ふわりと風に揺れる黒い髪。
少しだけ空に近い場所で、風を感じてため息をついた。
「お止めなさい、梵天丸様」
動きやすい服に着替えここにいた。庭にある一番塀に近くて高い樹。さすがに寝るときは自室に戻るが、それ以外はここで過ごすようになった。何故かっていうと外に出るためだ。
でも、その度にこの男…片倉小十郎が私のもとにやって来てこの樹の下で私を呼ぶ。
「降りてきてください。落ちたら怪我をします」
『…そんなヘマはしないさ』
「梵天丸様…」
さすがに無視はしない。仮にも輝宗様がつけてくれた部下だ。
この男だって本来ならばあのお方に就いていただろう私のような小娘に就くなんて可哀想に…
もといこの片倉小十郎がなければ、私はさっさとこから出ていけるのだが小さく口笛を吹けばバサバサと肩に飛びのる天珠。
軽く撫でればそのままそこで毛づくろい始めたからそのままにしとく。
けれど片倉小十郎は下から私を見上げていた。
めんどくさい……
『……あんた暇人だな』
輝宗様のとこ行けよ。そう言ってから、片倉小十郎を樹の上から見下ろせばその目は怒りを孕んでいた。
その方がこの男にとても利益はあるはずだ。こんな小娘よりも1人の主の方が護るに値する器なのだから。私は正論しか言っていないはず。
なのになんでそんな目を向けられなければいけないの……?
ぴゅうと風が吹いて私の髪を揺らした。
「貴女はご自分の身をちゃんとわかってらっしゃいますか…」
片倉小十郎から言われた言葉に私は静かに目を伏せた。
そんなこと言われなくてもわかってる
『親から愛されなかった子供』
「そういうのではなく!」
自分で言ってて悲しくなる私はしってた。気がついてた。それをいつからか気がつかないふりをしていた。
父の名は、伊達輝宗。母は義姫
同じ様な黒髪を持つ1人の従兄弟に、少し年の離れた弟。そして病によって片目を失った私。それから今私の目の前に居るこの男、片倉小十郎。
東北の竜。その名は奥州筆頭独眼竜伊達政宗
あまり興味はなかった、だから彼の幼名までは知らなかった。でも、残念ながら私は男じゃない。女なのだ
まず、私の知ってる史実と違う。だったら私は奥州筆頭独眼竜伊達政宗になる必要はない
もともと中身が大人なのだ、たとえ外見は子供でも、たとえ母に愛されずとも、心がどれだけ冷めていようとも私はどんなに努力しようとも、武将にはなれない
拝啓、本物の伊達政宗様
申し訳ありませがこの世界の伊達政宗こそ私は貴方のように武雄を振るうことはありません
以上
「…何故ですか」
『Ah?』
「何故貴女はそこまで背伸びをしようとするのですか…」
けれど言われたことに少し驚いた。樹の上から片倉小十郎を見下ろせばその目が慈しみに濡れている。
なんでそんな表情するのかわかんない。背伸びなんかしていない。これがありのままの私だ。1度死にタイムトリップし、今を生きる背伸びなんかしていない、ありのままの私
確かに最初の頃は義姫様や輝宗様に褒めて欲しくてひたすらに子供のように頑張ったけれど病を患った後、私はあまり外に出ず、本で学べることを1人でできること人目に触れずに彼らにも会わずに、1人で1人で1人で1人で………っ
全部1人でやってた。1人が辛いわけじゃない。私は1人だった。ええ、この世界に私は1人だった、
今更なことを掘り返すわけじゃないけれど
「なぜ、ですか、」
なぜ、あなたは、
言葉が耳につく。
理由を求めるその意味がわからない。私は理解されたわけじゃない。理解できるわけがない。結果=私は私
それじゃダメなんだろうか。
『じゃあ人を殺しくれるの』
「な…」
『駄々をこねたら、父上や母上は振り返ってくださるの、抱きしめてくださるの? 泣いていたら慰めてくださるの、愛をください愛してくださいって言ったら愛してくれるの、』
「梵天丸様……」
『もう、いい。私は鬼の子、悪魔だもの……!』
けっしてかなわないことをわかっていた。言うつもりもなかった、なのに、なのに……!
なぜあなたは甘えないのですか
言われた言葉に、ゆるりと沸点があがった。
『甘えるなんてバカじゃない。今やあの方たちはあと取りである弟に夢中でしょ。比べて女である私は、病に侵されてこんな化け物になって私のせいで伊達の名が汚されるぐらいだったら私は潔く戦にでてひっそり死んだ方がいい』
私の肩から飛び立った天珠。まるで時間が止まったかのように静かになった場所が、ひどく痛く苦しかった
『片倉小十郎。今のは忘れて』
私の言葉が静かに、この静寂に包まれた空間に広かった
壊れかける
執筆日 20130323