消えない傷(8/11)


「やれやれ、大仕事ですよ。一つの街の住民を全員避難させるというのは」



ピオニー達が謁見の間を出て行き、ルーク達の緊張がようやく解れた所で、ジェイドが大仰に肩をすくめ……まるで同意を求めるかのように、私の方へと視線を向けて来た。いや、確かに私は経験者ですし、アレは大変でしたけれども。

そんな水面下でのやり取りを繰り広げている一方で、ルークが先程とは打って変わり、「どうすればいい?」と、浮かない表情で小さく呟いた。



「俺、何をしたらいいんだろう」

「陛下のお話にもありましたが、アクゼリュス消滅の二の舞を恐れて、軍が街に入るのをためらっています。まずは我々がセントビナーへ入り、マクガヴァン元元帥にお力をお借りしましょう」

「ああ……分かった」



眼鏡の位置を直すジェイドに、ルークは頷いた。



「ですけれど、その前に、ガイの様子を見に行く巾ですわ」

「そうだな」



ナタリアの提案に、ルークに異議はなかった。それでも、彼の表情が僅かに強張ったのを……ティアとサクは見逃さなかった。



「それにしても、導師サクはいつの間に着替えを?」

『あ〜…何て言うか、ピオニー陛下から頂いたんだ』

「え?あの皇帝陛下から!?」



不思議そうに首を傾げるナタリアに、やや言葉を濁しながらそう答えると、隣を歩いていたルークがギョッと目を剥いた。



「そういえば、先程も皇帝陛下とは何処か親し気な御様子でしたわね」

『今日を含めても、まだ2回しかお会いした事は無かったんだけど…』

「すっかり気に入られていましたね」



そう言って、ジェイドは肩を竦めて見せる。いやね、私もいきなり服をプレゼントされるとは思わなかったよ。本当に、何処に私を気に入る要素があったのかがよく分からない。むしろ小生意気な奴って認識されそうな所なのに。

せっかく着替えを買いに行って貰ったのにごめんね、とナタリアに謝ると、気にしないで下さいまし、と言って彼女は特に気にした様子もなく笑ってくれた。



「よくお似合いですわ」

『あ、有り難う…ナタリア』



少し照れ臭そうに頬を赤らめたサクを見て、ティアが内心可愛い…と思ったとか呟いたとか。

それから再び宿へと戻ると、入口の兵士からガイの解呪が成功したようだという報告を受けた。イオンからの許しも出ているという事で。

早速イオン達に宛がわれた部屋へ入り、ベッドの上に胡座をかいて座っていたガイの無事な姿を見るなり、



「ガイ!ごめん……」

「……ルーク?」



直ぐ様ルークが詫びの言葉を述べた。いきなり過ぎて、イオンやアニスは勿論、謝られたガイまでぽかんとしている。



「俺……きっとお前に嫌な思いさせてたんだろ。だから……」

「ははははっ、なんだそれ。……お前のせいじゃないよ」



何処か硬い表情のまま歩み寄るルークに、ガイはいつもの調子で笑ってみせてから、ふぅっと息を吐いた。



「俺がお前のことを殺したいほど憎んでたのは……お前のせいじゃない。俺は……マルクトの人間なんだ」

「え?ガイってそうなの?」



意外そうに呟いたアニスの言葉に、ガイは頷いた。



「俺はホド生まれなんだよ。で、俺が五歳の誕生日にさ、屋敷に親戚が集まったんだ。んで、預言士が俺の預言を詠もうとした時、戦争が始まった」

「ホド戦争……」

「ホドを攻めたのは、確か、ファブレ公爵ですわ……」



ティアが表情を曇らせ、ナタリアは全てを察したように息を呑んだ。



「そう。俺の家族は公爵に殺された。家族だけじゃねぇ。使用人も親戚も。あいつは、俺の大事なものを笑いながら踏みにじったんだ!」



ガイの表情が、悔し気に歪む。膝の上で密かに握り締められた拳と彼の声は、怒りに震えていた。当然の反応だと、ルークは思った。

父上が、ガイの家族を…大切な人達を殺した。俺だけじゃなくて、父上も誰かに酷い苦しみを与えた事があったんだ。

ガイの過去を知り、ルークはやりきれない気持ちになった。ルーク・フォン・ファブレとして公爵家でのうのうと暮らしていた日々を思うと、苦いものが込み上げてくる。



「だから俺は、公爵に俺と同じ思いを味わわせてやるつもりだった」

「あなたが公爵家に入り込んだのは、復讐の為ですか?」



その時、今まで黙ってガイの話に耳を傾けていたジェイドが言った。



「ガルディオス伯爵家、ガイラルディア・ガラン」

「……うぉっと。ご存知だったって訳か」



貴族の家柄と自身の本名を言い当てられ、ガイは大袈裟に驚いてみせ、肩を竦める。



「ちょっと気になったので、調べさせてもらいました。あなたの剣術は、ホド独特の盾を持たない剣術、アルバート流でしたからね」

『(正確には、アルバート流シグムント派…だったかな。あれ?シグムント流だっけ)』



ガイが訂正しないのを見て、サクがシリアスな雰囲気を全く気にせずにどっちだっけと密かに首を傾げていた頃。ルークは、喉がからからに渇くのを感じた。

ガイにそんな事情があったなんて、少しも知らなかった。それなのに、自分一人が不幸みたいな顔をして、拗ねた挙げ句、アクゼリュスを滅ぼした。

…俺って、本当にどーしようもねーな。



「……なら、やっぱガイは俺の傍なんて嫌なんじゃねぇか?俺はレプリカとはいえ、ファブレ家の……」

「そんなことねーよ。……そりゃ、全くわだかまりがないと言えば嘘になるがな」

「だ、だけどよ」

「お前が俺に付いてこられるのが嫌だってんなら、すっぱり離れるさ。だが、そうでないなら、もう少し一緒に旅させてもらえないか?……まだ、確認したいことがあるんだ」



ガイの目は、とても静かだった。心の奥で、ガイはファブレ家に殺意を抱いている――それは、カースロットが証明した。

ティアの言う通りだ。誰にも恨まれない人間なんて、いないんだ。例え恨まれる迄いかなくても、他人から心好く思われない事もある様に。

父上は…ファブレ公爵は、ガイに憎まれる程の酷い事をした。そして自分もまた……ここへ至る迄に、何人もの人間を殺した。魔物だって殺した。そして、それはガイも一緒だ。ここにいる人間は、皆そうだ。

それでも、ガイは俺を待っててくれた。レプリカではあるけど、敵の息子である俺を、こんなどうしょうもない俺を……信じてくれたんだ。



「……分かった。ガイを信じる。いや……ガイ、信じてくれ……かな」

「はは、いいじゃねぇか、どっちだって」



慎重に言葉を選んでいる遠慮がちなルークがルークらしくなくて、ガイは笑ってしまった。そんなガイに、ルークもまたホッとして笑みを浮かべていた。

幼馴染みの癖に、ガイの苦しみに気付きもしなかった俺に、ガイはまだ付き合ってくれるって言ってるんだ。アクゼリュス崩落の責任を周りに押し付けようとしていた頃の様に、もう二度と、彼を失望させたくない。ルークは強く思った。



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