覚悟の決闘(11/19)

アタシが初めてアリエッタを見たのは、まだアイツが被験者のイオン様の導師守護役だった頃。公の場で、イオン様の護衛についている時だったと思う。桃色の髪が珍しくて、これまた珍しい緑の髪のイオン様と並んでたのが、妙に印象に残ってる。アリエッタと初めて会話をしたのは、アタシがイオン様付きの導師守護役になった時だった。



「アニスっ!」

「!?…何だ、アリエッタ……何か用?」

「イオン様を返して!ねぇ、アリエッタのイオン様を返して!」



いきなりの喧嘩越し。腕を強く掴まれて、揺さぶられた。確かに、面倒くさそうに返事をした自覚はあるけどさぁ……ていうか、オドオドしてる印象しか無かったのに、この変わり様は何!?って、かなりビックリした。



「バッカじゃないの。私、別に盗ってないよ」

「アニス、イオン様と一緒に歩いてた!!何でアリエッタがイオン様付きの導師守護役を解任なの!?」

「そんなの知らないってば!これは仕事なんだよ?私が決めた訳じゃない。分かってる癖に!」



カッとなって、思わず怒鳴ってしまった。すると、アリエッタの大きな瞳に、みるみる涙が盛り上がった。



「……ううっ。アリエッタ、"昨日"約束したんだもん!イオン様と…ずっと一緒にいるって…アリエッタが、護るって……っ…なのに何で…」

「え…?」



昨日って、本当に?アリエッタも嘘をつく様な奴ではなさそうだし……今日見た限りでは、イオン様だってそんな嘘を言う様には…。……まさか、モースが無理矢理代えさせた、とか?うわぁ、それなら有り得るわ。

だって、モースが私をイオン様付きの導師守護役にしたのは、アイツが導師の行動を監視する為なのだから。



「イオン様はアニスの事なんか好きじゃないのに。イオン様はアリエッタのイオン様なのに!」

「あーあーあーあー、くっらいなぁ、もう。あんたの名前、本当はアリエッタじゃなくて根暗ッタなんじゃないの?」



そう言ってあたしがからかうと、アリエッタの顔色が変わった。



「アニス、酷い!アリエッタ、寝暗じゃないもん!アニスなんか絶対許さないんだからぁ!」

「放して、痛いでしょ!」

『ちょ、ええ!?いつの間に喧嘩してるの!!?』

「…っ!サクっ!!」



取っ組み合いの喧嘩になりかけた所へ仲裁に入って来たのは、導師サクだった。

パパやママはサク様と前から関わりがあったそうだけど、アタシがサク様と直接会ったのは、何気に此れが初めてだった。

アリエッタの奴は、サク様の姿を見るなり、私の手をあっさり放してサク様に抱き着いて行った。



「アニスが…っアリエッタを…根暗って……っ、イオン…様ぁ…ひぐっ」

『あー…詳しい事情は分からないけど、まぁ…うん。分からなくもないよ』



いや、どっちだよ。アリエッタの頭を撫でる導師サクに思わずツッコミたくなったけど、ここで下手な事を言うのも不味いので、寸での所で思い止まる。

ていうか…この状況、あたしちょっとヤバい?何だかあたしが悪者みたいな空気になってる気がしないでもないんだけど……



『いきなりごめんね。えっと、アニス……だよね?』

「あ、はい!アニス・タトリン奏長ですっ」

『そっか。貴女がイオンの新しい守護役になった子か』



キッ、て鋭い目付きでアリエッタに睨まれた。恐っ。



『アリエッタとも仲良くして貰えると嬉しい、な……?』



サク様自身も無理そうだと感じたらしい。アリエッタから敵意しか向けられてないもんね。アタシ。

でも、不思議な事に、その日以降、あの時みたいな剣幕でアリエッタがアタシに突っ掛かって来る事は無かった。アリエッタからイオン様の事を聞かれる事はあったけど。

サク様が上手く言ってくれたのかもしれない。正直、どうやってアリエッタを言いくるめたのか超不思議なんですけど。

それでも、アタシはあの子を好きにはなれなかった。真っ直ぐなあの子を見てると、何だか自分が惨めに思えて……



「はぁ…」

『…アニス?』

「…!サク様っ!?」



危うく、抱えていた書類の山を、廊下にぶちまけてしまう所だった。何故こんな場所で、こんなタイミングで出会ってしまったのか。しかも、盛大なため息をついてる時に。



「こ、こんな廊下で、共も付けずにお一人で何を…」

『何か悩み事でもあるなら、イオンに相談してみたら?』

「……、」



サク様の言葉に、アタシは作り笑顔を更に引き攣らせた。そんなの、出来る筈がない。騙してる人に対して、貴方を騙してるの…なんて、相談出来るはずが無い。



「んもう!サク様ってば。乙女の悩み事をそう簡単にお仕えする導師のイオン様に、気軽に話せる訳がないじゃないですか〜」

『じゃあ、私は?』

「だから…、え…?」

『私じゃ、駄目かな?』



自身を指差し、気遣わし気に眉を下げるサク様に、一瞬心が揺らいだ。誤魔化そうと、軽い調子を装うのも忘れてしまった位には。それ程迄に、サク様の目は真剣そのもので。この人になら…と思い掛けて、アタシは寸での所で思い止まった。

