『とき?』
「うん、そうだよ。梵」
小さく聞こえる、梵の声に泣きたくなる。 障子をあけて、中に入れば、そこに居たのはへらりと笑う梵一人で・・・その姿は・・・まるで小さいときの梵を見ているようで・・・
『とき、きょうはなにをしてくれるの?』
いや、きっともっともっと小さい頃の・・。
俺に会う前の・・・
右目を失う前の・・・それぐらい・・・幼い目をしてて、怪我をして立てない梵の目の前に座れば、きょとりと首をかしげた。
「そうだねぇ、ねぇ、梵一緒にお外に行かない?」
『どうして?』
それから俺の言うことがわからないというように首をかしげている。
そんな政宗の身体をそっと抱き上げて歩かせる。よろよろとつたなく歩いている今の梵からは目が離せない。すぐに転んでしまいそうだから。
『とき、どこに行くの?』
「お楽しみ。」
『おたのしみ?』
きっと、辛いんだ。小十郎さんの父上、
自分の・・・弟・・・
大切なものを一気に亡くすのってどういう気持ちなんだろう。俺はわからない。それに、その本の少し前には自分の手で・・・輝宗様を殺してるんだ。
精神的にも、本当に辛かったんだろう・・・。でも、でもね・・・
「テメェ等!そんな逃げ腰でどうする!!」
小十郎さんの声が響く、道場。そこは今、怪我をした兵士達に変わる新しい軍を築く為にみんなが修行をしている。小十郎は、梵には見せたくなかったらしいけど・・・でも・・梵はこれを見なくちゃいけないんだ。
『・・・こじゅうろう?』
小さく、梵は小十郎さんの名を呼んで、きゅっと口を閉じた。
ギュッ・・・
「梵?」
下を向き、政宗は静かに手を握った。
そんなナマエの行動に不思議そうに政宗の顔色を伺おうとした成実の鳩尾にまっすぐ肘打ちがきまる。
「ぃい!?」
『っ・・・』
蒼い着物を脱ぎ捨てて、政宗はずかずかと着崩れなど気にしないで道場の中に押し入る。
滅多に女物を着ない姫君の姿を捉えた兵士達は呆然とその美しい姿に皆が振り返る。
ただ、まっすぐに走る政宗
『小十郎・・・っ!!』
そして、悲痛な・・・今にも泣き出しそうな声で小十郎を呼び、その背に抱きついた。
ぽろぽろと大粒の涙を零し、すがるようにしがみつくその姿は戦場を駆けた蒼き竜とは思えないほど弱弱しく・・・
『ごめん、ごめんなさい・・・っ!』
吐き出した言葉は懺悔
大切なものたちを一度におおく喪った彼女に突きつけられた現実に・・・
たとえ前の世で長い時間を生きていても・・・耐えられることじゃなかった・・・
「梵・・・」
『小十郎、ねぇ、頼む、お願い・・っ見捨てないで・・・っ』
成実の言葉なんて、届かないほど、政宗の言葉はおそらく小十郎の耳を支配した。
こうしてしまったのは、この道を歩ませたのは・・・たとえ、きっかけは異なるとしても・・・ここまで赤い血の色に染めたのは・・・
「政宗様・・・」
『う・・っひっく・・・』
「・・成実」
「うん。」
名を呼ぶも、ただ泣くだけ。
そんな主をこれ以上塀の前に晒しているわけにはいけない。
小十郎は成実を呼び、ヒョイッと軽々政宗の身体を抱えると道場を出た。
「し、成実さま・・今のは・・・」
「俺達の大切な大切な主様だよ」
残された者たちは、嵐のように去っていた一人の少女に魅入っていた
執筆日 20130710