消えない傷(7/11)

フリングス少将に案内されて城内に入ったルーク達は、城内でジェイドやサクと合流し、謁見の間へと足を踏み入れた。

謁見の間は広々とした円形の部屋であり、大きな飾り窓の外はぐるりと滝になっているのが見てとれる。部屋の最奥の玉座にはピオニー皇帝陛下が腰掛け、その脇をゼーゼマン参謀総長とノルドハイム指揮官が固めている。後者二人が醸し出すピリッとした空気に、数ヶ月前に来た時もこんな感じだったかな…なんて事をサクは思い出した。



「よう、あんたたちか。俺のジェイドを連れ回して帰しちゃくれなかったのは」

「……は?」



ルークが面食らうのも仕方ない。実に気安い態度と軽い口調でルーク達に語りかけてきたのが、他ならぬマルクト帝国の皇帝陛下なのだから。

肩まで伸ばした黄金の髪。高価そうな布で設えた服をだらしなく着崩した三十代半ばの男性。気品はない。が、威厳はある。

マルクト帝国の現皇帝、ピオニー陛下はそんな人物だ。



「こいつ封印術なんて喰らいやがって。使えない奴で困ったろう?」

「いや……そんなことは……」



くくく、と可笑しそうに笑う皇帝陛下に、ルークは対処に困って焦っている様子。



「陛下。客人を戸惑わせてどうされますか」

「ハハッ、違いねぇ」



ピオニーの戯れを見かねたジェイドが、眼鏡のブリッジを押し上げながらため息をつくと、ピオニーは豪快に笑った。



「アホ話してても始まらんな―――本題に入ろうか」



此方を見下ろすピオニーの表情が引き締まった。皇帝陛下としての顔に切り替えたらしい。ピオニーから軽薄な雰囲気は消え失せ、鋭い眼差しには人々の上に立つ者独特の威圧感を感じさせる。

さて、ここからが本番だ。頑張れルーク!



「ジェイド達から大方の話は聞いている」



ジェイド、達…?皇帝陛下の言葉に僅かな引っ掛かりを覚えたルークだったが、他にも部下がいるからだろう、と結論付けた。今は、余計な雑念をしてる場合じゃない。



「このままだと、セントビナーが魔界に崩落する危険性があります」

「かもしれんな。実際、セントビナーの周辺は地盤沈下を起こしてるそうだ」



やはり、事態は悪い方へと既に動き初めていた。こうなると、時は一刻を争う。



「では、街の住人を避難させなければ!」



臆する事なく、マルクトの皇帝に意見を述べるナタリア。流石はキムラスカ・ランバルディア王国の王女ではある。



「そうしてやりたいのは山々だが、議会では渋る声が多くてな」

「何故ですの、陛下。自国の民が苦しんでおられるのに……」

「キムラスカ軍の圧力があるんですよ」



ピオニーの返答に納得がいかないナタリアに、ジェイドが言った。



「キムラスカ・ランバルディア王国から声明があったのだ」

「王女ナタリアと第三王位継承者ルークを亡き者にせんと、アクゼリュスごと消滅を謀ったマルクトに対し、遺憾の意を表し、強く抗議する。そしてローレライとユリアの名のもと、直ちに制裁を加えるであろう、とな」

「事実上の宣戦布告ですね」



重々しく事態を語ったノルドハイム将軍とゼーゼマン参謀総長の言葉に、ティアが渋い表情で呟く。まさか、キムラスカ側がそんな風に動いていたとは思っていなかったのだろう。ルーク達は目を瞠り、ナタリアは軽く唇を噛んだ。



