覚悟の決闘(12/19)

きっと、サク様はアタシがモース様のスパイだと知って、いつかこうなる事を予測されていたんだと思う。何かとアタシの事を気に掛けていたのも、アタシがスパイだと見抜いてたからだと考えれば、全て納得がいく。タルタロスが襲撃された時も、マルクト軍の人達を事前に逃がす判断をされたのも、スパイのアタシがモース様に情報を流した事に気付いて、事前に対処されたんだ。何故かは分からないけど、このタイミングでサク様の事を思い出して、あの時の言葉の真意を、今になって思い知った。



『私じゃ、駄目かな?』



もしもあの時、サク様に本当の事を打ち明けて、相談していたら、何かが変わっていたのかな。こんな風に、アリエッタやユリア奏士と決闘…なんて事には、ならなかったかもしれない。今さら後悔した所で、どうにもならないんだけどね。

アリエッタは、イオン様の為にアタシと決闘をするんだって、言ってる。力尽くで自分を納得させろって事なんだと思う。しかも、戦う相手はアリエッタだけじゃなくて、あのユリア奏士までいるし。正直言うとアタシの勝機はかなり絶望的。それでも、アタシは逃げる訳にはいかない。アタシを許してくれたイオン様の為にも、アタシ自身の為にも。イオン様の導師守護役でいることを、許して欲しいから。イオン様の導師守護役でいることを、認めて貰いたいから。

アリエッタは、被験者のイオン様が亡くなってる事を、きっと知らないんだと思う。今のイオン様はレプリカで、被験者と入れ替わってた事も。

ひょっとしたら、サク様がアリエッタに話してあるんじゃないかとも思ったけど……今までのアリエッタの行動を思い返すと、やっぱりアリエッタは何も知らされていないんだと思う。イオン様も、アリエッタは知らされてない筈だって、言ってたから。

だから、アタシはこの決闘に勝ったら、アリエッタに真実を話そうと思う。イオン様は、アリエッタの想ってるイオン様とは別人なんだ。このままの状態は、イオン様もアリエッタも辛いだけだ。酷かもしれないけど、騙されたままじゃ…やっぱりアリエッタも報われないから。本当は決闘なんだから、どちらかが死ぬ迄決着はつかない所だけど、アタシにはアリエッタを殺す気は無いから。

憎まれても仕方ない。だからアタシはアリエッタの覚悟を全部受け止める。それがアタシの償いであり、アタシの覚悟だ。



「イービルライト!!」




ついにアリエッタが秘奥義を仕掛けてきた。アタシもアリエッタも互いにかなりボロボロで、気力体力共に限界は近い。どうやらアリエッタの方も同じ事を感じた様で、これで勝負に出る気らしい。勿論、アタシも正面からアリエッタに受けて立つ為に、第一音素譜術をトクナガの拳に乗せながら、アリエッタに向かって駆け出した。



「ネガティブゲイト!!」



パペッターのアタシの全力を込めた、とっておきの秘奥義で迎え撃つには、相手の懐に入る必要がある。だから、譜術で攻撃を往なして懐に入り込み、そこで此方も秘奥義を相手に叩き込む為に、今から捨て身の特攻を掛ける。秘奥義を相手に通常譜術で突っ込めば、ただでは済まない事は承知の上だ。それでも、アニスはこの無謀とも言える作戦に懸けた。アリエッタの本気に見合うだけの…否、それ以上の覚悟を持って、アリエッタに挑む為に。

