたサクを見てると、安心するのは……事実なんだよね。

サクの髪を指先で掬い、髪を耳に掛けて後ろに流す。露わになった横顔に、片方の手のひらで包み込む様にして撫でて。柔らかい頬に触れていた指先が、薄く開かれたままのその唇にそっと止まる。

シンクの前髪が、サクの額に落ちて。二人の距離が鼻先まで近づき……



『ーー……シン、ク…?』

「……っつ!!」



ハッと我に返って、咄嗟に顔を離した。…ちょっと待て。僕は今、サクに、何をしようとしていた…?

サクは寝惚け顔で此方を見詰めている。ああ、その表情は何気に可愛いかもしれない…なんて思うのは現実逃避だろうか。頭の中は既にパニックを起こしているし、バクバクと壊れそうな位、心臓は五月蝿く鳴っている。逃げ出す事すら儘ならず、その場に身構えたまま固まってしまっている一方、サクの方はというと、呑気に欠伸をしながらベッドから起き上がろうとしていた。…どうやら、先程のニアミスには気付いていないらしい。僅かに緊張は解れたが、まだ動揺は残っていた。安心した様な、何故か残念な様な…いや、気付かれてたらマズいだろ、普通に。

っていうか…



『ふぁ…おはよぅ……あれ?アリエッタは…?』

「そのアリエッタから、アンタが起きないって聞いて来たんだけど」

『え…?』



どうしようもなく、サクの顔を直視し辛い。先程の事もあり、そうでなくとも、昨夜アッシュに指摘された事を変に意識してしまうせいだ。嗚呼もう。だから僕はどうしたらいいのさ…っ!!

思わず腕に力が入り、手にしていた紙袋からクシャリと音がした事で、僕は唐突にその存在を思い出した。むしろ、僕はこの為にサクのいる部屋に向かおうとしていたんだった。動揺を誤魔化すためにも、サッサとソレをサクへと手渡す。



「…はい。昨夜言ってたお菓子、作って置いたから」

『っつ!?マカロン!!!』



ついさっきまで寝惚けていたのが嘘のように一瞬で飛び起き、サクは紙袋を受け取っていった。中身を確認して、お礼を言いながら更に嬉しそうに笑った。無邪気な子供の様に、瞳を輝かせている。

…嗚呼、良かった。いつものサクの笑顔だ。しかも、ご機嫌な時の。作った甲斐があったと、シンクはホッと安堵する。むしろ、彼女のこの笑顔が見たいが為に作ったとも言える。

お菓子には人を幸せにする不思議な力があるのだと、いつだったかサクが恥ずかしい事を言ってたけど……美味しそうに食べるサクを見ていると、本当にそんな力があるのかもしれない。なんて、思えてきてしまう。自分でも馬鹿だとは思う。

まぁ何にしろ。お菓子一つでサクのこの笑顔が見れるのだから、易いものだ。



『お、美味しい…!やっぱりシンクが作ってくれるお菓子が一番美味しいよ!』

「っ…」



サクに褒められて。サクに感謝されて……その笑顔が、僕だけに向けられている。あまりにも嬉しそうなサクのその笑顔が……どうしょうもなく、愛しくて。思わず、手で自身の顔を隠した。抑えずには、いられなかった。そうしないと、また先程みたいに血迷ってしまいそうだったから。

…嗚呼そうさ。認めるよ。僕は、サクが好きだって事を。彼女の声や仕草、表情の変化一つでこんなにも五月蝿くなる心臓に、最早否定のしようがなかった。


―――――――――
実はあの時こんな事があったんだよーというシンクside.

鼻先を掠めたいい香り→シンクの指先。お菓子の香りが残っていた模様。笑




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