「父は誤解をしているのですわ!」

「果たして誤解であろうか、ナタリア姫」



首を振るナタリアに、ノルドハイムは言葉をそう続けた。



「我らは、キムラスカが戦争の口実にアクゼリュスを消滅させたと考えている」

「我が国は、そのような卑劣な真似は致しません!」

「そうだぜ!それにアクゼリュスは……俺のせいで……」

「ルーク。事情は皆知っています。ナタリアも落ち着いてください」



拳を握るルークや必死に言い募るナタリアを、ジェイドが静かにたしなめた。



「本当にキムラスカが戦争の為にアクゼリュスを消滅させたのかは、この際重要ではないのです」

「そう、セントビナーの地盤沈下がキムラスカの仕業だと、議会が思い込んでいることが問題なんだ」

「住民の救出に差し向けた軍を、街ごと消滅させられるかもしれないと考えているんですね」



ジェイドとピオニーの言葉を、冷静に事態を分析するティア。そんな彼女に、ピオニーも「そういうことだ」と頷いた。



「ジェイドの話を聞く迄、キムラスカは超振動を発生させる譜業兵器を開発したと考えていた」

「少なくとも、アクゼリュス消滅は、キムラスカの仕業じゃない。仮にそうだとしても、このままならセントビナーは崩落する。それなら、街の人を助けた方がいい筈だろ!」



感情が高ぶり、思わず素の口調で叫んでしまってから、ルークはしまったという顔になった。それだけ一生懸命なんだって気持ちは分かるんだけど、仮にもここは謁見の間。マルクト帝国の重鎮や皇帝陛下の御前だからねぇ。サクが苦笑を溢す傍で、ルークが慌てて言葉尻を訂正する。



「……いや、いいはずです。もしも、どうしても軍が動かないなら、俺たちに行かせて下さい」

「私からもお願いします。それなら不測の事態にも、マルクト軍は巻き込まれない筈ですわ」



ルークに続いて、ナタリアも前に進み出た。頬杖をついたまま、ピオニーは怪訝な表情で二人を見据える。



「驚いたな。どうして敵国の王族に名を連ねるお前さんたちが、そんなに必死になる?」

「敵国ではありません!少なくとも、庶民たちは当たり前のように行き来していますわ。それに、困っている民を救うのが、王族に生まれた者の義務です」

毅然とピオニー言い放つナタリア。それを見やり、ピオニーは試すような視線をルークへと向けた。

「……そちらは?ルーク殿」

「俺は、この国にとって大罪人です。今回の事だって、俺のせいだ。俺に出来ることなら何でもしたい。……皆を助けたいんです!」

「と、いうことらしい」



ルークの迷いの無い言葉に、ピオニーはニヤリと表情を崩した。



「どうだ、ゼーゼマン。お前の愛弟子ジェイドも、セントビナーの一件に関してはこいつらを信じていいと言ってるぜ」

「陛下。こいつらとは失礼ですじゃよ」

「セントビナーの救出は私の部隊とルークたちで行い、北上してくるキムラスカ軍は、ノルドハイム将軍が牽制なさるのがよろしいかと愚考しますが」

「小生意気を言いおって。まあよかろう。その方向で議会に働きかけておきましょうかな」

「恩に着るぜ、じーさん」



ジェイドが予め用意していた提案をすると、ゼーゼマンは髭を撫でながら鼻を鳴らし、ピオニーが満足気に笑って言った。



「じゃあ、セントビナーを見殺しには……」

「無論しないさ。とはいえ、助けに行くのは貴公らだがな」



ピオニーは玉座から立ち上がると、ルーク達の前まで歩いてきた。



「……俺の大事な国民だ。救出に力を貸して欲しい。頼む」

「全力を尽くします」



ピオニーの目に宿る真剣な想いに、ルークは力強く頷く。自分に出来る事なら何でもしたい。皆を助けたい。ルークの中で、その思いが一層強くなった。



「私もですわ」

「御意のままに」



ナタリアとティアも頭を垂れる。そんな彼女達を見やった後、ピオニーはサクへと向き治った。



「病み上がりなのに、謁見に同席させて……無理をさせたな」

『いえ。お心遣い、感謝致します』

「ったく、口調が固いっての」



ピオニーにトントンと軽く肩を叩かれ、サクは苦笑する。ルーク達が少し驚いた様子で此方を見やっていた。



「俺はこれから議会を招集しなきゃならん。後は任せたぞ、ジェイド」



そう言い残し、ピオニーは謁見の間から出て行った。……うん。今回に関しては、私が口を挟む余地が全くなかったね。



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