消えない傷(6/11)


「それじゃあ、今回お前が此処に来た理由を、改めて聞かせて貰おうか」

『はい。此度は陛下に報告があって参りました』



先程迄のやや緩い雰囲気から、少しだけ場の空気が固くなる。本当に、この人は気さくな兄ちゃんから皇帝陛下への切り替えが早い人だ。

当初の目的通り、まずは陛下の耳に入れて貰いますか。正式な謁見の場でもう一度報告する必要は出てくるけど、事前に報告しておいた方が良いだろう。



『エンゲーブの住民ですが、現在一時的にケセドニアへ避難して頂いております』

「!…それは何故だ」

『アクゼリュス崩落に伴い、我が僕からの報告を得ての判断です』



判断材料としては、南ルグニカ地方を支えていたセフィロトツリーの消滅、並びにアクゼリュスの崩落、更にセントビナーが地盤沈下を起こしているという情報……等が上げられる。

セントビナーの方でも地盤沈下が起きている以上、エンゲーブも地盤沈下を起こし、やがて崩落する可能性を否定は出来ない。手遅れになってからでは、遅いのだ。

アクゼリュスが崩落した時の様に……



『マルクト領内での内事に関わらず、部外者の勝手な判断による行動……どうかお許し下さい』

「いや、詫びる必要はない。それに、お前の判断は正しいかもしれん。此方も、セントビナーの地盤沈下の報告は受けている」



お咎め、無し。険しい表情を維持したまま、サクは内心、実はかなり安堵していたりする。ピオニーに限って導師を打ち首!なんて無茶苦茶な事はされずとも、不評や反感を買ってしまったら、後々がやりにくくて仕方がないからね。

何の御伺いも立てずに、全て事後報告だったにも関わらず、ピオニー陛下は寛大な方だ。否、この場合……現在の状況を考えて、マルクトにとってプラスであるならと、此方側の勝手な判断を受け入れて下さったのかもしれない。



「一つだけ、確認させて頂いても?」

『……内容にもよりますが、どうぞ』



ずっと思案気な表情を浮かべていたジェイドが、静かに口を開いた。私がジェイド達と別れて何をしていたのかは此れで判明した訳だけど、他にも何か気になる箇所があったのだろうか。

ぶっちゃけ、気になる以前に妖しさいっぱいだけどね。私。




「……アクゼリュスの崩落が預言に詠まれていた事を、貴女も知っていたのですね」



ジェイドの確信めいたその問いに、サクは薄く微笑む。今更この事実を否定する気はない。この話の流れで訊いて来るとは、思ってなかったけど。



『…それはアッシュからお聞きに?』

「いえ。ティアがテオドーロ市長からお聞きした話を、彼女から聞いただけです」

『ユリアシティの方からでしたか』



本当は知ってたけど、一応訊いておく。その場にいなかった私がそんな事まで知ってるのはおかしいからね。



「成る程な。道理でアクゼリュスの住民避難を仰いだ訳だ」

『預言の為に犠牲になる等、馬鹿げていますから』

「それで、今度はエンゲーブが崩落すると預言には詠まれているのですか?」

『いいえ。崩落が詠まれていたのはアクゼリュスだけです。しかし、だからといって他の街や大陸が崩落しないとは限りません』



ピオニーとジェイドの表情が、訝しむ物に変わる。……だから、私と髭は繋がって無いってば。確かに髭の目的を突き詰めれば、互いに非常によく似た目的で動いてはいるのかもしれないど……少なくとも、私はレプリカ計画には反対だ。



『むしろ、今は預言に詠まれた未来から外れ始めていると考えた方が良ろしいでしょう』

「何故、そう言い切れる」

『預言は絶対の未来ではありませんから』



預言は数ある未来の選択肢の一つでしかない。その未来を選ぶのは、あくまで自分自身である事に、この世界の人々の大半が気付いていない。預言に対するこのような思想を持つ者達は、教団内では導師派と呼ばれており、サクもまた、導師派の一人として多くの人々に認識されている。

が、実際は少し違う。私の場合、預言は数ある未来の選択肢の一つであると同時に、とても利用価値のある物だと考えている。

預言に詠まれた未来を、逆手に取って自分の良いように利用する。今現在、サクがやっている事が正にそれだ。髭のやり方も結構此れに似てるよね。

少なくとも、預言に従うのが美徳、預言に逆らう者は排除しろとかいう預言狂どもが世界に猛威を奮ってる今の内は、このやり方だと面白い位に事が上手く運ぶのだ。モースなんかは特に上手い具合に転がるよね。樽豚だけに。

……な〜んてね。いくら私でも、ここまでぶっちゃけた思考はピオニー達に話したりはしないよ。



「やっぱサクは面白れぇな。ローレライ教団のトップが、預言を否定するとは。とんだ反逆者だ」

『私の場合、最初からそのつもりで導師になりましたから』



必要であらば、教団内でクーデターも起こしてやりますよ。今はそんな場合ではありませんけどね。等と、問題発言を涼しい顔で答えるサクに、内心ピオニーは舌を巻いていた。

少し、見誤っていた様だな。この少女を。

ダアトの統率者の一人でありながら、護衛も伴わずに一人で謁見に来る思慮の浅い無鉄砲な奴かと思ったが……成る程、此処まで肝が座っているとは。あの時、恐らく俺がアクゼリュスの住民避難の訴えに応じなくても、此度のエンゲーブの住民を独断で避難させた様に、彼女は自分達だけで勝手に避難をさせていたのだろう。なんて横暴な。本来なら、反逆者として捕らえる巾なのかもしれないが……少なくとも、今は危険だな。情報を持ったままキムラスカ側に回られると、厄介だ。当人にその気は無さそうではあるが。



「貴女の目的は何ですか?」

『惑星預言を覆して無駄な犠牲者を減らす事…ですかね』



格好付けて言うと、そんな所です。ジェイドの問いに対し、世界中を震撼させる様な、とんでもない問題発言を、事もあろうに預言尊守を推進するローレライ教団の最高指導者である彼女が、事も無げに、やはり笑って言うのであった。



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