この対局で決まる。互いにそう確信した時だった。



「二人とも!もう止めて下さいっ」

「「!?!」」



最悪のタイミングを持ってして、その人物はアニスとアリエッタ達の間に飛び込んで来た。建物の影から現れた相手に、この場にいる者達が驚愕する。



「(イオン様…っ!?)」



何故ここに、とか。どうして、なんて。疑問を感じたのは一瞬だった。このままでは、イオンが危ない。アニスの身体は、考えるよりも先に…既に動いていた。

アリエッタの秘奥義は既に発動しており、此方に向かってきている。加えて、アニス自身の譜術も発動済みであり、このままではイオンは両者の間で確実に板挟みになるというこの状況で。アニスは咄嗟に譜術を自身の後ろに放ち、自身の機動力に変えて、アリエッタの秘奥義がイオンに届く前に、気合でイオンを自身の背後に押し退け、アリエッタの前に踊り出た。



「殺劇舞荒拳!!」

「−−−−っ!!!」



イオンに動揺して体制を崩したアリエッタの譜術とライガに対し、アニスは体を張って殺劇舞荒拳で迎え撃った。アリエッタの秘奥義を、トクナガの音素を纏った拳で殴り砕いていく。動揺から、従来より威力が弱まっていた事も合間って、ついにトクナガの拳がアリエッタの秘奥義を打ち破った。



「きゃああああああっ!!」

『アリエッタ…ッ!!』



トクナガから繰り出される拳が、アリエッタごとライガを空へ弾き飛ばすのが見えた。突然のイオンの介入による動揺から、アリエッタは回避も出来ず、攻撃をモロに受けたのだろう。アニスとアリエッタの二人が衝突し合うまさにその寸前、サクがアリエッタとライガへ防御強化の補助譜術を掛けるのが一瞬でも遅ければ、ライガの背骨ごと彼女等はねじ折られていたであろう、凄まじい攻撃であった。それでも、アリエッタとライガの受けたダメージはかなりのものであろう事は一目で分かって。アリエッタが受け身を取れる様な状態でない事を察し、サクは一気に青褪めた。

あの高さから…更にあの角度で首から地面に落ちたらまずい…!頸部を強打すれば、最悪死ぬ。シナリオの展開が嫌でも脳裏を過ぎり、サクの表情から一気に血の気が引いた。アリエッタ同様、負傷し、一緒に吹き飛ばされているライガに命令は不可能で、むしろアリエッタがライガの巨体の下敷きにもなりかねない様な状況で。サクの中で焦りが募る。此方が今から走っても落下には間に合わない。ならば、と。ガイに仕掛けようとしていた風の譜術を、サクは急遽、アリエッタ達の不時着する地点を狙って放った。味方識別により、譜術ダメージの心配はない。目的は、着地ダメージの軽減だ。



『お願い…っ!!』



何とかガイの剣をBCロッドで受け止めながら、サクは声を張り上げて叫んだ。最後まで、彼女の無事を確認する事は叶わなかった。急遽、譜術でのカウンターを止めて無理な体制でガイの剣撃を受け止めたせいで。更に、ガイの剣で弾き返かれた際に、完全に態勢を崩されてしまった。この状態から即座に体制を立て直すのは…無理だ。

これは、間に合わないかもしれない。



「天光満つる処我はあり、黄泉の門開く処に汝あり…」



迫る音素の流れには、途中で気付いてた。本来なら、気付いた時点で超振動か回避の準備をするべき所だった。けど、私はそのどちらの選択も捨てて、アリエッタ達の身の安全を優先した。これだけは、どうしても譲れなかったから。私を中心に巨大な譜陣が展開され、膨大な音素が遥か頭上で圧縮されていく。…ああ、クソッ。やっぱり間に合わない…!



「出でよ、神の雷!インディグネイション!!」

『ぐ…ぅ……っ!!!』



尻餅を着いたままぐっと歯を食いしばり、遅れて第二超振動を発動する。やはり、秘奥義クラスの強力な譜術を相殺するには、発動が遅過ぎた。インディグネイションを超振動では完全には相殺し切れず、同時に雷に打たれた様な衝撃に襲われて、息が詰まる。それでも気合いで何とか超振動でジェイドの秘奥義を途中で消し切った。直後、炎を纏った片刃の刄が目前に迫り、咄嗟にBCロッドを両手で持ち構え、譜術障壁を展開した。



