守られた約束(6/12)

事の始まりは、今から数日前に遡る。

ルーク達がモースに連行された翌日。イオンが執務室で溜まっていた書類を一人片付けていた時だった。



「……?」



何となく、物音が聞こえた気がして、イオンが一旦作業する手を止め、物音の発生源らしき天井を見上げた。すると、カタン…と天井の一部が外れた。次いで、そこからひょっこり頭を出したのは、少し埃を被った顔をしたサクだった。何気に頭に血が昇るんだぜこの体勢。



「サク!やはり無事でしたか」

『代わりに皆が捕まっちゃったけどね』



物音の犯人がサクであると知り、ホッとした表情を見せるイオン。どうやら少し驚かせてしまったらしい。

イオン以外、室内に誰もいない事を改めて確認した後、サクはスタッと天井の穴から此方に降りてきた。そんな所に抜け道が…と、天井を見上げるイオンに隣の部屋(現イオンの私室)にもあるよ?と教えると苦笑を溢された。



『ちょっと旧図書室で本を捜してたら、思った以上に手間取っちゃってね』



まさか背表紙を逆にして本棚に戻してたとは思わなかったよ自分。何となく、次捜す時に見付けやすいようにってワザと逆に戻した記憶をうっすらと思い出してたり。すっかり忘れててむしろ余計に時間が掛かっちまったがな!笑って良いよ?馬鹿だって自覚はある。



「これは……禁書に指定された、創世歴時代の歴史書ですね」

『そうそう。内容的に、セフィロトや魔界の液状化の問題に関して、良いヒントになると思うんだ』



埃が被り、古びた本を机に広げ、パラパラと中身を捲っていくイオン。その間にサクは自身が通って来た隠し通路(別名通気孔)に蓋をして、天井を元通りに戻しておいた。手が届かないから、机を足台に、更に音叉を伸ばして閉じましたけど、何か?



「これは……成る程。よく見付かりましたね」

『いや、イオンのおかげだよ』

「?僕の…ですか?」



心当たりが無いからだろう。不思議そうに首を傾げるイオンに、サクはそれ以上何も言わずに曖昧に微笑む。本来ならイオンが見付けてた本なんだよ、と思ったけど、流石にそこまでは言えない。



『それから、イオンにお願いがあるんだけど…』

「あ、はい。何ですか?」

『イオンに導師詔勅を出して欲しいの。ルーク達を助けにキムラスカへ行く時に使うのに』



私の頼みを聞いたイオンの表情に、パアッと笑みが浮かぶ。ルーク達を助けに行く、と聞いて安心したという理由もあるだろう。

一先ず安堵したイオンだったが、やはりこの頼まれ事には少し引っ掛かったらしい。僅かに怪訝に眉を寄せ、彼は歴史書から顔を上げた。



「それは構いませんが……サクは出さないのですか?」

『ちょっと、モースを泳がせたいからね』



私も一応導師だから、詔勅を発令させる権限はイオン同様に持ってはいる。しかし、モースは私が預言尊守派だと思い込んでいる節がある。せっかくなので、その勘違いを上手く利用してやろうと思ってね。



「何か考えがあるんですね?」

『まぁ、そんな所かな』



含んだ笑みを浮かべる私に、イオンは分かりました、と言って素直に頷いた。こういう時に、イオンは私の事をかなり信頼してくれてるなぁ……って感じる。無条件で信頼される部分もあって、時々少しだけ不安になるけど。イオンなりに判断してくれてる様なので、多分大丈夫だろう、と思い…たい。

それから暫し待って、イオンが詔勅を書き終えそうになった頃……聞き覚えのある声の主が、この部屋の扉をノックしてきた。思わずイオンが「え?」と驚きの表情を浮かべる一方で、私が『どうぞ』と勝手に入室を促すなり、ガチャリと部屋の扉が開いた。



「アッシュ!?どうして貴方がここに…?」

「ソイツに呼び出されたんだよ」



室内に入ってくるなり、アッシュはフンと鼻を鳴らした。もう不敬だとかは一々気にしないよ。気にしたら負けさ。というより、この世界のシナリオから考えても言い出したらきりがないし、何より私も不敬罪に引っ掛かるし。

アッシュは呼び出された事に対して不本意そうだ。それでも応じてくれたアッシュはやっぱり根は良いヤツなんだと思う。ちなみに、アッシュとの連絡手段はいつもの便利連絡網です。



