勿忘雪(2/13) 時は、ルーク達が教団で捕らえられ、バチカルに護送される直前にまで遡る。ルーク達がモースに捕まっていた頃、一人だけ逃走に成功したサクは、ディストが一人になった所を狙い、彼との接触を図った。 『ディストー、薔薇のディストー』 「ああ、やはり貴女も彼等と一緒にいたのですね、導師サク。しかし、例え貴女からの頼みであっても、彼等の開放は残念ながら…」 『ディストって、ゲルダ・ネビリムのレプリカ情報をヴァンから取り上げて貰う為に、モースに協力してるんだよね?』 「!な、何故貴女がそれを…!?」 バチカルへと出掛ける支度をしていたディストの動きが止まり、彼の瞳が驚愕に見開かれる。ディストって、考えてる事が全部顔に出るから非常に分かりやすいよね。 『さっき廊下でモースと話してたのが聞こえてさ。残念だけど、そもそもヴァンはネビリムのレプリカ情報は持ってないよ』 「んな!?何ですって?!?」 『前にジェイドから聞いたんだけど、フォミクリーを禁忌にした時点でネビリムのレプリカ情報も破棄したんだって。陛下もジェイドもそう言ってたから、間違いないと思う』 「なんという馬鹿な事を…っ」 衝撃の事実に、余程ショックが大きかったのだろう。ディストはがくりとその場に力無く膝を着いてしまった。ついさっき迄、モースにヴァンからレプリカ情報を取り上げて貰うのだと舞い上がってた事もあり、落胆も激しい様子。 「ハッ!まさか、全ては彼等を助ける為の嘘では…」 『確かにルーク達は助ける予定ではいるけど、レプリカ情報に関しては嘘じゃないよ』 至極真面目な表情でそう言い切ると、ディストは信じてくれた様で、絶望のあまり俯いてしまった。プルプルと震え始めた肩に、彼が半泣きになっている事に気付く。 「そんな……それじゃあ、ネビリム先生を蘇えらせる事なんて、もう二度と…」 『そんな友に朗報だ』 絶望しているディストの肩に手を乗せて、サクはワザと声を潜めてコソリと耳打ちする。 『ジェイドが最初に作ったネビリムのレプリカ……その個体が今も尚存在を保っているとしたら、どうする?』 原点回帰。今となっては手に入れる事がほぼ不可能となったネビリムのレプリカ情報……唯一残っている可能性があるのが、彼が最初に作ったネビリムのレプリカだとしたら。 この一言で、ガバリと勢い良く顔を上げた彼の顔に、鼻垂れディストと言われる由縁を見た気がした。 「そ、それは本当ですか?!」 『勿論、事実だよ。情報元が情報元だからね』 瞬間、ディストの瞳に光が戻る。泣いてたカラスがもう笑った。 『理性が失われてた…なら、音素を与えて自我を安定させれば?劣化していない被験者の情報から造ったのならさ、下手したらそれが一番被験者の個体に近いレプリカだった可能性は極めて高いと思うんだけどねー』 「じゃあ、最初にジェイドが作ったレプリカこそが、完成体……本物の先生って事ですね!?」 サクは答えず、曖昧に微笑む。希望が見えたディストは「流石我が友ジェイド!まさに灯台もと暗し」とか云々言いながら瞳を輝かせてる。ここまできたら、もうあと一押しだ。 『ジェイドはもう作らない。破棄されてしまったから、レプリカ情報も手に入らない。なら、過去に彼が手掛けた被験者に最も近いレプリカに賭けてみない?』 それは、復活を悲願とする彼への悪魔の囁き。結果、その交渉は無事に成立し、現在に至るという訳。 この時、私は思った。ディスト引き込むのチョロ甘過ぎる!……と。まぁ、本当はネビリムのレプリカ情報はマルクトが管理してるから破棄されてなんか無いんだろうけど。ヴァンじゃないけど、嘘と真実を混ぜると、相手を釣りやすいよね。 バチカルでディストがルーク達を含めて私とアッシュをあっさり見逃してくれたのもこの為だ。導師守護役ユリア…つまり私が現れた時に、ディストが黙っててくれたのも、交換条件として事前に口止めしておいたから。そしてバチカルでの一件の後には、ロニール雪山へ調査に行って貰っていたのだ。