「気高き紅蓮の炎よ!燃え尽くせっ!鳳凰天翔駆!」

『……!』



一閃、二閃目までは譜術障壁で持ち堪えた。が、最後の最後で炎の斬撃が譜術障壁を破壊した。譜術障壁の下で構えていたBCでは太刀を受け止め切れず、痺れて動きが鈍い手からBCロッドが弾き飛ばされた。やはり付け焼刃の譜術障壁では、秘奥義クラスの攻撃には耐えられなかったか…。

まだ痺れた感覚が残る身体に鞭打ち、立ち上がり様に、相手の秘奥義を放った後の僅かな硬直時間を狙い、ガイに譜術で反撃しようとしたら、入れ替わりにルークが飛び込んできて。集めた音素が、消失していく。



『これは…!?』

「これでも…食らえええええっ!!」



思わず瞳を見開き、息を呑んだ。ルークが超振動を使える事を、失念していた訳じゃない。だからこそ、ルークが私に攻撃を仕掛けて来る際には、細心の注意を払っていた。…つもり、だったけど……このタイミングを狙って、こんなコンビネーションを組んで来るとは。



「レイディアント・ハウル…!」



ついにルークの奥の手を…隠し玉を使ってきた。放とうとしていた譜術も、譜術障壁も無効化され、無防備なサクの鳩尾に、そのまま掌底覇が叩き込まれた。



『か、は…っ!!』



鈍い痛みと衝撃に、一瞬意識が持っていかれそうになって。不快な血の味が、口腔内に広がった。…今ので肋骨辺りがいったかもしれない。身体をくの字に曲げて、軽く空中へ打ち上げられた所へ、新たな高密度な音素の奔流を感じて…



「天地に散りし白き光華よ、定めに従いて敵を滅せよ…フォーチューン・アーク!」



繋ぎはまさかのティアの秘奥義という、怒涛の鬼コンボが叩き込まれた。今度はギリギリの所で超振動が間に合い、辛くも譜術の無効化には成功した…が、あまりの眩しさに、目潰し効果で視界が効かなくなってしまった。自身の詰めの甘さに内心舌打ちしながらも、着地とほぼ同時に、サクは痛む身体に鞭打って、気配と本能で後ろへと飛び下がった。



「降り注げ聖光!アストラルレイン!」

『く…っ!(うわ危なっ!?)』



直撃こそ免れたものの、僅かに掠めたナタリアの秘奥義の矢でバイザーが弾かれた。チリッ、と矢が掠めた目尻付近が熱を帯び、頬に血が伝い落ちる。…危うく失明する所だった。そのまま追撃を避けようとしたら、グンと何かに引っ張られ、その場から動けない事に気付いた。ハッとして目を凝らして足許を見降ろせば、矢が外套に刺さってて、地に射止められていた。…譜術はカモフラージュで、真の狙いはダメージを与える事ではなく、動きを止める事だったのか。ここは避けずに、超振動で矢ごと消し去るべきだった。冷静さを欠いているとはいえ、また同じ失態を犯してしまうとは。



『――…っつ!?!』



無理矢理にでも地面から矢を引き抜こうと右足に力を入れると、ズキリと足首に鈍い痛みが走り、ガクンと膝を着いてしまった。何故…と疑問が浮かんだのは一瞬で、直様その原因に思い至る。最初にロックブレイクを食らった際の負傷が、酷使に伴い悪化してきたのだろう。



「うおおおおぉぉ!!」

「…っ!ル、ルーク!!」



ルークに制止を掛けようとするかの様なガイの妙に上擦った声は、ルークの雄叫びに掻き消され、届かない。顔を上げようとしたら、眩しさに目が眩んで叶わなかった。右足の負傷に加え、ダメージの蓄積でろくに動けない私の目前に、ルークの剣が迫るのがやけにスローモーションで見える中。サクは俯いたまま、ギュッと目を瞑った。



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