逃げ道を失った私にかけられたのは、男たちの非情な言葉だった。着物は、元は綺麗な空の色だったにもかかわらず、今はその色がわからないほど汚れている。
洗えば確かにおちるだろう。けれどこの男たちの目は追い剥ぎが目的ではない、そう見える。
ふ、と脳裏に小十郎から言われる言葉が思い出せた。樹の上で話した私の価値の話。
この男達はどこかの間者なんだろうか。だとしたらご苦労な話だ。私を捕らえたところであの人達は構いやしない。むしろ物の怪が消えたと清々するだろう。
『私を捕まえても無駄だと思うけど。雨の中たった1人の女の子を追い掛け回して楽しいのかしら』
ただし、ここで正体がわかればそれは奥州の飛躍に繋がる。
女は道具でしかないのだ。
「いいとこのお嬢さんのようだね。なあに心配はいらないさ、殺しはしない」
傷物になったら価値がさがってしまうからね。
けれどその言葉に全てを理解した、城下町のことはわからないけど、いまの奥州はどこも平和じゃない。
忍にきけば、子供拐いの事件が多発していると聞いたばかりだ。しかもおなごばかり。つまりは、そういうことだろう。
『私を拐うつもり?あいにく私の右目は醜くてとてもいいものではないわ』
怯えてるの悟られたらこっちが不利になる。自分を偽れ。そのために今まで頑張ってきた。自由になる前に自由を捨てるわけにはいかない。
「アニキー、こいつ売っちまう前にちょっと躾が必要みたいっすね」
「こいつの言う通りっすよ、どうせこいつも女なんだ」
舐め回すような視線を私はしっている。
それがどうしようもなく気持ち悪くて、逃げ出したかった。
そっと、羽織の中に隠している愛刀に触れる。これに人の血を吸わせたくないけれど・・・でも・・・最悪・・・やるしかない・・・。
『っぁ!』
けれど、後ろの木に叩きつけられるようにけりつけられて、小さく声を上げてしまう。圧迫される痛みに、恐怖で震えそうになったけれど、そんなのただ弱いだけ。
睨みつければにやりっと私をけりつけた男は笑った。
「いい顔するなぁ、泣かせたくなる。」
『っだれがお前等なんかに!』
「兄貴、いいっすか?」
「あぁ、」
『いっ…』
ガッと掴みあげられる腕。そして頭の上で拘束されて、動きが出来なくなる。
ドクドクと、嫌なほどに高鳴る音。
『離せッ!! 汚い手で私に触るな!!』
「よくみりゃかわいいなぁ、アンタ。」
『っやめ!!』
ビリィイ!!!
雨水につかる、蒼。
ぞっとした。
さらしを巻いているからいいものの、男が手にしているのはさびている小刀。一瞬にして、切られたのだと分かった。なんで・・・っなんでっ・・・・!!
『さわ、んなぁああ!!!!』
「ぎゃあ!!」
自由な足を振り上げて男の急所を蹴り上げる。そうすれば、見事にヒットし痛みにもだえるようにその男は私から手を離した。
突き飛ばし、バッと距離をとったが、この状況で相手が一人だったら逃げられた。今は、多勢に無勢。
懐にいる天珠に手を触れて、それから、つかみ、そのまま外に放り投げた。
慌てたように翼を羽ばたかせて飛び立った天珠。
それに舌打ちをして、刀がちらついた。
「随分と意気のいいお譲ちゃんだな。」
そして、そう言ったのはリーダー格の男だろう。ガタガタと体が恐怖で震えるけれど、関係ない、かまわない
今は、この恐れを表に出せない。
天珠を逃がせただけいいだろう。あの子は、もう自由にしてあげるべきだったんだから。
懐に隠した愛刀の刃を抜く。
普通の刀の半分しか刃の長さは無いけれど、けれど、武器はこれしかない。
けれど、刀を構えたせいで、ガタガタと手が震えているのが切っ先のゆれで分かってしまう。
「おびえても、酷く美しい。」
『っひっ』
ガキンっと、刀がはじかれる。
手がピリピリとしびれて、痛い。
そして、そのまま振り上げられた銀の刀。そのまま振り下ろされれば、殺される、と酷く心が怖くなった。
けれど、切られたのは
『ぁ、っ!』
胸を締め付けていたさらしと、袴。視線が下に行って、固まってしまう。
肩を抱くように身を縮めれば、男達の下種な笑い声。
「もう、護るものは無いだろう、お嬢ちゃん」
そして、伸ばされた手に、はっとして、顔を上げたが・・・もう遅い・・・
「その方に触れるな。」
執筆日 20130325