全ては、ネビリム先生を復活させる為に…ね。 「ここが、封印の地…か」 「何か、嫌な音素の流れ…」 「強い魔物の気配がする…です」 そうして、ついに辿り着いてしまった封印の地こと、ネビリムの岩。目の前に聳え立つこの大氷壁の奥に、彼女は眠っているのだろう。クロノとシンクが身構える中、野生の勘か、アリエッタもブルリと身を震わせた。 「此処に着く迄は、結構魔物が襲って来やがったのに…全く出なくなりやがったな」 「封印されて尚、魔物が近付く事すら畏怖する気配……なかなか面白そうじゃないか」 魔物の襲撃に備えて辺りを警戒していたアッシュやカンタビレも、他に魔物はいないと判断したらしい。アッシュは眉間に皺を寄せたまま、カンタビレは好戦的な笑みを浮かべて、その奥に封印されているのであろう…氷壁を睨み付ける。 ロニール雪山に棲む魔物達は、苛酷な環境下で棲息している分、他の地に棲む魔物達と比較してもかなり強い。そんな魔物達ですら、この封印の地には近寄らない様で、先程から魔物を一匹も見かけていない。この地に辿り着く迄は、魔物とも何度か戦闘になったというのに。先のアリエッタの様に、彼等も本能で此処は危険だと察しているのだろう。 ディスト以外の全員が、この場の空気に緊張感を張りつめる。相手が相当ヤバいと察したのだろう。流石、というべきかな。かく言う私も、既にかなり緊張していたりする。 「この譜陣が、惑星譜術の譜陣でしょうか」 「…いや、その惑星譜術の譜陣の上に、新しく封印譜陣が書き足されてる」 フレイルとクロノが氷の地に刻まれた譜陣を観察しながら、クロノが譜陣を読み解いていく。このメンバーで譜術方面に一番詳しいのは、おそらく彼だろう。クロノは譜術の理論や構築式を理解して術を行使するが、私やアリエッタは直感や感覚で譜術を使う派だからね……え、いや、私もちゃんと考えれば解明位出来るよ?ほ、本当だよ!? そうこうしている間に、クロノは大方譜陣を調べ終えた様で、視線を此方に向けてきた。 「この譜陣によると、指定の位置に光と闇の触媒を設置しないと、譜陣が完全には機能しない仕組みになってるようだけど、どうするの?」 『触媒が足りないなら、触媒無しで強制的に発動させる迄だよ』 「出たよ。サクのゴリ押しな無茶振り」 「サク様の十八番ですからね」 シンクが溜息をつく傍ら、フレイルが苦笑を溢した。現段階で触媒はクロノの魔杖ケイオスハートしか持って無いし、聖杖ユニコーンホーンに関しては栄光の大地が作られないと入手は不可能。つまり、現段階で触媒をフルコンプするのはどう足掻いても無理という事になる。ならば触媒無しでどうやって封印を解くのか……要は、闇と光の音素が多量に必要だから、その音素を集める為に触媒が必要なのであって、つまり音素が集められれば触媒は必要ないとも言える。 「それは、導師サクなりの"いけるであろう算段の上での判断"なんだね?」 『勿論ですよ』 「…ならアタシからはもう何も言わないよ」 腕を組み、成り行きを静観していたカンタビレに頷いて返せば、ならばサッサと始めろと促された。普通ならここは止められる所だが、それなりにカンタビレ師団長からも信用されている為、無闇に止められはしない。 まぁぶっちゃけると、私の持つ持論もとい根拠は屁理屈以外の何物でもない言い分だけど、その屁理屈が罷り通って、実行可能だとすれば……それは最早、立派な有効的手段の一つと成り得るでしょ? カンタビレ師団長の信用を裏切るかの様な言い分だが、気にしない。大切なのは結果さ、と開き直ってみる。 『じゃあ、やるよ?』 一同を見回し、暗に皆に警戒を促せば、各々改めて警戒態勢に入った。一度封印を解けば、もう後戻りは出来ない。そんな中、一人だけ空気を読まずに期待と不安の入り混じった表情で、固唾を呑んで此方を見守るディストに内心苦笑しながら、サクは封印譜陣の中心に足を踏み入れた。 *前 | 戻 | 次#
|