勿忘雪(3/13)


『トゥエ レィ ズェ クロア リュオ トゥエ ズェ…』



第一譜歌を奏で、辺りの第一音素を高めていく。周囲にある程度第一音素が満ちてきた所で、今度は第一音素をBCロッドの先へと収束させ始めた。



『深淵へと誘う旋律、大いなる暗黒の淵よりいでし者、シャドウよ!我に闇の加護を!』




BCロッドが紫色の光を放ち、大量の第一音素が輝石へと流れ込む。フォンスロットが開かれ、背中に高濃度の第一音素の結晶……紫色を帯びた光の羽根が出現する。見た目が随分と派手なコレは、ジェイドの譜眼と似たような…譜術の威力増強効果が得られる。いつもならこれで下準備終了だけど、今回はそうはいかない。



『クロア リュオ クロア ネゥ トゥエ レィ クロア リュオ ズェ レィ ヴァ…』



続けて第六音素も収束させていく。大丈夫。たまにやる二重詠唱と同じで、今回のは扱う"音素がちょっと多いだけ"だ。



『破邪の天光煌めく神々の歌声、天地に散りし白き光華、レムよ!我に光の加護を!』



同じ様に今度は第六音素を体内に取り込んでいき、右に第一音素を、左に第六音素を集めるようにバランスを保てば、左右二色の羽根になった。

あとは第一音素譜歌と第六音素譜歌を交互に詠い繋げながら、更に音素を集める。音素意識集合体に協力して貰いながら、収束させた光と闇の音素を譜陣の各ポイントへ直接流し込んでいけば、譜陣が反応し始めた。どうやら作戦は成功の様だ。とは言え、流石に二種類の音素を…しかも意識集合体に呼び掛けて同時に制御するのはかなりキツいと、今更ながら後悔してたり。

それでも根気良く、コントロールに細心の注意を払いながら音素を注ぎ続け、譜陣を発動させていくと……不意に、バチリと音素が弾かれた。次いで、地響きと共に大氷壁が大きく開かれた。

完全に封印が解け、不足音素も十分補充されたのだろう。音素を収束させるのを止めて、二種類の音素意識集合体からの加護を解くと、途端に身体にのし掛かっていた負担が霧散した。身体が軽くなると同時に、身体に力が入らなくて思わずその場に崩折れそうになったが、駆け付けてくれたシンクに支えられながら、膝を着くだけに留めた。



「サク、サク…っ!」

『…大丈、夫。ちょっと疲れたけど、自分で…立てるから』



息も絶え絶えに、無理矢理グミを口中へと放り込む。きっつ…いまのでTPがあり得ない位ガリガリ削られたんですけど!?シンクに支えられながら何とか立ち上がり、取り敢えず譜陣から離れながら、大氷壁が裂けたその更に奥の様子を窺う。…まだだ。ここで気を抜く訳にはいかない。もしもシナリオ通りになるなら、封印を解かれたネビリムが最初に起こす行動はーーー…



「やった! やりましたよ! これでネビリム先生が復活するっ!!」

「……ごくろうさま。……サフィール……」

「「「『!!』」」」



氷塊の奥から聞こえた声に、ザワリと肌が泡立つのを感じ、思わず足が止まる。歓喜の声を上げ、笑みを浮かべているのはディストだけで、他の者達の表情は皆厳しいままだ。



「ネビリム先生っ!! 先生にお話ししたいことがたくさ…『 伏せて!』

ドゴォッ



大氷壁を突き破って放たれた譜術がディストに直撃する寸前で、咄嗟に展開させた譜術防壁がギリギリ間に合った。譜術と譜術防壁がぶつかり合い、ディストの目の前で爆発が起こる。突然攻撃されたディストは、運良く当たらなかったものの、爆風で吹き飛ばされた先で硬直していた。爆発の衝撃が雪を巻き上げ、爆煙と共に視界が遮られる中、何とか目を凝らす。煙の先に薄っすらと視認出来た人影に、サクはゴクリと生唾を呑み込む。

煙が晴れたその先……崩れた大氷壁の中から現れたのは、封印を開放され、眠りから目覚めたゲルダ・ネビリムのレプリカだった。



「やっぱりおかしい…です。これは、何か、怖い魔物の気配……」

「うふふふふ。失礼ね。私を魔物呼ばわりするなんて……」

「ひっ…!?」



脅えるアリエッタを背に庇い、クロノは武器を構える。そんなクロノの表情も、強張っていて。この時点でフレイル達は既に剣を構えていたし、シンクもまた、いつでも迎撃出来る様にと既に拳を構えていた。己に向けられている武器の数々を見詰め、ネビリムは「まあ怖い」と言って、クスリと笑った。



「レムとシャドウの音素が欲しくて譜術士から音素を盗んでいたら、こんな所に封印されてしまったのだけれど……貴女のおかげで、私に足りなかったレムとシャドウの音素が補給できたわ。ありがとう」

『一応、どういたしましてと言いたい所だけど……寝起き一番に私の仲間を攻撃するなんて、寝ぼけていたにしてもちょっと酷いんじゃない?』



一個中隊を壊滅させた譜術士の実力は伊達じゃない。一発の譜術で氷壁を破ったネビリム・レプリカを、サクは静かに見据えた。

単に氷から出る為に、先程の攻撃を打ち、偶々ディストに当たりそうになっただけなら……まだ、交渉の余地はあるかもしれない。そんな淡い希望を僅かに抱くが…



「あら、どうして?貴女がくれた音素で私は完全な存在になれたのよ?【サフィール】なんて、今の私には不要な存在だわ」

「せ、先生!?どうして…」

「ねぇ、サフィール。ジェイドは私を捨てて殺そうとしたわね。私が不完全な失敗作だったから。でももう完全よ。そうでしょう?」



妖艶に微笑んだ彼女は、綺麗なのに、何処か狂気染みたモノを感じて。流石のディストも血の気が失せ、戦慄している。



「完全な私には、もうジェイドもサフィールもいらないわ。だから……死になさい!」

「!来るぞっ!!」



カンタビレの鋭い声と同時に、ネビリムのレプリカは突如襲い掛かって来た。



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