「つーか、何でテメェは他人の同調フォンスロットを繋げられるんだよ」

『あぁ、あれはアッシュ達に合わせてるんじゃなくて、ローレライにチャンネルを合わせてるだけだよ』



例えるなら盗聴器みたいな感じ?あと、会話に割り込むのはスカイプみたいな感じです。そんな説明は当然二人には通じなかった。ちょっと寂しい。

相変わらず眉間に皺を寄せたまま、アッシュは「で?」と私に尋ねてきた。どうやら同調フォンスロットに関しての質問は後回しにして、本題に入る事にしたらしい。賢明な判断ですね。



「俺に用って何だ」

『実は昨日ルーク達がここでモースに捕まっちゃってさ。バチカルへ強制送還させられちゃったの。ちなみにモースはルーク達を開戦の口実に仕立て上げるつもりだよ』

「何だと…?」



アッシュの眉間の皺が更に深くなる。可哀想に、イオンまで顔面蒼白になっちゃったよ。…まぁ、モースが大人しく言う事を聞く訳ないからね。これは予め分かってた事だ。



『詳しい説明は後でね。今はルーク達を助けるのが先決だし』

「待て。そもそも何で俺がアイツを助けてやらなきゃなんねぇんだ」

『え〜、アッシュはナタリアを見殺しにするつもり?』

「…どういう事だ」



あ、アッシュの表情が変わった。彼が纏う雰囲気にも、殺気が混じる。イオン迄もが困惑の表情を浮かべる中、サクは頭を掻いた。



『モースはルークとナタリアを処刑する気だよ。バチカルでね』



瞬間、アッシュは私の胸ぐらを乱暴に掴み上げて来た。イオンが焦ってアッシュを止めようとするのを、サクは片手で制した。怒りに震えるアッシュの拳は、衝動を抑えて、まだかろうじて理性を保っている。



「何で止めなかった!」

『だから、今から止めに行くんだよ。その為に私はイオンに導師詔勅を出して貰って、アッシュを呼んだんだ』



暫し無言の睨み合いが続き……最終的に、アッシュがチッと舌打ちを打って、彼の方が折れた。



「…今からで間に合うんだろうな?」

『勿論。アルビオールなら余裕でね』



胸ぐらを解放され、内心ホッと安堵する。殴られるんじゃないかって、実はビビってたんです。いつものキレ方と違って、物凄い見幕してたからね、アッシュ。

余談だが、もしもアッシュと合流するのに時間が掛かってしまった場合には、疑似超振動を使うとかいう奥の手も考えてはいた。まぁ、使わずに済みそうで良かったよ。



『ちょっと着替えて来るから、待ってて貰っても良い?』

「サッサと済ませろ」



紙袋を見せて尋ねると、アッシュはソファーに腰掛け、脚を組んだ。何だかんだで律儀に待ってくれるアッシュの根は(以下略)。イオンの方も既に書面を書き終えていて、今はもう別の書類に取り掛かっている。あとは詔勅の書面が乾くのを待つだけだ。その間に、サクはイオンに隣の部屋…彼の私室を借りて、自分の部屋から持って来た衣装に着替える。…あ、何気に今やってる事って、二年前と同じだ。そんな懐かしくも小さな気付きに、少しだけ笑ってしまった。



『お待たせしました!』

「フン、やっと済ん……っ!?お前…!!?」

『導師守護役ユリアこと、第二導師サクに御座います』



部屋から出て来るなり、導師守護役姿で丁寧な物腰でお辞儀をしてから、ニッコリ笑ってバイザーを外す。ドッキリ大成功!並に驚きの表情を浮かべているアッシュの顔はかなり貴重だ。出来れば写真に収めておきたかった位。



「生きてたのか…いや、というより同一人物だったのか……」



ホッとした様な、納得した様な、今まで気付かなかった己にショックを受けている様な、何とも言い難い微妙な表情のアッシュ。兎に角、色々と複雑な気分の様だ。うん、何て言うか…色々ごめん?しかし反省は殆んどしていないサクである。



「ユリア…いや、サク」

『何?』

「取り敢えず、一発殴らせろ」

『嫌だよ』



久しぶりにアッシュとの鬼ごっこ、もしくは乱闘が始まりそうになったが、優しいイオンが止めてくれた。こんな所で暴れないで下さい。このたった一言で。…ルーク達との旅の経験を得て、以前より強かになったイオンに被験者の面影を見た気がした。



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