「今は休め独眼竜。我らにはおぬしが必要じゃ」




私にそういったその男は今床に臥せっている。
激流に飲まれたときに頭をぶつけたらしいく出血もあったがそこまでひどいものじゃない

伊達の医療技術は今の天下じゃ一級品だ。傷は深いが目を覚ませばあらかた問題はない。
それを教えたのが私だからその治療の過程ではそばにいたが、猿飛にいろいろ突っ込まれた。
私は「普通」じゃないから仕方がない。

部屋の外には、武田の家臣たちが武田のおっさんの目覚めをまって待機している。
その表情はどれもくらい顔だった

雨の音だけが静かに響く



「今しがた、忍隊の配下が魔王が山城の国へ向かったと情報を得てもどった。瀬戸内へ進行するべく定宿の本能寺に入るつもりなのかもしれない」

「おそらく、罠だろう。織田にとって目下の殲滅対象は長らく極地的な近況を保っている毛利と長曾我部よりも敵対の意思をはっきり示した我々当方の軍勢だ。長篠で兵力をそがれた我々が早々に動けないことを見越して、魔王は九州を攻めた。それは様子見を決め込む南方への奇襲であったと同時に蹂躙される以外に道はないと、結果として瀬戸内の両雄へ知らしめる結果になっただろう」



幸村は臥せるおっさんの横でただその眠っている顔を見ている。
不安げな表情はまるで子供の用だ。

いつまでも止まっていられるわけないのに。


逆に私の横でせっせと働く猿飛はさすがといったところだろう。
おっさんは「目覚める」という確信をもっているからこそ今働けるんだろう。
こいつは普通の忍とは違う。

猿飛の情報を聞いて、静かに小十郎も考えを吐くがその考えに猿飛は「それじゃあ、前田の風来坊が双方の大将を説得していたとしても…」と最悪の結果を吐きだす。
だが、そんなもしも。必要じゃない。

長々と続く話し合いがうっとうしい。
勢力圏内とか、東国をつぶすとか、そんな面倒な話じゃない。



『こんな恨みつらみを乗せた戦、あの魔王のおっさんが考えると思う?』

「独眼竜?」

『いままで、降参しても殲滅してきた魔王軍が、なぜ敵大将一人を討って撤退する?まるで、恨みを集めているみたいじゃない。こんな卑怯な考えをもつ男はただひとり。』




猿飛が私の言葉にきょとんとする。
小十郎からの視線も受け板挟みになるが正直どうでもいい。

私が考えることを述べてみせた



「何よりのこのやり方には戦を、人の心をもてあそぼうとする邪念を感じる。天下をとるべく名乗りを上げた志を恨みを晴らすための殺意へと貶め、それをあざ笑い踏みにじろうとするようなこのいやらしさは魔王のそれじゃねぇ、おそらくは」

『小十郎。』



その私の考えに、小十郎が続く。
けれど、あの男の名を言う前に、小十郎の名を呼べば、私を見て、言葉が止まった。

だれもがわかる。この先のこと。
だからこそ、私は



『その罠、乗ったら楽しそうよね。』

「政宗様…?」

『あそこに魔王のおっさんがいるのは間違いじゃない。たとえ、段取りがあの明智でも。 あいつが言ってた、私の役割っていうのはおそらくその一網打尽にされる総大将になる、私が選ばれた。心底なめられたものね。』



イラつく。ただそれだけだ。
それでも私にはそれを逆手にとることもできる。

脳裏に浮かぶ、散った浅井。泣いたその嫁。
あの尊い犠牲を…倒れてきた仲間を、私は無駄にしたくない。

立ち上がり、笑って見せた。



『明智には、おとしまえもつけなきゃならない』

「お待ちください。織田がしびれを切らし個別攻撃を仕掛けてくる間に体制を立て直し織田を包囲することも…!』

『武田のおっさんと風来坊の考えは織田軍に筒抜け、わかっていておとなしく囲まれる織田じゃない。』

「ですが、懐に飛び込むには相手が大きすぎます。慎重をきさねば」


つぶやくように言葉を発したが、小十郎がとめにはいってくる
いつも以上に過保護な小十郎はおそらく、少し臆病になっているんだろう。

でも、もともと私たちは小国で、そこから少しずつ民の力を、周りの信頼を得ていまここでこうしてたっていられる。



『どうしたの、小十郎。最初のころ、私たちはいつでもそうしていた。長篠で、私の腹に鉛玉食らったのが自分の責任のように感じているようだけれど、私の責任よ。。私の背を守ること、そしてその背を守るのは私の仕事よ』

「政宗様、まさか」



私の考えは、小十郎に伝わったようだ。一番前に立ち、誰よりも周りを助けていたい。

その背を守るのは、小十郎や、成実や綱元だ。
最後のその砦に、本陣で大人しく待っているのは、私の性には心底あわない

倒されることを、この場に来ることをひやひやするよりも、兵たちをともに、常に一兵であり守りたいのは民だ。仲間だ。

一度笑い、視線を真田に移す。



『真田幸村、アンタはどう私は貴方が真っ先に飛び出していくかと思っていたけれど』



相変わらず、武田のおっさんの枕元でうつむいたまま、「お館様申し訳ございません。」と言葉を漏らした。
それから言い訳を始めれば横に座っていた猿飛が「真田の旦那!」とその言葉をかき消した。



「敵はいつも大切なものを狙ってくる。俺たち武田も伊達も、そうしてこの戦国をのし上がってきた。それはお互い様だ」



そしてそばにいきながら、そう言葉をかける猿飛は心底正しい。
だが、今大切なものを失いかけている真田には不安要素でしかないのだろう。



「某、今まで戦場以外で敵を討ったことはござらん。ましてや武器を持たぬ民を巻き込むようなやりかたで」

「だったら怒ってくれ。そのままお館様の枕元でうつむいて、織田につぶされるのを待つつもりなのか」



「そうしていたいのは旦那だけじゃないんだぜ」と叱咤するのは、おそらく猿飛が常におっさんのそばにいて、おっさんの考えを見てきたからだろう。
それは、おっさんが真田に抱いていた思い、勉強させていたこと、それを一番近くで見てきたからこそ、立ち上がってほしいのだろう。

そして率いてほしいんだろう。武田信玄という柱がなくなった後の、武田軍…しいて言うならば、真田軍を…。




「どうしたらいいのかわからぬ、心細い…」



怖いのだ、とつぶやいた真田の手は震えていた。
思っていたこととは心底違った。私も願っていたこととは違った。

拍子抜けだ。
ゆらりと真田の首元に揺れている六文銭に、腹が立つ。



『心底、うらやましいわ。』


雷鳴がなる。
くるりと身をひるがえし、締め切っていた障子をあけ放つ。
小十郎が私の名を呼んだ気がするが、それよりも驚いていたのは縁側に座っていた武田軍の家臣達だ。



「筆頭!」

「出陣っすか!」

「待ってました!」



私が出てきたことに表情を輝かせて歩きだす私の背についてくる伊達の連中だが、今の私は違う。
武田軍の、「伊達政宗」じゃない。

すぅっと息を吐いて目を閉じて、開いた



『奥州伊達軍は本日ただいまを持って解散する!!』



あとは、小十郎に任せた。
頼んだぜ



20160905

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