これ以上、誰かに弱味を握られるのが恐くなったから。



「だ、大丈夫ですよぅ!もぉ〜サク様は勘繰り過ぎ!アリエッタとの一件があったからって、アタシの事まで心配されなくても大丈夫ですってば!」

『…そっか。まぁ、"手遅れになる前には"相談してね』



意味深な響きを感じて。余計に罪悪感が大きくなった気がする。…やっぱり、話せば良かったかも。なんて後悔し始めて、咄嗟にサク様を再度呼び止めようとしたら……



「へぇ?じゃあ、早速相談させて貰おうかな?」

「『!?』」



アタシとサク様が振り返った先に、今度は緑が現れた。イオン様と、同じ色の髪で。背格好からして、歳も近そうな感じだった。



「第二導師様が無断で散歩に行ってから一向に帰って来ないって悩みなんだけど」

『そ、それは大変デスネ…』



どうやらサク様を探していたみたいで、何か怒ってる。彼の背後に般若が見えるのは、アタシだけじゃないよね?サク様も顔色がさっき迄とは打って変わって真っ青になってるし。語尾も片言になってるし。



「また一人でこんな人気の少ない廊下でフラフラと…」

『ほ、ほら、でも今回は導師守護役の子と一緒にいたし…』

「アイツはイオンの導師守護役だろ。それに、アンタが連れ回してたんじゃなくて、どうせ偶然その辺で捕まっただけでしょ」



あ、思い出した。そういえば。六神将に導師守護役を兼任してる奴が、アリエッタの他にもう一人いるって、噂に聞いた事がある。って事は、恐らく彼がそうなのだろう。確か彼は…そう。六神将、烈風のシンクだ。



「ほら、さっさと部屋に戻るよ。追加の書類も来てたし」

『シ、シンクの意地悪!仕事の鬼っ!』

「貯めといて後で泣くのはサクだろ」



そのままズルズルとシンクに引き摺られる様にして、サク様はシンクに連行(の表現で合ってると思う…)されていった。シンクの方は、アタシにチラリと視線を向けただけで、特に何も言わなかった。不思議な仮面を付けてたから、相手の表情までは分からなかったけど。あまりにもあっという間の出来事で、アタシは完全に置いてけぼりをくらってしまった訳だ。

それからというもの、アタシはサク様とよく顔を合わせる事が増えていった。度々イオン様のお部屋で、呑気にお茶を飲んでる姿も見掛ける様にもなった。何だか心なしか、イオン様も楽しそうだった。サク様は基本的に気さくな人で、アタシはサク様とも親しくなっていった。サク様といい、イオン様といい、ローレライ教団の導師様って本当に変な人ばかりだ。御二方共に平和ボケしてそうなイメージしか無いんだよね…。

とは言え、サク様に関しては謎な部分が少なからずあったりもする。

ローレライ教団の最高指導者であるイオン様と同じ導師で、六神将二人に護られてる第二導師様。何故、この方だけお付きの守護役が二人の六神将なのか。一体この人は何者なんだろうって、いつも不思議に感じてた。気になってアリエッタに聞いてみたら、友達…です。って答えられるし(まぁそれはそれでビックリしたけど)。

モース様はモース様で、サク様の事は預言を尊ばれる素晴らしい方だって妙に高く評価してたけど、実際にアタシが会ってみたらモース様から聞いた様なイメージの人とは全然違うし。むしろ、どっちかというと真逆な印象しか受けなくて。試しに預言について聞いてみたら、少し考える素振りを見せて『預言は大切よね(詠むだけでお布施に換金されるボロ儲けの為の道具でもあるんだから)』と、曖昧にはぐらかされた。…カッコの中の本音は、アタシの幻聴だったんだそうに違いない。

この矛盾は何なのだろう。何だかモヤモヤする。

もしかして、私がモース様のスパイだって事も、バレてたりするのかな…?



『ーーうかな…って、アニス?聞いてた?』

「…ふぇ!?な、何ですか?(ヤバッ、何か大事な話してたっけ!?)」

『お茶請けをビスケットにするかクッキーにするかって話だよ?』

「(どっちも大差無いしかなりどうでも良い話だった!!)」



考え込んでいた為、話を聞き逃してしまい一瞬焦ったアニスだったが、サクの答えに一気に脱力した。どっちも同じじゃん!と一瞬ツッコミそうになりながらも、当たり障り無くクッキーはどうですか?と、言えた自分を褒めてあげたい。笑顔は、若干引き攣ってた気もするけど。…ていうか、アタシが真剣に悩んでる時に何をくだらない事で真剣に悩んでるんだか…この第二導師様は。これじゃあ、無駄に警戒してる自分が馬鹿みたいだ。



「(考え過ぎ…だよね?)」



そうしてアタシは結局真実を聞けないまま、今日もまた1日が終わってしまうのだった。



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